回り出す地底の月
「この道具って...何に使うんですか?」
「それに関しては同室者に聞けばなんとかなるわよ。暗い中に放置されたこれを発見した時点で、凡そリースの依頼は達成してるんだから。」
壁にかけられた現代に近しい技術の結晶、そして浄化の為のダクトがそこにはあった。
「おい。」
低い声が聞こえる。
自身の担当者が、やっと気概を発揮して職務を全うしたのだろう。
「どうも。」
リンネは咲よりの早く声の主の方を向くと、一礼を交わす。
「あ、監督官が居られたんですね。いや、これは失礼。うちの新人だけかと思ってましたので。」
言い訳をさらにと交わし、リンネは口調を強く言葉を返す。
「監督官の業務の一環として彼女に案内を頼んでたんです。」
「あなたの新人への態度は後に追及するとして、こちらの放置された機材は何ですか?」
「衛生状況が芳しく無いことと、この備品の扱いに関して関連性があるように見えますが。」
この女、平然と嘘を吐きやがった。
加えて監督官としての立場をこの一瞬で上手く利用した。
「あ、へへ。あの、その機材は...へへ。」
「真面目に聞いてるんですけど、私の言ってることが何かの冗談に聞こえました?」
作業士と監督官に大きな溝があることはすぐに理解出来た。
「ちょっと聞いて来ます。自分はここに来てから日が浅いものでして...へへへ。」
「そうですか。」
「では、しつれ」
「ID...ありますよね。一応課長に報告する義務が有りますので、教えて下さい。」
「...持ってきます。」
「IDカードは着用が義務付けられてませんでした?」
エルフの問答が長く続きそうだったので咲はその場を離れた。
あのドワーフの自身への態度から鉱石をどのように取り出したのかはバレていないようだ。
減耗の激しい器具に手を掛ける。
この場所にあるということは、鉱石をインゴットに鋳造する際に用いるのだろう。
次にクモの巣状の通路...生物のためではなく、気流の通り道に視線を向ける。
「ダクト...。局所排気にしては少い無駄が多いわね。」
稼働していないという意味ではなく、そもそもフードの位置や設置方法に杜撰さが感じ取れたのだ。
それに『局所排気』という処置に対しての、少し思うところがあった。
「咲さん、先程のドワーフが呼んでましたよ。」
「粒子の大きさは...小さいわね。金属ヒュームか。」
「咲さん?」
「あ、ごめん。あいつが呼んでたのね、わかったわ。」
「じゃ、次行きましょう。」
リンネは少し驚きの声をあげた。
「平気平気、どうせ今行っても後で行っても怒鳴り散らされるだけだもの。」
むしろ今行く方が危ういだろう。
自分よりも若いエルフの女の子にボコボコに叱られていたのだ。
当然その捌け口は、より弱い咲に巡る事となる。
「炭鉱は...なるほど、防塵マスクに送風マスク。手袋まであるじゃない。」
「おお、全部粒子補修効率のランクが2以上。RS,DS,RL,DL...素晴らしい。」
照らすだけ照らさせて、肝心の道具に関する情報を咲はリンネに全く教えなかった。
リンネはリンネで、また訳のわからない事を言い出した、と咲が満足するまで光を出していた。
不思議な事に、それらの道具一式は全て一纏めに炭鉱の隅に隠されるように置かれていた。
ただ光球で照らしただけでは恐らく発見できなかったであろう。
「特別加工場にも行きましょ。むしろあっちが本命。殺人的な濃度だったものね。」
ええ、と頷いたリンネは咲の元に続いた。
何人かのドワーフとすれ違ったが、誰も二人に話しかける事はなかった。
「はーい!!監督官のリンネです!ここで傷病者が出た、という通報がありましたので検査させて頂きます!」
勿論嘘である。
特別加工場で作業中のドワーフは一瞬ざわめいたが、リンネは有無を言わさずに光球で辺りを照らす。
