僅かに進む確かな紡糸
ガチャン
「あー、疲れた。今日のごっはんは何かな~!」
汗に濡れた褐色の少女が玄関に立っていた。
「おかえり、チヒロ。シルヴィアが用意して待ってるよ。」
リースの言葉を聞いた少女は目に活力を宿して共同部屋に駆けていった。
一瞬視界に捉えた程度だが、彼女の体躯は恐ろしい程整っている様に見えた。
身長で言えばリンネよりも大きく、か細いながらも腕力にも自信があるように感じる。
「シルヴィア!!今日は何を作ってくれたんだ?」
「チヒロには料理名なんて意味がないのは良く知ってる。質より量、だもんな。」
「ハッハッハッ!!良くわかってるじゃないか!!」
どれほどの肺活量を持てば、これほどの声量を出せるのだろうか。
「うるっせえ女だな...。」
「ああ?おい、リース!お前なんか言ったか?」
でけえ声の女が振り向き、たった三歩でリースに詰め寄る。
リースとシルヴィアの間はかなり距離があったはずなのに。
「脳筋には全部同じ音に聞こえるのか? 今言ったのは横の月宮だよ!」
「月宮? ああ、新人か!そうだそうだ、同じルームメイトだったな。」
「どうも、二日間顔を合わせて無かったから、今日がまともな初対面になるわね。」
軽く会釈をしながら、咲は自身を言葉で言い表す。
「特...特加専に配属された月宮咲、転移者よ。」
「へえ、転移者なのに特加専配属か。余程能力が無かったんだな。」
やはり特加専にアドバンテージは無いのだろう。
咲はこれから自身の配属先を言わない事を心に決めた。
チヒロが差し出した手を握ると、二人は握手を交わす。
なんとなく、直感彼女は咲に近い気がした。
「もしかして人間族なの?」
「お、良くわかったな!アタシは元々エウレア出身なんだよ。」
「レミニアって知ってるか?冒険都市レミニア、あそこにアタシの実家があるんだ。」
彼女は長らくレミニアに戻って居ないのだろう。
レミニアが冒険都市と称されたのは遥か昔の事。
今では停滞に落ちた都市、として退廃的な景色が広がる場所に変わってしまった。
知ってるわ、と咲が返すと、彼女は心底嬉しそうに笑った。
いつか案内してやるよ、という彼女の言葉を区切りに丁度シルヴィアの声が掛かった。
「ああ~...涼しい~。結局窓口に行くの忘れてましたね。」
彩りある夕食と、少女らの日常会話に花が咲いた後リンネと咲は部屋に戻っていた。
もちろん、咲の個室だ。
「一晩リンネの部屋で寝たけど、快適だったわよ。あんたの体温が狂ってるんじゃないの?」
「狂ってる訳ないですよ。こんなに暑いんですから。」
「リンネは暑がりなんだな。やっぱりエルフだね。」
そしてもう一人、咲の部屋でたむろす者が増えていた。
「リースさんは暑くないんですね、どこの種族でしたっけ?」
「アタシは鬼族だからね~、基本的にどんな環境にも対応出きるんだよ。」
「お、鬼ィ!?なんで異世界で”エルフ”、”ドワーフ”の単語が並んで次が”鬼”なんだよ!」
声を張り上げたのは転移者だった。
咲は、既にもう一人の鬼と出会っていることを忘れているようだ。
「ラオ...でしたっけ?確か鬼族の長がいらっしゃいましたよね?」
寝転んだリンネは咲の事を流して続ける。
「よく知ってるね、ってそうか最終面接の担当官だったっけ。」
「アタシと毛色はちがうけどね。ラオ爺も鬼族だよ。」
「シルヴィアとディーナはどこの種族なの?」
「うーん、多分だけどシルヴィアは妖精族だったはず。ドワーフとは系統がちょっと異なるけれど。」
「ディーナは謎なんだよね。あんまり自分の事を話したがらないからさ、個室にもあんまり入れてくれないし。」
「ふうん。」
「自分から聞いておいて良くそんな興味無さそうな返事ができるな。」
「ね?言ったでしょリースさん。この女はこういう奴なんですよ。」
なぜ他人の部屋で寛ぎながら、このエルフはその部屋の主に毒を吐けるのだろうか。
「まあ、でも月宮くらい他人に関心が無いのも返って話し易いよ。」
リースは咲の目を見つめながら、身体にみあった小さな手を顔にかざした。
「あ、そうだ。月宮、光球の魔術教えるよ。」
その言われて始めて、咲はリースとの約束を思い出した。
魔術の素養が無くても使えるものを教えてくれると言っていた。
「教えるって言ってもそんな複雑じゃないんだよ。何せ、物心着いた時には誰でも出来るようなものだからさ。」
彼女は手の平を天井に向けると、なんの動作も無しに小さな光球を作り出した。
リンネから教わった気がしなくもない。
同様の動作をリースに合わせて行う、が、どれ程気力を込めた所で咲が光球を作り出す事は無かった。
「やっぱり出来ないわ。なんでだろう...」
「お兄様に教えた時にも、最初は月宮と同じことを言ってたんだけど。一発で馬鹿デカイものを作ってたよ。」
「おに...サガミの事か。はあー、やっぱり転移者様は優秀なのねえ。」
「アタシが驚いたら『え?これって凄い事なの?』って言ってたからさ、転移者って軒並み魔術の才能があるんだと思ってた。」
悪気がない分質が悪い。
幼女は咲を憐れんでいるように見つめた。
咲は咲で苛立っていたが、それはリースの言葉に登場したサガミの言葉に依るものだった。
「恩恵のお陰の癖に、何が『凄い事なの?』よ。...あ、ごめん、リースの前で言うべきじゃなかったわ。」
彼女はサガミに敬愛の念を抱いていたはずだ、その人物が悪く言われる事を良しと思うものは居ない。
だが、リースの反応は違った。
「気にしなくて良いよ。アタシは尊敬してるけど、それはあの人の気概に対してだからね。」
「好きな振りしてるって言ったでしょ?最初は確かに感嘆もあったけど、最近はお兄様の行動に対しては演技ばっかだよ。」
ハハハ、と顔だけ笑顔を作ると彼女は大人びた表情で言った。
「そうするとサガミ君は喜ぶからね。」
最後に敢えてお兄様、呼ばない所から見るに彼女も彼女でサガミに対しての苦労があるのだろう。
尊敬する人物を、決して貶めてはいけないという心意気を持っているのだから。
あの二人も果たしてサガミに向ける思いはシルヴィアと同じ恋情なのだろうか?
少なくともチヒロの思いは少し違うと思う。
咲はチヒロと生物学的な一致を見出だしたようだが、『私』はもっと深い根元の部分での同一を感じたからだ。
暫く他愛無い会話を続けた後、リースは自分の部屋に戻っていった。
二人の会話の最中、心地よさそうな寝息が聞こえてきた事からリンネはとっくに眠ってしまったのだろう。
咲は腰かけたベッドから立ち上がると、部屋を出るために扉に手を掛ける。
「咲さん。」
眠りついたお姫様の声がハッキリと聞こえた。
「私、恩恵を持っているかもしれないです。」
寝言かと思い振り向くと、そこには目を覚ましたエルフが起き上がっていた。
冗談を言っているような雰囲気は感じ取れ無かった。




