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切れない切り札

「日誌...日誌? ああ、これか。」


雑に置かれた一冊の紙の束。

これが日誌なら日誌と呼ぶのだろう。


そこには日付と、簡単な一日の記録が残されていた。

不自然な事に体が見たこともない、と悟っている記号の羅列を脳は自然と文語体として読みほどいた。


最後の一枚をめくると、自身の名が記されていることに咲は気づいた。


「ツキミヤ...集中研修...基礎ができていないので注意。」


早くも『殴れば殺せる』という思考の逃げ場を辿ろうとしたことは当然の帰結だろう。


本人が見るとは思わなかったのだろうか。


「見なかったことにしよう。」


ポツリと呟いた咲は、今度はしっかり自分の持ち場に足を進めた。





「はあ...重たい。」


やっとたどり着いた炭鉱の入り口には、数人のドワーフが固まっていた。


「おはようございます。」


返ってくる事など期待していないし、当然の如く返答はない。

教養までに至った諦感を抱えて咲は真っ暗な炭鉱に足を入れた。


「お前、昨日持ち場の点検しなかっただろ。なんでだ?」


持ち場の点検など初めて聞いた言葉だ。


「あ、すみません。」


「すみませんじゃなくて、なんでかって聞いてんだよ。」


言葉の圧だったり口調の強弱に関して、彼らは調整というものを知らないのかもしれない。


土足で無礼な怒号が抵抗の無い咲に染み込んでいく。


「聞いてませんでした、すみません。」


「んじゃ、今から点検しとけよ。始業の前に終わらせとけ。」


なぜ今理由を告げなくてはならなかったのだろうか。

てっきり点検を終わらせてくれた、と思った故の対応だったのだが。


立ち去るドワーフらが歩みを止めて振りかえる。


「おまえ点検の仕方わかんの?」


「知らないです。」


わざとらしく一人ドワーフがため息をつくと、用意していた様に

言葉を吐き出す。


「じゃあ聞けよ!!お前が自分からやることだから!」


(大丈夫、大丈夫よ。こいつも殴れば死ぬんだから...今を楽しませてあげなくちゃ。)


始業すらしていないが、少女心持ちは既に限界に近づいていた。






結局、点検などという名前の割にやるべき事は炭鉱の土砂の整理だけであった。


その後も咲に高圧的な態度をとる一人のドワーフが、『彼女の研修』を目的に側に居続けた。


「だーかーら、何度言えばわかんだよ。ここの炭鉱はお前の仕事なの。なんで俺の方が掘削の量が多いわけ?」


「お前の態度ってさ、教えてもらってる側の態度じゃないよ。もっと気力持って仕事に望んでくれない?」


「あのさ、俺はお前の為を思って言ってやってんの。まず期待してなかったら言わねえから。お前はまずそれを受け止めろ。」


もしも、咲を担当したドワーフの目的が『研修』などではなく私怨に基づいた『復讐』に近いものなら、それはほぼ達成されている。


もしくは、彼女の排斥だったとしても同じだろう。


「私なんでここに配属されたのかしら...もう辞めたくなってきたわ...。」


昼の時間だ、と言うとドワーフは炭鉱を出ていった。

代わりに訪れたのは、『孤独』という安心感だ。


彼女の手に食事はない。

担当ドワーフ曰く『お前の業務は終わってない、だから昼休憩も働け。』らしい。


「地盤沈下でも起こせばちょっとスッキリするかしら。」


何のけなしに呟いた言葉には、彼女が既に暴力の極地である殺害に考えを纏めていることを示していた。


「なんて事言うんですか、咲さん。」


声の方に首を軽く向けると整った制服を着こなすリンネが立っていた。


「監督官サマが何の用?私は研修で忙しいのよ。」


「気づいてるか知りませんけど、もう外界はお昼の時間なんですよ。」


「ごはん...食べましょうよ。」


普段通りと変わらない声の調子だったが、少し優しさがあるように思えた。




配給で弁当を貰った咲はリンネと共に小さな段差に腰かけた。

監督官が隣に居るせいか、声を掛けてくるドワーフは誰一人居ない。


「午前はどんな感じでした?凄い疲れてる様に見えますけど。」


「見ての通りよ。転移者補正の体力がもう底を尽きそう。」


「必要ないと思いますけど一応言っておきます。本当に何かあったら私に言ってくださいね?」


そういう彼女の瞳に憐れみの様相が表れて居たのかは定かではない。

二人の会話の中で、咲はずっと味のしない弁当に目を向けていたからだ。


「それでリースさんの依頼はどうですか?ここの腐敗に身を沈めてみて。」


恐らく、リンネの中で特加専腐敗がどのような種であるかは咲状況から推察し終わっているのだろう。


咲もそれがわかった上で、現状の説明もなしに虚ろな視線で言葉を落とし始める。


「私個人で出来るなら...まあ、あれよ。ここのドワーフを全員廃人に変えるわ。」


「冗談が言えるならまだ大丈夫そうですね。」


「正攻法でいくなら外部から立場有るものに私の状況を教えれば良いわね。」


「この場合は転移者が適任ね。」


リンネは頷きながらも否定的である様に見える。


「でも、それならきっとここの腐敗を知った者によって行われてますよ。」


「そうね、それでも変わってないということはドワーフらが外見的な偽装を行うんでしょうね。」


「本命はなんですか?」


彼女は挙げた二つが前座であることはとっくに気がついているようだ。


「私が成果を出す。」


「成り上がりですか。...そうですね、咲さんが特加専の手綱を握る役職になれば、腐敗は明るみに出て取り除かれるでしょう。」


一見まともそうな考えだが、咲の表情から彼女があまりこの案に乗り気ではない、と見抜いたリンネは続けて尋ねる。


「何か懸念でも?」


「一個大きな物があるわ。」


「私がサガミと同じ轍を踏まないといけないのよ。」


「咲さんがあの転移者が苦手なのはわかりますけど、それを気にしてもしょうがないと思いますよ。」


「違う、気分の問題では無くて。」


「恩恵もなければ経験もない私が、ここで成り上がる道は一つ。」


「元の世界の知識を使わないとダメなのよ。」


「...? それが何か?」


「恐らくあの男は、自分の恩恵を妄りに使ってペルメテリアのトップの座についたんでしょうけど。」


「それって周りが恩恵よりの弱かったからこそ成り立った偉業でしょう?」


彼の世界が他者からの評価に依って成立していることは良く示されている。


そして、その評価とは彼が恩恵を持ったからこそ下された物に過ぎない。


「私がここより進んだ技術を見せびらかして評価を貰っても、それは進んだ技術の賜物に過ぎない。」


「恩恵と咲さんの知識、それってどちらもこの世界には無かったものですからね。それを振る舞えば、確かに同じような道筋が立つかもしれません。」


「ですが、実際それで良いのではないですか?こと成り上がるという点においては、サガミさんの前歴があるのですから。」


「その力に頼って登り詰めても良いと思いますよ。」


「嫌よ...そんなの...。」


「おい!月宮!!昼休憩終わるぞ!!」


「おままごとよ。」


空になった弁当箱を手に、咲はリンネに『また後で。』と手を降ると自分の炭鉱に戻って行った。

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