アウトブレイク
リンネへの協力から季節はいくつも過ぎた。
そして、五年という歳月が過ぎた。
咲は簡易的な造りの裁判所で裁かれていた。
「こいつはもう何度牢獄にぶちこまれれば気がすむんだ!!どんな罪でも一日と立たず出てくるじゃないか!」
検事のエルフが叫ぶ。
「仕方ないだろ!!姫様がこいつに限って恩赦を出すんだ!!」
今度は咲の弁護人が叫ぶ。
「だが!」
検事のエルフを正面のエルフが止めた。この裁判所の長だ。
「静粛に、罰は正確に執行致します。その後の事象に我々は関与出来ません。」
「とにかく、判決を下します。」
「被告人、月宮咲...薬物製造及び乱用の罪で有罪。度重なる犯罪行為より罪を厳罰に処します。懲役28年を下します。」
「はっ!!あんたたちはその薬物のお陰で今生活出来てるのよ!」
「何をいうんだこの狂人は!!我々は姫様が必死に奴隷から救って下さったんだ!」
咲の言葉を遮るように検事の男が叫ぶ。
「こいつはもう無期刑にしろ!!」
続けて傍聴人が口々に声をあげる。
「静粛に!静粛に!はやく警備の者は被告人を連れて行きなさい!!」
両腕を警備に掴まれて強引に追い出される。
五年前もこんな事があったな、と咲は考えていた。
退場の直前に右の警備員一度止めるように言う。
両腕の拘束が緩み、咲は傍聴人や検事の方にゆっくりと振り向く。
その途端に怒号は静まり、一人の狂人へと視線が集中する。
「皆さんのお怒りはよくわかりました、ですので一言述べさせていただきます。」
初めて咲が傍聴人へと言葉を述べる、いつもは笑いながら出ていくのに、だ。
一息の静寂の中で咲は言葉を発する。
「出所したらお前ら全員薬中にさせてやるからな!!!」
言うまでもなく裁判所は混沌に巻き込まれた。
だが飛び交う怒号は一つ、「殺せ!殺せ!」。
エルフの調和が取る中、狂人は腹を抱えて笑い転げていた。
牢獄の中で膝を抱えて座る咲、そこへ刑務官が訪れる。
「39番、出ろ。」
扉が開き、咲は晴れて釈放となった。
外に待つのは豪勢なドレスに身を纏ったリンネ。
「あら、珍しいわね。姫様直々にお迎えなんて。」
「ええ、奴隷の身ですが少々主人に意見したく。とにかく馬車で話しましょう。」
「それで、話って何よ。またなにか困り事?」
「ええ、現在進行形で。咲さんのことですよ。毎度毎度捕まる度に恩赦を出してたら王権に否定的な者も出てくるんです。」
「ああ、その話ね。」
「その話しかないですよ...もう少しバレないように出来ませんか?」
「無理よ。ここの警察優秀過ぎるのよ、隠し事しても絶対バレるの。」
「はあ、そうですか。」
リンネもそこまで咎めて来ない。
何を言っても無駄だと思っているのかもしれない。
馬車の窓から外を見る。
国と言っても、人はまだ少なく村と行った方が近い。
五年という月日で奴隷市場のエルフはほぼ全員取り戻した。
何人かは既に売れてしまい消息が掴めないままであるが、それも情報管轄のエルフがいつか見つけるだろう。
国の復興という面で最も困難である組織作りであったが、驚いたことにこの世界のそれは時代の景観に合わないほど発展していた。
政治はリンネがやったし、エルフ個人個人の能力が高く私がいる必要が無いくらいであった。
というか、私の知識よりも彼らの思考が有用であったくらいだ。
「五年たちましたけど、飽きましたか?」
リンネはニヤリと聞いてくる。
最近は施政に忙しいようで顔を合わせる時間はほとんど無かった。
この嫌らしい顔を見るのも久しぶりだ。
「飽きてないわよ。まだまだこれからでしょう?」
「はい!一通り民は取り返しましたし、次は他のエルフ達を誘致します!」
「そう、今何人くらい住んでるの?」
「400弱、ですね。」
「その数の奴隷を買うお金があったら遊んで暮らせそう。」
「今だって十分好き勝手やってるじゃないですか。」
「まあ、そうだけど。」
エルフの国での私の位置付けは客人扱い。
リンネの知人として、他のエルフが必死に振興に従ずる中で遊んで暮らしている。
私はいつか刺されるかもしれない。
「そういえば、紋章はどう?」