鋳造加工場と同じように、天井部分には無数のダクトが、さらにプッシュプル換気装置が至る所に置かれていた。
加工場に戻ると、リンネは咲の作業風景をじっと見つめていた。
「で、一通り回って何がわかったんですか?」
「衛生に関しては一通り最高水準の設備が置かれてたわ。あくまでも、『作業主任者』という視点からだけど。」
「作業...そんな役職ありませんよ。」
「元の世界には有ったのよ。『特定化学物質及び、四アルキル鉛作業主任者』っていう職業がね。」
咲の頭には自分の部屋が写っていた。
最後に見た異世界もののライトノベル...の奥に纏められた資格取得のテキスト。
その一冊が、現状を理解する光明となった。
「おかしいと思わない? 現場で働くのはドワーフばかり。ここじゃ紅一点の私が唯一の別の種族よ。」
「製造のスキルを持っているからですか? 特別加工場で使う見たいですし。」
「そう、必要なのは製造という固有スキル。」
「それは必要条件でありながら、特加専の壁ともなってたのよ。」
鉱石を高炉にくべる。
実際はそのような事をせずとも、製造で作り終えられるのだが。
「恐らくペルメテリアの者らはそれを良しとしなかった。その結果生まれた物が、元の世界の技術を流用した道具の数々。」
「さらに、過酷な環境を覆す浄化装置だった。」
「これによって、どの種族もここに配属される事を可能としようとしたのよ。」
激烈な音と熱を秘めた流動体は、鋳型の中に流し込まれて行く。
「でもそれは、逆に言えばドワーフ固有の『製造』、アイデンティティーをぶち壊す道筋よ。」
「この課に帰属意識を宿していた彼らは、それらの道具の一切を放棄することに決めた。」
冷えるよりも早く、咲は再び高炉に流動体をぶちこむ。
リンネは赤赤と燃える炎を瞳に移し、咲の推測に耳を傾けていた。
「道具が無くてはドワーフ以外は役立たない。衛生が酷ければドワーフ以外は耐えられない。」
「あの道具...まあ、どうせ転移者の手に依る物だけど、それを見なかった事にした結果出来上がったのが。」
「『不浄不明の地下炭鉱』...。」
「ドワーフしか居ない国でもあるわね。」
「そこには同族だから、という理由で許される馴れ合いが蔓延る事は必至。」
「さて、もう一度考えを改めましょう。」
咲は鋳型にもう一度鉱石を流し込むと、今度はそれを急速に冷ます。
「リースの言う腐敗は、さっきも言ったように『機能していない道具』よ。彼女は私にこれを使って欲しかったんでしょう。」
「そして私が至った腐敗とは、『ドワーフらの歪んだ性根』。」
「ドワーフの人格がこの不浄を生んだのか、不明がドワーフの怠慢を生んだのかわからないけれど。」
「問題は一つに繋がっていた。『私物化された炭鉱』が私達の向き合うべき問題。」
出来上がった鋳造物は黒くよどんでいた。
空気を多く含みすぎたのだろう。」
「一つの問題を解消すれば、自ずとまともな道に戻るはずよ。」
「ドワーフの性格でも叩き直すつもりですか?」
「冗談。あんなに結び付いた奴らは私じゃ無理よ。」
「戻すのはここの衛生機能。元の世界の知識で、私は誰にも悟られずにこの炭鉱を浄化する。」
「ああ、安心してリンネ。私が使う技術は自然を支配するものじゃない、むしろ寄り添うものよ。」
そう言い聞かせたリンネの表情は、もう一つ懸念があるように思えた。
「サガミさんと同じ道だから技術に頼るのは嫌だ、って言ってませんでした?」
「ふふん、ちゃんと考えてあるわよ。おままごとなんかにしないわ。」
「製造。」
淀んだインゴットは、不要な物質を取り除かれてきらめく宝石の様な形に変わっていた。
*参考文献 中央労働災害防止教会
『特定化学物質・四アルキル鉛等作業主任者テキスト』




