開かれるは二つの未来、選ぶべきは
「そのスキルって...。」
こちらを見ながらリンネが言葉を漏らす。
瞬間、エルフの口を被うマスクが消えた。
言葉を発する為に口を開いていたエルフは、今一度咳の猛威を体験する事となると。
「ゲホッゲホツ!えっ!?なん...ゲホッゲホツ!!」
「リンネ、ほら落としたわよ。着け方が甘いんじゃない? ちょっと顔を寄せて?」
落とした訳がない。
そうならない構造をマスクはとっているのだから。
「リンネ、あなた今私もそのスキルを持ってる、って言おうとしたでしょ?」
「え、ええ?何がまずかったでしたか?」
「直感だけどあまり言わない方が良い気がする。なんかあまり使って無さそうだし。」
耳にマスクを掛けると、軽く咳き込んだ後にピタリと治まった。
「では、そのスキルは一切使わないのですか?」
姿勢を正して、リンネはドワーフに向かって尋ねた。
「一切、と言うと語弊があります。炭鉱の業務では...確かに手作業が多いですが特殊加工の業務で度々使います。」
やはり、と咲は笑みを浮かべた。
こいつはまだ話していない業務があったのだ。
「特殊加工?」
すぐにリンネが飛び付く。
「炭鉱の奥で行う業務です。見ていかれますか?」
「ええ、よろしくお願いします。」
ドワーフの先導で、加工場から再び炭鉱に沿って歩いていく。
咲がリンネの横に、常に陣取っているために話しづらいのだろう。
ドワーフは必要な時に話す以外は黙ったままだった。
「リンネ。」
「何かありました?」
「あのドワーフにさ、製造についてもっと詳しく聞いてきてよ。」
「詳しく....って、何を聞けば良いんですか?」
「どんなときに使うか、とかどういう手順で使うのかね。私の知っている製造のイメージと、あまりにも離れているもんだからさ。」
「確かに、先程使い渋んでるように見えましたね。咲さんはきにスキルで悪行の限りを尽くしていると言うのに。」
一瞬毒を刺されたように感じたが気にしない。
リンネは少しだけ歩を進めてドワーフの側に寄った。
「そういえば、お名前をまだ聞いてませんでしたよね。」
「お、おお...ゲンランドだ。周りからはゲンさんって呼ばれてる。」
「では、私もそのようにお呼びしても...構いませんか?」
少し間を取ってリンネは尋ねた。
エルフに見つめられたドワーフは、照れながら切り返す。
「構やしないさ。」
ちょっと格好付けた様に言った。
後で先程の乱心をリンネにチクるつもりだったので、咲にはそれが滑稽に見えた。
「ありがとうございます!それで、ゲンさんにお聞きしたいことがあるのですが。」
「何ですか?」
「製造のスキルなんですが、今って使えたりしますか?」
「...難しいですね。どんな物を作るか、にもよります。」
全く関係ないが、ドワーフの口調がリンネに対しては終始敬語であることに気付いた。
外見から判断するのは申し訳ないが、『お嬢ちゃん』とでも言ってリンネを軽々しく見そうなものだが。
監督官と作業士の地位は明確に区別されているのかも知れない。
「あ、じゃあ鉱石とかどうですか?先程鋳造していた。」
咲基準で考えて言ってしまったのだろう。
リンネがそれを申し出た瞬間、ドワーフは鼻で笑った。
「ふっ、やろうと思えば出来ますが酷く労力を使わねばなりません。ですから、手作業の方が早いのです。」
内面ではリンネの事も見下しているのだろう。
そんな事もわからないのか、というようにドワーフは言った。
「その労力とは一体何ですか?」
「そうですね、まず掘り出した鉱石から貯蔵品へと製造のスキルを使うなら、まず鉱石のサイズを検討します。」
「検討?」
「最も長い外周や、純度の変わる境界線。質量に密度、と言ったものですね。」
「手作業で砕いた過程を頭のなかで想像するんです。加えて一つ一つ計測器に載せなければなりません。」
「材料の解析が終われば、あとは完成品への過程です。」
「鉱石の場合は、どのような気圧下で、どのような温度で、どれくらいの時間を掛けてと言った具合です。」
「なるほど。」
「その後に完成品の方の解析を行います。こちらが最重要で、加えて最難関です。何せ実体物が無いのですから。」
「細かい部分まで計測していきます。最後の調整も整って、スキルの行使者が一連のプロセスを頭に叩き込んでいれば鉱石はインゴットに変わります。」
タネは明けた。
ドワーフが面倒な作業を行っているのではない、ここに来て咲が唯一としての能力を発揮した結果、製造のスキルの使い勝手が良くなったのだ。
今のドワーフの言葉には、『解析』や『計測』という言葉が何度も出てきた。
その手順が最も時間がかかるのだろう。
だが、咲でなら話は変わる。
元の世界での産物として、『演算処理』という世界を数値で見るスキルがあるのだ。
そのため、瞬時に計測を行えた咲は放縦に誰もが厭うスキルを使う事が出来た。
植物から大麻を作れたし、『製造』と銘打って土塊を圧殺兵器として用いた。
果てには、地下鉱脈から山をも超す女神の像を、それも一瞬で造りあげたのだ。
「いやあ、これが使いこなされば他の設備なんて要らないんですけどね。」
ドワーフは苦笑した。
「なるほど...ゲンさんが知っている中で、そのスキルの名手と言える方は居るのですか?」
「昔は居ましたよ。ただ、今とは比べ物にならないほど単純な材料で簡単な過程で、粗末な完成品でしたから。」
「井の中の蛙、という言葉を修飾した上での名手は見たことがあります。」
「ただ...この炭鉱で好き勝手このスキルを使える者は居ないと思いますよ。」
咲は、昨日自分が考えついた事を思い出していた。
『結局、周りの人間なのだ。』
その通りだ。
咲の場合は周りが評した訳ではない、周りが持っていない物を持っていただけなのだ。
咲の製造の熟練度を見れば、他のドワーフは驚嘆の声をあげるに違いない。
それを思い馳せた上で咲は結論を下した。
『彼らの前で、このスキルは表立って使わない様にしようと。』
使えない彼らを腹の底で見下す訳ではない。
本当は甚大なる力を持つのに、謙虚に働く自分に酔ったわけでもない。
この世界の技術体系に手を下し兼ねない事を危惧した上での判断だった。




