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行き着く先

「おや、再びいかがされましたかな?」


咲とリンネは追っ手に捕まることもなく、無事に奴隷市場に辿り着いた。


「王国の人間に追われてるのよ、良い道具ない?」


あるわけない、と言いながら咲は心に思う。

相手は奴隷商人であって便利な道具屋ではないのだ。


だが、知らない土地で唯一頼れる場所がここしか無かったのだった。




「はあ...良い道具、と申しますと?」


「なんでも良いわよ。姿を隠せたりどこか遠くに行けたりするなら。」


「持ち合わせはどの程度で?」


当然の質問だ、回答は持ち合わせているが資金はない。


「無いのよ、資金は無いわ。」


「それでしたら仕方ありません。少なからずお役に立つ道具はあるのですが...資金が無いのでしたら譲れませんな。」


ゴトッ、と床に物を落とす。


「これは...?」


「銃よ、武器ならいくらか作れるの。実用性は運次第だけど。」


「でも製造法はこれで完璧よ。これを元手に研究すればちゃんとした銃が作れるはずよ。」


訝しげな商人をよそに粗製銃を拾う。


そのまま隣の奴隷に弾丸を打ちこんだ。


怯えた眼の一寸先を掠める。


商人は目の色を変えた。

どの世界、どの時代でも武器と言うのは人の心を容易く掴む物だ。


この商人とって銃に価値があるか否かは運であったけれど結果は咲の良いように運んだ。


「良い物をお持ちですな。こちらへどうぞ。」


商人は奥へと歩き、奴隷と主人はそれに続く。


「ご主人様、ここ嫌な雰囲気です...」


他人事の奴隷、昨日まで囚わていたはずなのに彼女は何事も無いように歩く。


「ちゃんと覚えていないのね、偉い偉い。」


主人の紋章にはいくつか効力がある。


第一に逃亡防止、離れると激痛を与える。

距離が大きくなればなるほど痛みは増す。


第二に命令、生死に直接関わる命令以外は奴隷は実行しなければならない。


第三が反抗防止。契約が成立した時点より一日から二日で復讐心を駆り立てうる記憶を亡くす。


正確には幾つもの乱雑な記憶を時間と共に脳に植え付けて何が真実かをわからなくさせるらしい。


結果として奴隷には誰が主人か、という記憶しか残らない。


奥へと歩くとリンネの民が収容された区画へと近づく。


「は、姫様!姫様戻って来られたのですね!」


「姫様だ!姫様が来たぞ!」


「うおおお!姫様だ!本当に姫様だ!」


「姫様!姫様!」


一人の発言を皮切りに檻の奴隷達は騒ぎだす。

咲と歩く奴隷は何事かと戸惑っている。


「ふふ、もう覚えて無いのに。哀れな姫様ね、あんたを慕う民も愚かね。」


「へっ?姫って私の事なんですか?」


「さあ、どうかしら。」


「姫様!姫様」


檻の奴隷の騒ぎは一際大きくなる。


「ああ~、かわいそう。檻の中からしか呼べないなんて!」


「姫様ほら、返事でもしてあげたら?」


調子に乗って煽った事をすぐさま後悔することになる。


「姫...私が?そんな...私はずっとご主人様の奴隷...奴隷?姫...うぐううう!!」


反芻したと思うと突然頭を押さえて苦しみ出した。


「えっ!?嘘でしょ!記憶無いんじゃ無いの?」


「私は...姫..奴隷...姫...」


「おい、やめろやめろ!!なんで記憶戻ってんのよ!?おい、ふざけんな!ほらいくぞ!!」


面白半分でリンネの記憶の蓋を開けて締まったようだ。

もとの世界で見たことがある。

記憶を失った主人公が仲間の熱意をきっかけに記憶を取り戻す展開。


敵側にとってみれば理不尽この上ない。なぜ熱意や絆なんてもので記憶を取り戻すのだろう。


「違う違う....私は姫、私は...」


この言葉を最後に頭を押さえたまま俯むきながら歩くリンネ。


商人もリンネの様子に気がついたようで足早に区画を去る。




「ささ、こちらでございます。」


商人に通された部屋は見たこともない道具が並べられていた。


「お好きな物をどうぞ。」


「その前に、奴隷の記憶って戻らないわよね?さっきから様子がおかしいんだけど。」


「ええ、そのはずですよ。」


目を逸らす商人。


「まあ、記憶を抉じ開ける衝撃が無ければですけどね。」


「ああ、やっぱり...」


リンネの事は頭の片隅に置いて品物を選ぶ。

わからないものだらけだったが商人の雑な説明のお陰で良いものを手に取った。







市場の外に出る、追っ手はまだ来ない。


「では、お気をつけて。」


「王国の連中が来ても私たちの事言わないでよ。」


「まあ...はい。」


手のひらサイズの立方体を地面に投げる。

すると立方体は展開を始め、すぐに馬車の形になった。

馬車の前方には二本の手綱に引かれた半透明の一頭の馬がいる。


ナントカ、という長ったらしい名称のアイテム。

衝撃を与えることで立方体内部に記された情報を発現するらしい、商人がもっと詳しい事を説明していたが覚えていない。


どうにか噛み砕いた表現として「お手軽即席馬車」と言われやっと理解した。


その時の馬鹿にしたような商人の顔は今でも覚えている。


「色々ありがとう、さようなら。」


「はい、お気をつけて。」



半透明の馬は走り出した。行き先は未定、とにかく北上する指令を出した。


奴隷市場は遠退く。小ぶりな馬車から見える景色は凄い勢いで流れていった。


向かいに座るリンネは未だ呻き声を時たま上げるばかりである。






二人の間に沈黙が流れる。


太陽が沈みかけ、辺りが暗がりに染まり始める。


