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世界を蹂躙する知識

「起きてっ!リンネ!おいっ起きろ!エルフの朝は早いんじゃ無いの!?」


暑いと言っていたくせに、エルフは毛布を一枚余分に引き出してくるまっていた。


一体どこから出したのだろうか。


「ああ?何ですか?まだ起きる時間じゃ...。」


「窓口に行くんでしょ!」


「こんな朝っぱらから開いてる訳無いじゃないですか...常識で考え...ああ、無理か。」


「お前本当はしっかり起きてるだろ。」


ノソノソと起き上がると、彼女はローブを羽織る。

勿論、咲の部屋に備え付けてあったものだ。


「夜寒くて一回起きたんで寝不足なんですよ...どうしてくれるんです?」


「昨日...いえ、一昨日は暑くて眠れなくて昨日は寒くて眠れないって。」


「やっぱりお姫様は肌が敏感なのね。」


彼女らは軽く朝の身支度を終えると社員寮の外に出た。





「どこ行くんですか?さっきも言いましたけど、こんな時間に窓口が開いてる訳無いです。」


リンネの口調はハッキリとしていた。

早起きには慣れているのだろう。


「窓口じゃないわ。第一、窓口(この世界)にあの器具の云々を知っていると思えないのよね。」


「だから行くのはこの建物の裏側。」


そうですか、と興味が無さそうにリンネは答えたが足取りはしっかりと咲の元に続いていた。


閉じられた窓口を尻目に外に続くエントランスを抜ける。

ビルに閉じ込められた青空と、澄みきった空気が肺を満たした。


「裏...手は~、こっちね。」


周りは建物ばかりでそのほとんどが高層だ。

全部で14号、あとは特別棟を加えて+α。


良くもまあこんな場所を作り上げたものだ、ペルメテリアのトップは。


「この脇道じゃないですか?」


咲が見落とした通路をリンネが見つけたことで、朝の散歩は終わりを告げた。


排気を主な存在理由とした、気口だらけの狭路を進み抜ける。

曲がりくねった長年誰も訪れなかったような道の先には、広場が開かれていた。


社員寮の裏側。

これもまた高層であり、自身が寝泊まりしている部屋ははるか上層に小さく見える。


「これが咲さんの目的ですか?」


「ええ...予想通りだったわ。まさか、異世界なんて場所でこんな物を見ることになるとは。」


大したものではない。

咲の見たものは、一室一室に備え付けられたであろうエアコンの室外機だった。


「さて、リンネ、いくつか質問をするわ。」


一つ声色の変わった主人の言葉に、奴隷は表情を少し固くした。


「まず、あの...形容し難いわね。規則正しく並んだ器具の名称は知ってる?」


「いいえ、知らないです。見たこともないです。」


名称は知らない。

ならば、あの用途も知らない。


「じゃあ、あれはこれまでには無かった技術ってこと?」


「そこまでは断定出来かねます。もしかしたら、エルフの国では熟達しなかった技術かも知れませんし。」


「あれに魔術的な力は働いてるの?」


「うーん...いいえ、魔術が行使されている様子は無いですね。」


だが、今もなお事務的な音を立てて動いている。

魔術とは別のなにかが、あの動力であることは間違い無い。


「リンネ、あなたは確か...ふふっ、星魔法が使えたのよね?」


「一度笑った事は見逃しましょう。使えますよ、星魔法。」


「それと同じく、電気魔法...いいえ、より自然現象で表するなら雷魔法とかあったりするのかしら?」


「ありますよ。雷を使う魔法。」


そう言うと、彼女はぶつぶつと何かを唱え始める。


「えいっ!」


その言葉を合図に、咲の目の前に大きな落雷が発生した。


「これが雷魔法で」


「狙ったな?」


「偶然です。これが雷魔法です。これとあの器具に何の関係が有るんですか?」


移り変わる天気というものから、雷という現象を捉えているのは確かだ。

それを突き詰めていけば、室外機を動かす力に行き当たりそうなものだが、恐らく至っていないと見ても良いだろう。


「じゃあ、最後の質問よ。」


「リンネ、貴方は本当にここに居るのよね?」


現実に即し過ぎている。

不思議な力、未知の生物がいる世界。


未知なる世界に元の世界の痕跡が有ると考えるよりも、現実の世界に作り込まれた空虚な世界と見る方が確かだ。


「寝起きに哲学は良くないですね。」


「何ですか?今さらここが別の世界だって信じられなくなったんですか?」


彼女はあきれた様に言葉を返す。

その根底には、『五年も一緒にいたのに』という不満がある気がした。


「まあ、ここの住人である私にとって、ペルメテリアは異世界に感じますよ。」


「だって作ったのが異世界の人間なんですからね。当たり前です。」


「だから、ここだけがおかしいんですよ。安心しましたか?」


安心した、という言葉を投げかける辺りリンネは咲は陥った疑問を見抜いているのだろう。


異世界の者が一度は抱える問題を、元の世界に居ながら解するリンネにはやはり目を見張るものがある。


「ええ、そうよね。やっぱりここは異世界よ。私たちは本当に転移したのだから。」


「だから...私の危惧もいずれ形を帯びるでしょう。」


「危惧?...あの器具があると、なにか不都合でも有るんですか?」


「あの器具は波間に浮かんだ泡沫よ。」


「は?意味はわかりませんが、そのリズムいいですね。」


咲はリンネの言葉に反応を示すこと無く続ける。


「転移者は確かに未知の技術を持っているんでしょう。」


「でも持っているだけ、知っているだけ。彼らはきっと専門家じゃない。ただの一般人が気まぐれで別の世界に来ただけなのよ。」


「だから、彼ら、私を含めた転移者はその技術が生まれ出るまでの歴史を十全には知らない。」


「何が言いたいんですか?」


良いパスを投げたと思う。

咲はリンネに笑みを返した。


「転移者がもたらす技術って言うのは、いわば、『数段飛ばしの技術』なのよ。」


「いくつもの技術が、互いに原因と結果に立場を変えて出来上がった階段ではなく。転移者が断片的に覚えていた『結果だけの技術。』」


「私の危惧はこれよ。責任や知識を有さない転移者のせいで、徒に技術が持ち込まれ、この世界の技術体系に穴を産み出すことなのよ。」


「技術体系に穴...数段飛ばしの技術...結果だけの技術...ああ、なるほど。」


「次の技術を作るのは、転移者の手のみに委ねられてしまう。」


「転移者が永遠にその役割を担うのであればほぼ安全ですが、何らかの事態でその技術が失われたのなら。」


「それを補う技術、はたまたそれに至るまでの技術が存在しない為、体系が大幅に後退する...って事ですかね?」


「でも、転移者がもたらす技術であれば無くなっても良いんじゃないですか?」


その時のリンネの口調は、諭すようではなく恐れが垣間見えた。

彼女の心には、かつて咲が森一つを消し去った景色が移っていたのだろう。


「貴方達の技術は、この世界の自然を支配しかね無いですから。」


在来生物による外来種への警告がそこにはあった。

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