「距離の制限は少しづつ薄まってますよ。他の効果は継続してる感じがしますけど。」
統治の身分にありながら奴隷であるリンネにとって最大の障害は主人と離れた際の激痛であった。
だが、奴隷商人へ紋章を弱めたい旨を離すと部分的な弱体を施してもらった。
奴隷と主人という関係はリンネとは続いているが、他のエルフは主従の契約を交わしていない。
「そろそろ咲さんのいる所も開墾して行こうと思います。人も増えましたので住居スペースが無いんです。」
「へえ、じゃあまた離れた場所に引っ越さなきゃね。」
「不便じゃ無いですか?いつも私達から離れた場所に住んでるじゃないですか。
わたしが王宮に住める様に手配しましょうか?」
「わたしはわざとあんたたちから離れてるの。王宮になんか住んだら隠し事できないじゃない。」
「離れてても全部筒抜けですよ...」
「人がいない所だと植物の育ちがいいのよ。一人で住んでても不便じゃないし、薬作るのなら便利な方よ。」
「それならいいですけど、不満があったら言ってくださいね。他のエルフは知らないですけど、咲さんがいなければこの国は無いんですから。」
「はいはい、困ったら姫様の口添えを頼りにするわよ。」
最初の方は積極的に国造りに介入したものの、ある程度エルフを買い戻してからはたまに助言を出す程度にしか関わっていない。
エルフから離れた地に住居を構えて薬剤師もどきの事をしている。
最も、元の世界のそれと比べればおままごとレベルの物であるが製造職と相性が良いのだ。
「着きましたよ。しばらくは大人しくしててくださいね。」
馬車は私の家の前に止まる。
「じゃ、またね。暇な時に顔だしてよ。」
リンネへと別れの言葉を述べていると、横から小太りのエルフが表れた。
「おーい、待ってたぞ植物の姉ちゃん。またあの気持ちよくなる奴くれよ!!」
「ちょっと!それ言ったらダメ...!」
「気持ちよくなる奴...?」
大声で叫んだせいでリンネにも聞こえてしまった。
「おい月宮、それって。」
奴隷の身分とは思えない語り口、エルフの姫は激昂している事が感じられた。
「薬物じゃないですか!なんで私たちにも流してるんですか!?」
「いや、ちょっと実験を...」
「大人しくしといてくださいね?」
凄みがあった。小さな国でも長は長、それなりに場数を乗り越えてきたオーラが感じられる。
「はい...」
これではどちらが主人かわからない。
リンネを奴隷として扱ったのは初めの一日だけだから既に主従は逆転していたのかもしれない。
去り際に睨みつけた姫君を送り自宅に入る。
一階建ての小さな部屋がいくつもある建物だ。
リンネに頼みこんで建てて貰ったが、その時のエルフの最新の技術を取り入れたもので国の何処よりも資金が掛かっているのだという。
幾つかの機能も有るらしいがその大半を使っていない。
自分でいうのもなんだがリンネはわたしを甘やかし過ぎていると感じる、主人というより母だ。
今度「ママ」と呼んでみよう、どんな反応をするのか楽しみだ。
「はやくくれよ~姉ちゃん。あれねえと俺仕事のやる気でねえよ。
」
「はいはい、今出すからちょっと待っててね~。」
この世界に来てしばらく経って気がついた事がある。
「ううん、リンネには大人しくしろって言われてるけど薬物じゃ無いからいいわよね...」
「ありがとよ!ところでこの液体なんて言うんだ?」
「いろいろ種類があるけど、大雑把に言うなら...」
この世界は他種族がいるために争いが絶えない。
だからこそ技術の発展が著しい、元の世界以上の技術の分野もある。
だがある一点においては原始レベルまで遡る程だ。
それは___
「それはね、酒って言うのよ。米から作ったから米焼酎かしらね、多分。」
植物への認知が驚く程低い。
「へえ、他の奴に広めてみるわ!」
「情報局に目をつけられないでよ、ただでさえ監視されてるんだから。」
「おうおう、わかってるよ!」
辺境の怪しげな店に足を運ぶ連中は、今のような快楽に手を伸ばす者達だ。
一応、薬屋として覚えている限りの薬を揃えているがそれを求めに来る者はいない。
「専用の器具もないし...ろくに覚えてたのが違法薬物ばっかだったのよね~...」
