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酒瓶にすがる少女

「そろそろ戻らないと、サボってたってお叱りを受けそうだから帰るわ。」


高純度のインゴットを貯蔵庫に向けて投げると、彼女はエルフに背を向けて言った。


ゴトンッ


「御自身がどれだけ非力かっていうのは知っておいた方がいいですよ。真下に落ちてるじゃないですか。」


足元の重たい合金を腕に抱えると咲は上を見上げて息を吐いた。


「それともうひとつ。無駄だから、と耐えてるだけではその内限界が来ます。」


「手遅れになる前に、誰かに吐き出した方が良いですよ。別に私じゃなくても構いませんから。」


相変わらず、こいつは人の心を読んでくる。

自分ですら気が付かない動揺を掴んで言葉にするのだから厄介だ。


「『人の心を読むな』って良く言われない?」


「よく誉められましたよ。」


皮肉で言ったつもりだったが、彼女は澄ました顔で称える言葉として受け取ったようだ。


「今回に関しては...見れば誰でもわかりますよ。たった二日でそんな顔になるんですから。」


彼女の声色からは心配する思いが伝わってきた。

咲が炭鉱でどのような目にあっているかを知っているのだろう。


「はいはい、困ったらお姫様に頼るわよ。じゃ、見るもん見たし私は戻るわ。」


咲はリンネの返答を待たずに掘削の労務に戻った。





カンッ...カンッ...


