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悪魔の証明

「あ、そうだ。一応ビーチュに挨拶位は言っておこうか。」


新一年生が嬉々としてランドセルを背負うように、制服を着飾るリンネに向けて言った。


「そうですね、入社出来たのもビーチュさんのおかげですし。」


「でも驚きです。咲さんにも人に感謝する心があったなんて。」


咲は黙ったままだったが、その推察は正しい。

何せ暇を持て余した故の行動だったに過ぎないからだ。


「っても、どこで会えば良いか分からんな...しかもビーチュってそれなりの重役っぽいし、会えるかな。」


「じゃあ窓口に行きましょう、なんとかなりますよ。」






「しっかしまあ...本当にデカイわね。」


社員寮から出てすぐの停留所で待ちながら咲はこぼす。


「同一社内で公車両が通ってるってどういう事よ。」


窓口で聞いたところ8号館は社員寮と最も離れた場所にあるそうだ。


横で聞いていたリンネは『なぜ8号館を?』と疑問に思っていたようだが、別れ際に速水が言っていたと伝えると納得していた。


「この辺り、誰の物でもない土地だけで余ってますからね。」


歩いて行っても良いのだが専用車の方が速いと判断し、湿った暑さの下で二人は待つ。


「人間の土地じゃないの? そんなに離れてないはずよ。」


それを聞いたリンネは、そうだった、と呟いた。


「咲さんは私を枕におねんねしてたので知らないですけど。」


「あ”あ”!?」


「ここって大陸の中心なんですよ。ですので、最南端に位置するエウレアからはかなり離れてるんです。」


「え?だって朝エウレアを出てほんの数時間でここに着いたのよ?」


「それに、一度見ただけだけどここの大陸ってかなり大きいじゃない。」


「エルフの馬車であれば大体10時間ちょっとですが、ビーチュさんのはペルメテリア特製のようで。」


「なるほど、異世界の技術のお陰か。確かにちょっと蒸し暑いし。」


ペルメテリアは丁度赤道上に位置するのだろう。


この世界が一つの星の上のテクスチャなのかは知らない、ましてや球体上なのかもわからないが。


「それで?中心だから土地が余ってるってどういう事?」


「大陸の中心まで厳密に多種族間で国境を定めたら多少の争いが生じます。それが二つの国でさえなのに、四つ五つになったら収拾がつきません。」


「だからいっそのこと、真ん中の国境交差点を『誰のものでもない』って事にしたんです。」


「それなら、自国の利益が減って、他国が増えるって状況はないですから。」


妥協案ということだろう。

それなら自身が貧乏くじを引く可能性は無くなる。


「さすが姫様、博識ね。」


所有者が居ないからこそ、後に理事会に変わるペルメテリアは都合が良かったのだろう。


ペルメテリアの事情を聞いたところで、ちょうど専用車という名の馬車がやって来た。


見慣れたように馬は半透明、生きている気配はない。


「はあ...暑い。」


社員寮にあった小さなタオルで頬を拭きながら咲は馬車に乗り込んだ。




8号館についてすぐ、咲はリンネと共に受付を訪れた。


「ビーチュに会いたいんだけど。」


「どちら様でしょうか?」


「転移者の月宮咲って言えばわかるかしら?」


「...申し訳ございません。存じ上げません。」


もう何度目かわからない。

転移者と名乗ってなぜこうも上手く事が運ばないのか。


焦れったくなったのか、リンネが横から口を挟む。


「この方の知名度はしれてるので、ビーチュさんなら判る筈です。 なんなら速水さんでも。」


それを聞いた受付の獣は、不機嫌そうに端末を手に取った。

拒否出来なかったのか、それともそれ以上の対応が面倒だったのか。


一瞬咲の方を睨んだ事から恐らく後者だろう。


「態度悪いな...上にチクるか。」


「え?自己申告するんですか?」


「...ええ、はい。ビーチュ様に、はい。ツキミヤと名乗る方が。」


「えっ!?はい!すぐに!」


ツキミヤと名を溢した途端に獣の表情が変わった。


「最上階、第三会議室でビーチュ様がお呼びです。」