本職の人間にみられたならその場で殴られそうだがここには植物に通じた人間いない、法律はあるのだが。
「散歩にでも行こうかな...」
人が来ない。窓から景色は平和そのもので、時折暖かな風が扉を叩く。
客の来ない日はリンネを訪れる、もしくはエルフの民を冷やかしにいくか。
前者は忙しそうだし、後者は石を投げられる可能性がある。
「よし、久々にギルドに顔を出してみるか。」
ギルドとは五年前にしたギルドだ。
エルフの国から以外と近い。ならば王国の人間に見つかるかと思ったが、王国は私を居場所をアタッシュケースの在処で判別していたことを思いだして何度か王国にも近づいている。
製造した警棒を片手に崩れかけのギルドに入る。
「ここは本当に廃れたわね。」
ギルドはもうかつての賑わいの中にはない。
それどころか、この都市に喧騒は無い。
聞いた話によると、王国の都市で最も治安が悪いのだと言う。
ギルドに面した大通りはゴミが散乱して廃人がたむろしている。
ギルドの外はどこか古い建物が軒を連ねており、設備も古く今や時代に取り残さた都市、ついたあだ名が
停滞に落ちた都市、レミニア
王国に住む人々は「突然廃れた、今や狂った人間しかあの場に残っていない」と話す。
「もしも~し、聞こえてますか~?」
壁を背にに座り込み頭を垂れた人間の横数cmに警棒を降りおろす。
耳元を掠めたが、何も反応しない。
「反応がない、ただの屍のようだって奴かしら。」
「嬢ちゃん、どうしたんだ?こんなところに来るもんじゃねえぞ。」
まともな人間が話かけてきた、と思い振り替える咲。
そこには全裸で片目の男がいた。
片目の焦点は定まっておらず、もう片方の眼孔にはお花が生けてあった。
糞尿を撒き散らし、とてつもない異臭を放っているが話せるだけ良いと咲は感じていた。
「なんか最近起きなかった?どこかの種族が戦争を始めた、とか。」
「ああ?聞かねえなあぁ?」
ニヤリと意地汚そうに笑う、なにかを知っている顔だ。
「あっそう。」
肩から下げたバックから小さな瓶を取り出す。
隣の項垂れた人間の頭に瓶を思い切り叩きつけて割り、液体を浴びせた。
「おぁう、あぅぅあ、らぁ...」
なにかに気がつくと項垂れた人間は地面に零れたそれを必死になめ始めた。
「なにか良くわかんねえもんを持ってきたな?まあ、いいぜ。」
お気に召したようだ。
「思いだしたんたんだがな、王国の領土の末端で死人が大勢でたらしい、全員撲殺されててな。王国は調査中って言ってたが噂によると死んだのは全員王国の部隊らしいぜ。」
「この王国もそろそろ滅ぶんじゃないの?魔王の侵略だってあるんでしょ?」
「あ?お前知らないのか?」
「はあ?何?もう滅んだの?」
「そっちじゃねえよ、魔王の方だよ。」
「魔王?」
「そいつならもう死んだぞ。王国が召喚した転移者とやらが殺したらしい。」
「え?マジ?いつ?」
「確か、三ヶ月くらい前だな。王国の城で色々とやってたから多分な。」
「なるほどね~。」
これでわざわざ廃墟なんかに情報を得に来る必要は無くなった。
王国の人間に見つかれば今度は強引に魔王出兵に巻き込まれそうであったが、当の魔王がいないのであればもう自由に動けるだろう。
咲の心は廃墟に似つかわしくなく晴れやかであった。
「お礼にこれ、受け取って。」
それはエルフに実験的に与えた焼酎であった。
最も、比較にならないほど強くしてあり命の保証はできかねないが。
「おうおいおうおうおうおう、ありがとよ!」
興奮で狂い始めたようだ。
さっさと新鮮な空気を得ようと咲は廃墟を後にした。
「リンネになんて言おうかしら!私が自由になればエルフの国ももっと大きくなるわ!!」
自宅に戻り、これからすべき事を考えてみる。
出かける前と同じく、窓から外には平和が続く。
ドゴォォォォン!
ドゴォォォォン!
「何!?なんなの!?」
咲の平和を前提にした想像は引き裂かれた。
轟音は鳴りつづけ、空間を震わせる。
急いで外に出ると、咲の目に映ったものは...
「どういう、ことよ?これ?」
エルフの国が「破れている」光景であった。