苛烈な合間の安楽な休息
対物性愛
本来同種の雌雄に育まれる愛情が、何かをきっかけとして『モノ』に向けられた故の性癖。
元の世界では倒錯的と評価され、多様化を認める社会でも些か理解し難い愛情の形だ。
目の前の幼女は自分自身がそうなのだ、と瞳に覚悟の念を含みながら言った。
「対物性愛...ええ、言葉は知ってるわ。ただ、その...。」
「理解出来ないのは解ってる。ここの三人だって、最初は冗談だと思って笑ってたし。」
彼女の変わらぬ口調から、都合の良い翻訳による誤訳では無さそうだ。
「いえ、その性癖は良いのよ。ただ、それならなんでサガミに好意を寄せた...フリ? をしているの?」
「月宮と出会う前、魔王征伐の旅でサガミと出会って、アタシはあの人に尊敬の感情を持ったの。」
「でも彼はそれを恋情だと勘違いしたみたいで...憧れの人に『実は自分の勘違い』なんて恥を与える訳にもいかないし。」
「それに、アタシが好意を寄せる身振りをすると凄く嬉しそうだから、公然ではサガミに好意を持ってる風に見せてるの。」
シルヴィアと言いリースと言い、彼女らはあの転移者に対しては大きな隠し事があるようだ。
いずれも性格や性癖と言った心内に関する事象。
見た所よりも彼は、それほど恵まれた道を歩んでいないのかも知れない。
「にしても驚いたよ。」
リースは落ち着いた声と共に発した。
「アタシの倒錯を簡単に飲み込むなんて...やっぱり転移者だから、そっちの世界じゃこう言うのって普通なの?」
ソファに座ったリンネの方を見ると、未だに唖然とした心持ちを顔に出していた。
「ここの世界と同じよ、物が好きなんて言ったとしても収集的な意図だと思われるか、狂人の戯言として一笑に臥して終わるわ。」
「じゃあ、月宮だからかな。」
その推測はあながち間違いでもない。
彼女がそれを聞いていたのなら、表情筋一つ動かさず『ああ、そう。』とだけ言って寝転びそうなものだ。
『私』とて、彼女がしそうな事を真似ているに過ぎない。
「夕食の準備が整いました。あのお二人は...まだ戻っていないようですね、四人で食事にしましょう。」
「他の二人っていつも遅いの? 昨日は一緒に帰って来てたじゃない。」
ガパオライスに似た味のする料理を口に運ぶ。
見た目は極彩色の植物のサラダなのだが。
そういえば、植物を食す文化があったことに驚きだ。
案外シルヴィアの種族では植物への知見が発達しているのかも知れない。
「そうでした、今朝聞かれたので控えて起きました。」
「いつの間に...シルヴィア今日はずっと新しい魔術の開発で動いてたのに。」
「グローリア殿にかかれば一瞬でしたよ。」
見知った名前が出た。
彼女は相当顔が広いようだ。
「ディーナ...何を言うにも一拍置いて、長女面をする年増は経理部所属。ペルメテリアが理事会に成った際の事務手続きで忙しいようです。」
「チヒロは?」
「チヒロ? ああ、日焼け脳筋は一ヶ月後の入社式への準備で忙しいようです。総合警備課所属しているので、当たり前ですね。」
相変わらず他のメンバーには毒を吐くようだ。
一切の容赦が感じられない。
だが、それよりも気になる事が一つ。
「今の子の名前もう一回言ってくれない?」
リースとシルヴィアは顔を合わせると、神妙な面持ちでシルヴィアが答えた。
「チヒロ....ですか?何か気になる点でも?」
「元の世界で私が住んでた国っぽい名前だなっておもって。」
「リディニアでも一人あったけど...案外日本名って多いのね。」
「ふふっ、チヒロは本名じゃないよ。サガミが付けた名前なんだよ。」
「どういうこと?あいつがチヒロちゃんの父親なの?」
「それ言ったらここの四人全員サガミの娘って事になっちゃうよ。違う違う。」
「まさか...改名の魔術ですか?」
静かだったエルフが突然口を開けた。
「ええ、その通りです。にしても、良くそんなマイナーな魔術を御存知ですね。」
「勉強だけはずっとしてきましたので。でもなぜ改名の魔術なんて?」
「改名の魔術って何? 『ああああ』とか言うのを命名神様に祈るの?」
「咲さんの言っている意味が良くわかりませんが、まあ正しくはないのでしょう!」
「改名の魔術とは、術の行使者が持ち合わせる魔力を『名前』という手段を持って受け渡す方法です。」
「アタシは元々『リース』って名前じゃなかったんだけど~。魔力が足りない状況に陥って、サガミに助けて貰ったんだ。」
彼女はその状況を乗り越え、彼への尊敬の念を胸に抱えているのだろう。
真に向けている愛情の器を隠したまま。
「チヒロも元々そういう名前じゃなかったみたい。でも、瀕死の重症を負って、サガミから助けて貰ったらしいよ。」
にしてもチヒロなどという和名をどうしてつけようと思ったのだろうか。
彼の幼なじみだったりするのかも知れない。
「なんでチヒロって名前を付けたのかしらね。」
「前ちょっと溢してたけど、あの名前、実は元の世界で付き合ってた彼女の名前らしいよ。」
少しだけゾッとしたことは言うまでもない。
あの男は、自分の元彼女の名前を他人に着けて愛でているのだ。
事実はより狂気を孕んでいた。
「へ、へ~余程好きだったのね。名前を変える事も出来るなんて、本当に魔術って好き勝手出来るのね。」
「月宮は何かの魔術使えないのか?」
無邪気な顔でリースは問う。
「実は何も使えないのよ。私には魔力がないんだって。」
「ふーん、あ、じゃあさ!私が魔術を教えてあげるよ!魔力が無くても使える簡単な奴!」
「あら嬉しい、どんな魔術?」
「光源を自分で作り出す魔術だよ!すぐ覚えられるよ!」
純粋に良しとしてそう提供するリースを無下に出来なかった。
「じゃあ後で時間があるときに頼もうかな。」
「私が教えようとしたときには、『リンネが使うからいい』って断る癖に、リースさんだと二つ返事で快諾するんですね。」
怨みのこもった文句が聞こえるが気にしない。
四人は空いた皿を片付けるのだった。