どうやら用事があるのはビーチュの方だった。





第三会議室というプレートがつけられた部屋の前に来た途端、リンネの様子が変わった。


「胃が痛い...また怒られるんですかね?」


緊張から体調がそぐわないようだ。


「どうせ叱責を受けるのは私よ。貴方は責められる点なんてないんだから、あくびでもして落ち着きなさい。」


「は...あくび...?」


「じゃ、開けるわよ。」


はい、と覚悟を決めたような声をリンネは出した。

咲も内心では嫌な予感はしていた。


ガチャ


「ガッデム!!十人目の転移者、月宮咲の登場よ!頭を垂れなさい!」


自分を鼓舞するためにそう叫んで会議室に足を踏み入れた。


扉の先には、見慣れた転移者が三人と会ったことのない女が神妙な面持ちで座っていた。


「お前ら二人はマジで()()()()が転移者だと思ってんのか?」


「おかしいわ...リディニアではあれほど頭が悪く無かったはずなんだけど...。」


「お邪魔だったかしら? なんなら違う機会に...。」


空気に耐えかね逃げ出そうとしたが許されない。


「気にしないで。今、貴方の事を話していたの。」


ビーチュの言葉には、疑いの念が込められてるように感じられた。


「面接での話を聞いたんだがな、どうもサガミは咲が転移者だと信じられないみたいなんだ。」


予感は的中した。


「はあ、私に能力が無いって話でしょ? 再三言われて来たわ。」


「転移者かどうか知りたいなら王様に聞けば良いじゃない。それに、私が転移者じゃないとダメな事があるの?」


そもそもペルメテリアへの入社は『ビーチュへの助力』という名分があったはずだ。


咲が転移者どうこうは実は関係無い、現に転移者ではないリンネが通っているのだから。


「別に重役のポスト...なんとか会議の一員でも無し、作業士なんだから良いじゃない。」


例え咲が転移者で無くとも、彼女がペルメテリアの看板に泥をかける程の立場に居るとは思えない。


「そういう問題じゃねえんだよ。お前が転移者を騙った事が問題なんだよ。」


サガミは語気を強めた。

プライドだったり、転移者の威信が問題だとでも言うのだろうか。


「月宮さん、貴方出会う人出会う人に『自分は転移者だ』って紹介してるでしょ?」


反対にビーチュの言葉は、今までで一番優しく感じた。


「さっきも受付の方に言ってましたよ。」


「リンネ!?」


奴隷はすぐにそっぽを向いて咲と顔を合わせなかった。


「転移者って、サガミ君のおかげで超常の力を持つものって広まってるのよ。」


「そのせいで転移者を騙って悪逆を働く者も居てね。そのせいで転移者の評判が一部の地域では落ちたりしてるの。」


「だから」


だから、転移者という物に敏感になっているとでも言いたいのだろう。


「わかったわよ。私が本物って言うのを見せれば良いんでしょ?」


「そう、その通り。だからね、あなたのステータス表を提出して貰いたいの。」


「それを見ればサガミ君も納得するはずだから。」


結局、ビーチュに諭される形で事は運んだ。

紙一枚出した所で変わらない事を知っていたが、拒絶する事も出来ない。


「で?どこで受ければいいの?」


この世界に来た最初の様に腕に押し付けるのだろう。


「ここでです。」


入った時から黙ったままの女が、突然声をあげた。


「偽装が出来ないようにこちらで検査を受けて頂きます。」


彼女の手には既に道具が用意されていた。


「偽装なんてしないわよ。」


咲は近づいて座ったままの女に左腕を差し出した。

何故か近づいても、彼女の顔は不思議と覚えられなかった。


印象が薄い、という顔立ちでの無いのだが。


「...何よ、私の顔なんか見て。さっさと押しなさいよ。」


「いえ、何か勘違いなされているようですが。」


「こちらの検査キット、眼球に刺すタイプとなっております。」


淡々としていながら慈愛の籠った話口調から発せられたのは、おぞましい事実だった。





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