地上からの道標
ゲンさん、と呼ばれる大男が咲に激昂したのだろう。
どうして怒らせたのかを尋ねた大男は、急いで事務所に入っていった。
扉が半開きのせいか、中の様子は地面にへたりこむ咲の耳に自然と行き届いた。
内容は...ほとんどわからない、興奮しすぎて呂律が回っていない。
ただ、他の大男に慰められているのは確かだった。
(情けないな...。)
という憐れみを持ちつつ、ツナギに着いた泥を払い、自分の担当炭鉱に向かった。
「あ、ここだ。この景色見覚えがあるもん。」
少しの間迷ったが、咲は炭鉱に入っていった。
自分の身の丈の半分はあるつるはしを手に抱えて。
(先ずは鉱石を掘り出せばいいはず。適当にやっとけばいいか...。)
そんな堕落した思想を持ちつつも、咲は数時間つるはしを振るった。
何も掘り出す事は無かった。
すると、外の重機の音が止まり、話し声が聞こえてくる様になった。
そんな事に目を配る事なく、つるはしを振るう。
「おい。」
威圧するような低い声が響き渡る。
「ちょっと来い。」
先程の大男の一人のようだ。
顔は覚えて居ないので、同一人物かわからない。
ただ、初対面の者に対して『おい』だの、命令口調であることから他者に対しての関係性を上手く取り測れないのだろう。
「なにか御用ですか?」
「良いから早く来い!!」
返答空しく、咲は容易く腕を引っ張られ連れ出された。
自分の筋力の無さを嘆いたのは、これで何度目だろうか。
「もう昼食の時間なんだ。お前の様子を見に来たらずっとやってたから...。」
不器用な優しさに触れ、彼への印象が変わった
「どうもありがとうございます。」
簡易的な配給場と化した事務所には、お弁当が置かれていた。
そして、それを貰った誰もが周りの地べたに直接座って食事を始めている。
咲は適当に空いた場所を見つけて座る。
この世界で、一人で食事を行うのは五年ぶりだった。
味のしない、見たことのない食物を無機質に口に運んでいく。
空腹を紛らわす為の事務的な時間に身を費やした。
時間が経つのが、いやに遅く感じた。
「さ~きさんっ!!」
聞き覚えのある声が頭に響く。
見上げると、そこには制服を着たリンネが立っていた。
「監督官がどうしたのよ。私の顔でも見に来たの?」
「ああ、それは断じて違います。一通りの業務説明が終わったので作業士の皆様にご挨拶を、と。」
「業務ねえ...私、ほとんど教えてもらってないわ。」
「え?じゃあこの時間何してたんですか?」
「何してたのかしらね。必死にやっているフリだけしてたわ。」
「流石ですね。」
リンネが声を濁すと今度は別の方で高らかな声をあげる者がいた。
「は~い!ドワーフの皆さん、こちらに注目して下さい!今年から配属された監督官、作業士の方を紹介しま~す!」
「あちらに集まるようですね。行きましょう、咲さん。」
食べ終わった弁当を、ゴミ捨て場に投げると咲はリンネの後を追った。
今年この課に配属された者は四人。
咲以外の三人はリンネを含め、清潔感溢れる制服を身にまとっていた。
それぞれが簡易的な紹介を進めるなか、リンネに順番が巡った。
「監督官のリンネです!!皆さん、これからよろしくお願い致しますね!」
見物していたドワーフが色めきたった。
何故か、という推測はおおよそ付く。
こいつの健康的な姿態のせいだ、お姫様、とあって名前負けしない体に成長していた。
「作業士、月宮咲です。よろしくお願い致します。」
四人の中で一番ぶっきらぼうに言い放つ。
汚れた彼女への関心は、誰も持っていないようだった。
「はい!では、皆さん手を取り合って、この課で邁進して行きましょうね!」
終わった、と思いこの場を離れようとしたが、言葉はまだ続いた。
「監督官の方では業務の確認が終わっているんですが、月宮さんに何方か教えてあげましたか?」
ドアーフは誰も手を挙げなかった。
事務室で怒鳴り散らしたあいつでさえ、そっぽを向いていた。
「辞めようかな...。」
ポツリと溢した咲にリンネが驚いた様に言った。
「早いですよ!せめて一ヶ月だけ頑張って下さい。」
「あら~、だっれも教えてないのね。まあ、作業士に新人なんで久しいから仕方ないわね。」
「じゃあ、今日の事務所管轄の方が教えてあげて。」
今日の管轄...?
