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ベクトルの違う愛情

「そしてこちらが、特殊加工場になります。」


炭鉱の奥の奥。

もはや地上の光や空気は届かぬ地の底。


たった一枚のマスクでは防げない砂塵と、何かの粒子が飛び交う。


リンネは絶句していたようだった。

それが良い、口を開けば正体不明の物質が体内に入りかねない。


「先程のインゴットを武具や装具、はたまたペルメテリアでの備品の一つに変えるんです。」


淡白に語るドワーフの先には、影すら曖昧な作業士が黙々と業務に従事していた。


「まあ、特殊加工は製造の熟練度がそれなりにある事が前提ですので____」


皮肉な笑みを浮かべ、抑揚のない口調で続ける。


「新人の方は、滅多にこちらに来ることは無いかと。」


「特殊加工は...一体どんな事をするんですか?」


新任監督官のエルフが叫ぶ。

口を開く事に覚悟を決めた故の声色だった。


「他の課から完成図を受け取って、貯蔵した素材から造りだすんです。」


「ここの備品ではなかなか...という依頼もあったりしますので、その際は高度に熟達した技術と製造のスキルを用います。」


「インゴット鋳造とは異なり、型に填まらない対応が求められますので、詳しい事はなんとも。」


難易度に関して強調したのは咲への牽制だろう。

こちらから願い下げだ、一息吸い込むだけで死にかねない場所で過ごすなど。


ドワーフはじっとしたまま突っ立っていた。


「では、他の業務に関してお教え頂けますか?」


「質疑はよろしいのですか?」


疑問に業務で疑問をドワーフは重ねた。

そんな事はインゴットの加工場では口に出さなかった癖に。


「ええ、特殊加工は専門的な知識を持ち合わせていなければ解する事は難しそうですから。」


「そうですか...それでは、次に案内する場所が最後となります。」





「結局戻って来ましたね。最後の業務ってなんなんでしょう?」


「大体の見当は付くわ。こいつが私達を連れ回した理由よ。」


「なるほど。」


リンネはすぐに気付いたようだ、と同時に先導するドワーフも足を止めた。


「こちらが事務所となります。この課で働く者が一日交代で担当するのです。」


内部は明るく、長らく座られていない腰掛け椅子と、うたた寝しているドワーフが照らされていた。


「業務は、日誌の書き込みや道具の貸与、体調優れない者への看護、監督官との橋渡し...など多岐に渡ります。」





「では、今日はありがとうございました。また、思う所があれば尋ねに来てもよろしいですか?」


事務所での業務に対しては、特にリンネからの問いは無かったので案内は終いになった。


咲の横で、彼女の口となったエルフは先導したドワーフに挨拶すると上に昇っていった。


「月宮。」


一瞬前とは異なり、荒々しく配慮のない声がかかる。


「何か?」


「何か、じゃねえよ。...はあ、今日は一日、お前の炭鉱業務を見てやるよ。」


「と言ってもあと数時間、俺が教えられる事は限られるがな。」


不敵な笑みを浮かべるとドワーフは二人分の道具を持つと、咲と肩を並べて歩き出した。


嫌な予感が背中を這ったが、慎重に言葉を選んだとして咲は新人の身、どうせ無駄に終わると思えたので軽く感謝の言葉を述べた。






「お帰りなさい!咲さん!あと、私の制服の素材を返して下さい!!」


「うっ...ごめん、後でちゃんと戻すから...今は寝かせて。」


披露困憊。

帰ってくるや否や、咲は玄関に倒れ込んで寝息をあげ始めた。


...寝ていない、目は開けている。


「私か。」


気絶するように倒れ込んだ為か、『私』の意識が表出る事になったようだ。


「あれ?咲さん?寝るんじゃなかったんですか?」


「ああ、大丈夫。あれは精神的なものだから。」


私の姿を見た途端、犬のように側に付く少女の姿あった。


「それでっ月宮!初勤務はどうだった?」


楽しそうな瞳が胸に突き刺さる。

真相は彼女の期待に沿えそうに無い。


「一言で言えば...最悪よ。特加専の業務が、ではなくてあそこで働く人間が。」


「咲さんが合わないだけじゃないですか?案内の時は優しそうだったじゃないですか。」


「そうなんだ...。」


リースは内心納得しているようだ、それと同じく落胆表情が伺える。


「あそこ、特別棟でしょ?だから内情に詳しいのはあそこの人間だけで外の社員には不明の地って呼ばれてるんだよ。」


だから彼らの横暴が罷り通ってしまうのだろう。

私...いや、事務所のドワーフに目を置かれた咲は彼の良いように扱われた。


例え転移者補正で、それなりに高い筋力を保持していると言えど慣れて居ないため掘削は上手くいかない。


肝心のドワーフは罵倒を浴びせるだけ、具体的な事は一つも言いやしない。


一言でも声を返そうものなら、お前はまだ若いから飲み込んどけ、お前の為を思って言ってるんだ、と叫びをあげる。


果てには『いつか俺の言ってる事が正しかったとわかる』、など無責任にも未来を約束するまでだ。


自身の私情を添加物を持って吐き出されても困る。


自分の人生にどれ程の価値を見ているのか知らないが、他人にとっては屑同然のガラクタを経歴にかこつけて見せびらかししているのだ。


「はあ...あれ、多分外からどうにかしないと腐り続けるわよ?」


「でも、お兄様...サガミは他の事に忙しそうで。」


「貴方が言い寄れば、多分すぐ動いてくれると思うよ?」


リースは躊躇っていた。


「...ねえ、月宮。一つお願いがあるんだけど。」


「アタシ、本当にあの課の業務が好きなんだ。」


「ええ、知ってるわ。」


一瞬驚いたような顔をしたが、私には彼女の性癖が露見している事を思い出してすぐ安堵の表情に戻った。


「でも、あそこに配属された新人は...半分が一年経たずにやめちゃうし。特加専の評判はどんどん下がっていくし。」


「こんな事...昨日あったばかりの月宮に言うのもなんだけど!」


「あそこの腐敗を止めてもらえないか?」


彼女の目は真剣そのものだった。

余程の愛情があるのだろう。


「ええ、勿論。私だってあんな環境で働くなんて嫌よ。一日でも早く、穢れを取り除かないとね。」


「そうか、ありがとう!...私に出来る事があればなんだってするから!」


笑顔は幼子の様に純粋なものだった。

そこに偽りはない。


「でも、どうしてそんな事を私に?他の転移者とか、別の仲間とかにも頼めそうだけど。」


「ああ、それはね、月宮があの課に配属されたってことが一つ。」


「それともう一つ、アタシの秘密を知っているって事だよ。」


「盗み聞きされてたし、実際今朝の様子からわかると思うけど。」


「アタシ...主にドリルとかの工具に対して本当に愛情を持つ。」


「対物性愛なんだ。」


ここにも嘘は無く、彼女の瞳は煌めいていた。

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