大きなつるはしを振るう。

本来であれば、こんな職務ではないのだろう。


あの器具を用いてもっと簡潔に終わる職務のはずなのだ。


だからこそ、隣のドワーフが語気を強めて咲に向けた言葉の真意がわからなかった。


「もっと効率的に手を動かせ。」


またか、という思いの中で聴力の意識を彼の一言一句に向ける。


「お前を見てると体の動きに無駄が多い。大体、何度も言ってるけどやる気が見えないんだよ。」


「だらけてやってるから体もだらけてるんだよ。」


やる気がないわけないだろ


そう言おうとして口を閉ざした。


そもそも彼女を『新人』として見下しているドワーフに口答えしたところで、咲の言葉は『生意気な言葉』でしか無い。


受け入れる筈が全く無いので、それで自身の心意を明言出来るはずもないのだ。


議論などという高尚な言葉で括るつもりは無いが、便宜上ドワーフとの対話をそれで言い表しのであれば。


咲とこの炭鉱のドワーフには議論が成立しない。


咲は『新人』という立場を甘んじて受け入れるしか道はなく、ドワーフらは咲が『新人』であることに甘えているからだ。


「すみません。」


「俺だって言いたくねえけどよ、お前の為を思って言ってるんだよ。」


何度目かわからない言い訳だ。


つい先程、リンネが言っていた事が頭を過る。


『無駄だから、と耐えていたらいつか限界が来る。』


「...製造。」


幸運にも咲の独り言は重機掻き消され、暗闇のせいで目の前のドワーフは咲の手に酒瓶が有ることに気づいていない。


「今まで見てきたけど、お前何にも出来ないもんな。」


「これだけ無能だとびっくりするよ。」


引き金は最後の言葉にあった。

かつて何度もあの男から言われ続けた言葉だ。


「それも...私の為の言葉ですか?」


「あ?」


「単なる暴言に聞こえますけど、私の事を思って言ったんですか?」


「そうだよ。」


煩悶したものの、彼女は最後まで酒瓶を振るわなかった。

この日も、咲は担当以外も含めたドワーフの鬱憤の受け皿として役割を全うした。






「ディーナに起こされたので朝食を作りました。...なぜ私は夕食も作っているのだ?」


パリン


「アタシの料理が作れたらいいんだけどさあ...この部屋でまともに作れるのってシルヴィアとディーナだけじゃん。」


パリン


「ディーナは今日も遅いらしいし...あ、月宮とリンネも当番に組み込まなきゃ。」


パリン


「リンネは何でも上手くこなせそうだな。料理の腕はどれほどなんだい?」


パリン


「はは...それがですね。料理だけはてんでダメなんです。掃除だったりは得意なんですけどね、調理の時間は本当に苦痛でした。」


パリン


「へえ、意外や意外。それなら、月宮じょ...月宮さんの腕前は如何程なんだろうな。」


パリン


「ねえやっぱり限界だよ!!さっきから鳴ってるこの音なんなの!?」


パリン


「ああ!また鳴ってる!!アタシだけが聴こえてるの?月宮も居ないしさあ!!」


パリン


「私も聞こえてるよ。なにかが割れる音だろう?」


「咲さんの個室から聞こえてきますね。大体何やってるのか察しがつきますが。」


リンネが席をたつと、リースはそれに続いた。

咲の部屋の扉の前に立つと音は少し大きくなった。


ドアノブを捻ると、部屋の灯りは点いておらずベットライトのみが小さく煌めいている。


部屋の主はベッドに腰かけて酒瓶を壁に投げつけて割っていた。


「え...?あれ何してんの?え...?」


割れた酒瓶はすぐさま元の状態で咲の手元に戻る。


「考え事でもしてるんじゃないですか?ボーッとしてますし。」


「そこじゃなくてさ、月宮ってあんな奴なの?」


「ああそうか、リースさんにはまだ本性が出て無かったんですね。」


本性? と小さく尋ねるリースに続いてリンネは口を開く。


「私が出会って来た者らの中で、ぶっちぎりでイカれたろくでなしです。」


「正直言うと関わらない事が吉な人物です。」


リースは絶句しているようだった。

そんな言葉を聞かされるとは夢にも思わなかったのだろう。


「いや、まさか...アタシを怯えさせようとちょっと誇大してるんでしょ?」


「瓶を割り続ける様な輩ですよ?間違っても『まとも』という事はありません。」


リンネは日頃の鬱憤を晴らすかの如く、言葉を綴り続ける。


「それにあの顔を見てください。」


「...何かを、考えてる? みたいな顔だね。」


「あれ死体をどこに埋めるか考えてるんですよ。ゾッとしません?」


「し、死体?なんで?誰かが事故とかでってこと?」


「喜ばしい事にまだ犠牲者は出ていませんが、彼女の中で誰を、どう始末するかは決まってるんですよ。」


「だから後は処理だけなんです。」


ヒッ、と小さく漏らしたリースは何かを思い出して納得したような顔つきになった。


「き、聞いた事がある。何かの凶悪犯かどうか確かめる問題...確かその模範解答が『既に殺した"後"を考えてる』って奴。」


「あの人、多分元の世界で4,5人は手に掛けてると思うんで痛っ!」


「随分言いたい事言ってくれたじゃない、リンネちゃん。」


二人の会話に夢中になっていたエルフは、今まで標的が壁であった酒瓶の軌道が自分に向けられた事に気付かなかった。


「リース。」


「い、いや!アタシは何も言ってない!やめて!殺さないで!」


「これ、CJ-40D型のドリルでしょ。特加専で余ったてたのよ。あげる。」


咲が差し出したものは、炭鉱の側で砂塵を被っていた最新の機材だった。


「すごいわよね、これ。組成が完全に計算され尽くしてるわ。」


似非の知った被った言葉ではない。

演算処理で見ると、このドリルは自然に出来たと見紛うほど美しい出来だった。


「ありがとう...いや、ドリルをくれた事じゃなくて、彼の良さに気づいてくれて。」


顔を背けた彼女の頬は少し紅くなっている気がした。


「で、リースちゃんに一つお願いがあるんだけど。」


「え?...死体処理なら手を貸さないよ!!」


「違うわよ。」


「人事部の...グローリアを特加専に来るよう取り計らってくれない?」


「グローリアか。ちょっと時間かかるかもだけど良い?」


「そっちの方が都合がいいわ。大体...仮雇用が一ヶ月だから、二週間後ぐらいに来てほしいんだけど。」


「まあ...この時期人事部も忙しいだろうし...特にグローリアはね。それくらいなら上手く都合が着くと思う。」


「リースさんを買収して一体何をするつもりなんですか?」


「へへ、私には私のやり方があるのよ。」


リンネが心配した表情は、もうそこには無くなっていた。

どいつもこいつも私の幸福を奪っていく。

分かりやすい敵だから、何をしても構わないとでも思っているんだろう。


溜め息を漏らしつつ、グローリアは人事の扉を開けた。


日が沈んで終業時刻となったそこにはもう誰も居ない。

今日も残業だ。


すぐに終わるから良いとしても、この時間まで手をつけられ無いことが問題なのだ。


ペルメテリアの人間は、何でもかんでも私を頼る。

お陰で持たなくてもよい領域にまで責任を持ち、謝り続ける毎日だ。


ふと、あの二人の顔が浮かぶ。

特に気に留める特徴は無いものの、私が無意識に自分から手を差し出した者達だった。


仮雇用であれば今日は二日目。

どこの課に配属されたのか知らないけれど、上手くやっている事を願う。


どこだって変わらない事は、私が一番知っている。

ここで働く者らは、自身に対する評価が高いので『新人』に対しては暴力的な研修を行う。


人事としてはそれにブレーキをかける必要があるのだが...ここの者は私の言うことは全く聞かないから意味がない。


すぐにでも彼女らの課が調べられたが私はしようとは思わなかった。


口に詰め込んだ菓子の袋をゴミ箱に捨てた、はずだが上手く入らずに外に落ちた。


「...?」


ゴミ箱には一杯の書類が溢れるほど捨ててあった。


どれも同じ書類のようだ。

印刷枚数を間違えたのだろう。


遊びでその一枚を引き抜く。

どうせ入社式の詳細事項だろう。


「月...宮...咲...。」


ほう、ささやかだが少し幸福が戻ってきたようだ。

知りたい情報が落ちていたとは。


それにしても、なぜ個人のステータス表が山程捨ててあるのだろう。


かなり高い能力値と生産に優れたスキル。

意思の無かった彼女の配属先への好奇心が湧いた。


端末から人事限定のデータベースに飛び、彼女の名前で調べる。


転移者らしいからおそらく経営管理にでも名を連ねているだろう。

演算処理というスキルがある位だ、経理のトップかもしれない。


が、その予想は大きく裏切られた。


「特加専...?。何かの間違いじゃ無いの?」


濁って働かない頭を必死に使う。


「なんでこんなところに埋もれてんのよ、こいつ!!」

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