さっきのあいつに教えを請わなきゃならないのか。
「月宮さんも!自分から聞きに行かないと駄目だから!ちゃんと動いて?」
言い訳すらもしなかった。
出来なかった、という方が近い。
ここで『実はあいつに教えて貰ってました』など言おうものなら、情報を得る機会が失われる。
あいつの説明は不十分だ。
まだ作業士が行う事はあるはず。
「はい、すみません。」
「なんです?今日は嫌に塩らしいじゃないですか。」
ただ、咲一人が聞いてまともに教えてくれるとは信じられなかった。
それに、恐らく先に話すのは先程の激昂に関する出来事だ。
こちらが頭を低くしなければ、恐らくあいつは業務に関して何も話さない。
打開策を考え、咲はそっと口を開いた。
「リンネ、命令よ。理由を適当につけて私と行動を共にしなさい。」
「...その言葉を聞くに、内心余程急いた事情があるのでしょう、承知しました。」
主従の紋章か、リンネが咲の意図を汲んだかは不明だが、彼女はすぐに行動を起こした。
「じゃ、お昼の集会は解散」
「あ、課長!一つよろしいですか?」
「どうかなされましたか?リンネさん。」
「月宮さんへの作業士の業務説明、私も伴を為してよろしいですか?」
課長は一瞬たじろいだ。
「え?でも、あなたは監督官ですよ。作業事務に着くことありませんよ?」
「ですが、監督官が作業士の職務内容を知っていれば、円滑に処理できる事案があると思うのです。」
「私は新人故に、こちらの職務に対して全く知見がありませんので、是非とも教えを請いたいな、と。」
ふーむ、と一瞬課長は考え込むと、すぐに答えを出した。
「まあ...リンネさんは飲み込みも早かったですし、良いでしょう!」
「ありがとうございます!ドワーフの皆様、お世話になりますね!」
エルフが共に付く、という事でドワーフの雰囲気は一層変わった。
これでまともな情報を得られるだろう。
リンネが居ることで、監督官による視察が可能になった。
それにしても、監督官も午後の業務があるはずなのに『飲み込みが早いから』と免除されるとは。
リンネは一体どれほど優秀なのだろうか。
昼休憩が終わり、課長と監督官の二人は地上に登って行った。
他のドワーフはリンネの方をチラチラと見ながら、業務に戻っていった。
事務所のドワーフがリンネと咲の前に立つ。
「本日はよろしくお願いしますね。」
「ええ、いや監督官がこちらに来てくださるなんて、何でも聞きたい事があれば言ってください。すぐお答えします。」
「ではまず炭鉱の方から見ていきましょう。」
ドワーフは先に歩み始めた。
「感じの良い方ですね。どうしてこの方に聞かなかったんですか?」
前のドワーフに聞こえぬ様に、リンネは小さな声で話す。
幸い重機が動いていないためにすべて聞き取れた。
「聞いたわよ。でも、こんなに親切じゃなかった。」
「え?」
「私が聞いた時には、『全然聞いてない』って怒鳴られたわよ。」
「まあ...咲さんの無気力な顔って、誤解されがちですからね。」
「だから、あなたが居てくれて助かったわ。こういうのは私には苦手なのよ。」
「ありがとう、リンネ。」
「おきになさらず、」
うつむきがちな主人に、奴隷は微笑みながら言葉を返した。




