先進が垂らす汚点
「それにしても、よくリースさんの頼みを聞きましたね。」
「頼み...?なんだっけ?」
「特加専の評判を取り戻すってさっき言ったばかりですよ。」
リンネはベッドに寝転びながら言った。
「あ、ああ。まあ、リディニアの時みたいに対岸の火事というわけでも無し、私だってあの労働環境は嫌よ。」
取り巻く環境も、取り囲む人間も、という意味だった。
「そうですか。ま、何か用があれば監督官を呼んで下さい、すぐ駆けつけますから。」
言ってる事は頼りなるのだが、エルフは気だるそうに横になったままだった。
「わかったわかった、じゃ、リンネさんそろそろ部屋に戻ってくれない?」
夜更け過ぎ、共同スペースから戻ると何喰わない顔でリンネは咲の部屋に転がりこんだ。
「もう少し話しましょうよ。咲さんが何か話してれば起きてますから。」
「なんでここで寝る前提なのよ!ねえ、私疲れてるの!肉体的にも精神的にも!」
「アハハ、目を覚まさせないでください。ずっと無関心な貴方が精神的に疲れる訳ないじゃないですか。」
引き摺りだそうかと思ったが諦めた。
出会った当初は小さかった彼女は、今は咲の身長を優に越している。
体格差では敵わないと見込んだのだ。
「スゥー...。」
「おい!寝息を立てるな!全く...どういう風の吹き回しよ。同じ部屋でしょ?」
「私の部屋...部屋の温度を変える魔術道具? が上手く働か無いんですよ。」
「気候変わったのか、て位暑くて...エルフの体温って高いので、余計に眠れ無かったんですよ。」
温度を変える魔術道具には見識を持ち合わせていないが、その器具は良く知ったものだ。
「エアコン...いや、まさかね。でも、魔術との複合型ならあり得るか。」
「あー...涼しい。」
暑さに負けてだらしないお姫様は、時間と共にどんどん怠けていく。
「そういえばここも涼しいわね。リンネ、貴方が点けたの?」
「ええ、そこにあった小さな...なんか凸凹した奴を触ってたら点きました。」
リモコンだ。
彼女の言い草から、恐らく魔術とは異なる体系を辿った別の遠隔技術。
勿論、咲の世界からの輸入物だ。
「外見は同じでも性能に大きな差があった馬車...建築様式と材料が異なる建物。」
「そして、そのなかに備え付けられた魔術を介さずに動作する備品。」
「何言ってるんです...か?あ、本当に寝そう。」
言い様の無い危惧感がそこにはあった。
一見すれば誰のとっても有益で、それを阻害することは進化の停滞に結び付きそうなものだ。
だからこそ、このペルメテリアでは起こり得たのだろう。
『数段飛ばしの技術』とでも呼べば良いのだろうか。
咲が製造を公然で使わない理由でもあるそれは、既にこの領域で無くてはならない存在のようだ。
「リンネ、ちょっと起きて!貴方の部屋に行くわよ!」
「ええ~?後生ですから、今夜はここで寝かせて下さい。」
「用が終わったら私の部屋で寝て良いわよ!いいから起きて!」
「何とでもお申し付け下さい、御主人様。」
二人は横の部屋に向かった。
他の四人は寝付いたのか、個室から灯りは漏れていない。
「温度を変えるものって言うのは、これで良いのよね?」
「はい、でも全然動かないんですよ。」
「ちょっと膝落として。」
は? という声を出したが主人の命令と認識したのか、エルフはすぐさま膝を折った。
咲は彼女の首に跨がると、今度は立つように命じた。
天井部に備え付けられたその器具は、外見のデザインは元の世界のエアコンそのものだ。
気になったのはそこではない。
エアコンがエアコンとしての用途を発露しているのなら、この世界ではどのような作用機序であるのか知りたかったのだ。
「フィルターと熱交換器、内部は元の世界の同じね。。」
「そうか、まさか...稼働の動力を電気にしてるのかしら。」
「リンネ、気温を変えたり、風を起こす魔術ってあったりするの?」
「勿論ありますよああ、でもその器具にはついてないです。。」
つまり、この器具はこの世界には本来存在し得ないもの。
違う技術で発展を遂げた、先進のものによる施しだろう。
「あれ...じゃあなんで効かないのかしら?」
パット見、演算処理を用いての結論としてエアコン内部で外れた数値は見えなかった。
まともに稼働している、ただ見えない所で欠損があるのだろう。
「それを探してくれてたんじゃなかったんですね。」
この構造がオリジナルのエアコンと類似するものであれば、一つだけ思い浮かぶ点があった。
そして、それは咲の働く特加専の問題点と繋がるのだ。
「もしかしたら私の杞憂かも知れないわ。明日にでも窓口に言いに行きましょ。」
「確かにそうですね。じゃ、咲さんはこの暑苦しい部屋で寝てください。私は快適な涼しい部屋で眠るので。」
余程のこの部屋が嫌だったのか、呪詛を吐き捨てると彼女はすぐに部屋を出ていった。
咲はベッドに潜り込む。
エルフの感度がおかしいのだろう、並みの人間には適温だった。
「はあ、また明日もあそこに行くのか。」
独り言が自ずと出てきてしまう。
次に目を覚ましたら、再びあの淀んだ地底に行かなくてはならない。
人間関係はなんにせよ、せめて環境がどうにかなれば良いのだが。
咲はふと動かないエアコンに目を向ける。
「吸い込み式のファン...局所換気...。」
その言葉が過った所で、彼女は微睡み夢の世界に足を踏み入れた。
それでも、その四文字が彼女の側を離れる事は無かった。




