逆転する感性
「学府では『幸福論』を専攻してたからね。基本的な事なら教えられるのよ。」
誇ったような口草の彼女はずっと笑みで満ちていた。
「あ、でも残念。そんな時間は無いみたい。」
教えを請おうかと思案しているうちに、三人は目的の場所に着いてしまった。
「社員寮の手続きがここで出来るのよ。加えて、生活上困った事があればここに持ち込むと良いわ。」
市役所の受付に似た景観が眼前に広がっていた。
時間帯が早いからだろう、咲と同じような目的の連中以外に姿は見えない。
「ちょっと待ってて!」
そう言うとグローリアは一人で受付へと走っていった。
今日会ったばかりの者によくそこまで尽くせるものだ。
丁度空いた窓口で何かを話すと、一枚の紙を持って戻ってきた。
「これ...に、名前と配属先を諸々、あと個人宅か共同宅か選べるわ。」
個人はともかく、共同をわざわざ選ぶような奴が居るのだろうか?
「私と咲さんは同じで良いので共同宅ですね。共同って、大体何人くらいで住むんです?」
主人の意向も気にせずリンネは真っ先に共同を選んだ。
「その時の社員寮の埋まり次第ね。最低二人、最大で六人くらいかしらね。」
「刑務所みたい。プライベートもへったくれも無いわね。」
「安心して、個人宅に比べれば規模は小さいけど共同宅にも個人スペースがあるから。」
咲はそれを聞いてシェアハウスを連想した。
この時期であれば、リンネ以外の同室者は新人だろう。
「書き終わりました。」
ボーッとしていると、しばらく黙っていたリンネが声を出した。
「じゃあ出しに行きましょ。」
グローリアのその口振りから今度は一緒に行くようだ。
「これ出したいんだけど。」
「あら?グローリアってもう個人宅に住んでるでしょ?」
「ああ、違う違う。私じゃなくて後ろの...。」
「あ、なるほど。今年の新人ね。」
窓口の...生命体? とグローリアは面識があるようだった。
言葉を濁したのは判別がつかなかったからだ、何故かぼんやりとした輪郭しか捉えられない。
「良かったわね、貴方たち。入社早々にグローリアと接点が出来るなんて。」
「彼女、普段はぼんやりしてるけど頼りになるからね。困ったらグローリアに助けを求めなさい。」
発光体の言葉は、長年の友人としての発言のように思えた。
グローリアの能力について高く買っているのだろう。
「ちょ、ちょっと!何でもできる訳じゃないわよ、だから人事課に飛ばされたんだから。」
そう言う彼女は少し照れていた。
が、発光体の次の台詞で再びグローリアの顔に影が射す。
「そんな謙遜しなくて良いわよ。そうじゃなかったら、ペルメテリア中の社員が貴方を当てにするわけないんだから。」
「ははは...。」
「はい、これが貴方達の部屋の鍵。グローリアの後輩だから、ちょっと良い所にしておいたわ。」
差し出された鍵を受け取り、簡単な礼を述べる。
最後の最後まで発光体の正体は掴めなかった。
「かなり良いところね。最上階の角部屋、それもエレベーターホールから近い方。」
一階のホールに着くと、リンネの持つ鍵を見ながらながら言った。
「ここから先は手続きとかは無いからもう大丈夫ね。」
「グローリアさんって、色んな人の面倒をみてるんですか?」
別れ際にそう言ったのはリンネだった。
「お節介焼きって訳じゃないのよ? ただ、体質的に頼まれ事が多いのよ。」
龍人というものが関わっているのだろう。
幸運を振り撒くという事がそれに繋がるのかもしれない。
「あ、でも貴方達にはちょっとだけ先輩風を吹かしてみたかったの。」
彼女には、まだ知らないペルメテリアでの立場があるのだろう。
残念ながら課が異なるのでこれから接点があるとは思えないが。
「それじゃ、私はここで。」
「また時間が空いた時に『幸福論』を教えるわね。」
その言葉と共に龍人は去って行った。
「ほら、鍵開けてよリンネ。」
「急かさないで下さいよ、今開けますから。」
ガチャ、という音と共に扉の錠が外れた。
魔術の世界であるのなら、鍵も魔術でなんとかならないのだろうか。
「ペルメテリアの外見を見たときから少し予想はしてたけど...。」
「凄いですね!感じたことのない雰囲気です!」
社員寮の部屋は、元の世界にあるようなマンションの一室だった。
広さは十分だが、今まで寝泊まりした部屋と違って新鮮味が欠けていた。
「同室者はまだ居ないみたいね、何人居るのかしら。」
「元々四人だったみたいですよ、私たちが来たので丁度満員ですね。」
答えがリンネから帰ってくるとは思わなかった。
「は...?なんで四人って知ってるのよ。」
「扉の横に名札? が有ったじゃないですか。見てないんですか?」
「それも一緒なのね。はあ...まさか異世界なのに元の世界の片鱗を味わう事となるなんて。」
「...この二つの部屋だけ名前が無い。ってことは私達の私室かな?」
「まあ、無賃だろうし...あれ?待てよ?そんな事言ってたっけ?」
「うわ!凄い!こんなこじんまりとした空間にどれだけの機能を詰め込んでるんですかね!」
二人の印象は正反対だった。
異世界で現実的な転移者と、自分の世界でありながら異なる文化を感じるエルフ。
「咲さん!来てくださいよ!」
「何がそんなに面白いのよ。」
部屋で騒ぐリンネの元に向かうと、クローゼットから制服を出していた。
「これ、グローリアさん達が着てた奴じゃ無いですか?」
リンネが喜ぶ服もまた、面白味に欠ける事務的な制服だった。
考えてみれば、ペルメテリアの創立には転移者が関わっているのだから、当然と言えば当然だった。
「パーティードレスも気に入ってたんだけどな...。」
そのドレスは、もう身につけた一着しかない。
アタッシュケースが起動しないために王城から引っ張り出せないからだ。
「しかも、明日から仕事だなんて。」
「面白そうな名前でしたよね!どんな職務が待っているのでしょう!」
待ち受ける新生活は、灰色に濁った見慣れた景色だった。