静寂を破ったのは咲の何気ない独り言だった。


「これから、どうしようかしらね。」


彼女は未だに転移を他人事のように受け止めており、何をする気にもなれていなかった。


「人類の王国を...守るんじゃないんですか?魔王の侵略を止めるんじゃないんですか?」


ぽつりぽつりとリンネは言葉を並べる。


「別にこの世界の人類と縁があるわけでもないし、私がわざわざ命を懸ける必要もないかなって。」


馬車の窓辺に肘をつきながらリンネに返す。


「じゃあ、他の勇者に会いに行くんじゃないんですか?このままだと他の勇者もバラバラなんでしょう。」


「聞いてたのね。」


「勇者に会いに行ったって私に何ができるって言うのよ。彼らなりに考えがあって離れたんでしょ。」


「じゃあ、どうして私を買ったんですか?」


ただ仲間が欲しかったからだ、旅をするにしても生活をするにしても。

この世界に来たときはそう思っていた。


「必要だったからよ...今はそうでもないけど。」


「今はそうでもない...?前は何をしようとしていたんですか?」


「前って言ってもたった二日前よ。旅だったり、農業とか...色々やろうと思ってたのよ。」


「今はやらないんですか?」


リンネは顔を上げた。今の彼女は奴隷としてなのか姫としてなのか。


「やる気が無くなっちゃったのよ。」


「どういうことですか?」


「さっきから質問ばっかりね、まあいいけど。」


「非戦闘職、なんて言うくらいだから異世界生活を楽しもうと思ったんだけどね。」


「実際は想像すればなんでも作れるスキルだし、演算処理なんて物のお陰で大概の戦闘はなんとかなっちゃう。」


「お金を稼ぐ必要もないし、効率化を突き詰める必要もないのよ。」


「だって手のひらでなんでもできちゃうから。」


「それが、やる気がなくなった理由ですか?」


リンネは困惑した表情をしている。


「わからないと思うけど、万能なほどつまらないものは無いわよ。」


「万能だからこれ以上何もする必要が無い。楽しみが無いのよ。」


「なにかを成し遂げる時に一番楽しいのはその過程なのよ。この道具はどう作ろう、どうやって資金を工面しようっていう苦難がね。」


「でもね、何も困らない便利なスキルのせいで苦難なんて物が無いの。大概の事は簡単にできちゃうから何もやる気が起こらないの。」


「そう...ですか。」


「万能って事は魔王もやろうと思えば倒せるってことですか?」


「それは違うわよ。万能なのは普通の生活を送るには、ってこと。侵略なんかしてる軍国の王を倒す程の実力は持ってないの。」




それきり二人に会話は起こらなかった。

リンネは恐らく姫としての記憶が戻っているのだろう。

活気を取り戻した表情で何かを思案していた。







「これ、今何処に向かってるんですか?」


少しばかりうたた寝をしていたようだ、辺りはもう暗い。


「え?えーと、どこだったかな。適当に王国から離れるように指示したんだけど。」


馬車の隅に付いた装置をみる。

漁船に付いたレーダーのようなそれは、ただただまっすぐ北上している事がわかる。


「適当に北に進んでる、かな。」


「それで馬車の行き先を決められるんですね。」


リンネは腰をあげて装置の前に立つ。


「ここ、もしかして...」


リンネは辺りを見回すと装置を弄り始める。

私はただただそれを見ていた。


リンネが装置を弄り始めてしばらく時間が経つ、このような装置にもそれなりに教養があるのかもしれない。


「今、私の故郷に行き先を変えました。」


「へえ、やっぱり姫様ね。こういう装置にも強いんだ。」


「ええ、まあ。でもこの装置は何十年も前の物ですから少し苦労しました。」


「ちょとまって、これ古い奴なの?」


「はい、マニアが持ってるようなものですね。今時こんなもの使ってる人見たことないですよ。」


あの程度の銃の相場か、はたまた騙されたのかはわからない。

商人の元に戻るわけにもいかないので確かめる術はなかった。


「はあ~。騙されたのかしら。って、そういえばその前に何か言ってたわね。あんたの故郷って滅んだんじゃないの?」


「そうなんですけど...行き先も特に無いようでしたので...」


「まあ、別にいいけどね。」


侵略によって滅ぼされたのなら既に魔王の植民地となっているだろう、そういえばリンネの顔が何かしらの決意を抱いたように見えるのは馬車の灯りのせいだろうか。





「ここからは歩いていきましょう。」


ぼーっとしていたらついたようだ。

森の奥の奥、辺りは原始のような光景である、リンネの先導で私は先に進んだ。


馬車についていた小さなランタンが唯一の灯りだ。


大木に囲まれた細い道を歩く。リンネは歩き馴れているが、私は躓きながらあとに続く。


リンネはたまに私を気遣う以外はずっと前を向いていた。



「ここです。やっぱり、もう何もないですね...」


瓦礫と生活の痕跡以外は何も無い、広々とした荒野に廃墟が続く。


「侵略されたあとだか...」


言おうとして気が付いた、だが咲は途端に忘れてしまった。


「あれ...なんでもない。」


リンネは不思議そうな顔をしている。


「二ヶ月...くらい前ですかね。突然ですよ...本当に突然、[なにか]に襲われたんです。」


「[なにか]?侵略されたんなら魔王じゃないの?」


「侵略は確かにされたんです。猛烈な敵意を感じましたから、でも何から何まで正体不明でした。自然の驚異に近い...ですね。」


「辛うじて、私は少ない民を連れて逃げました。でも、身一つで逃げましたからいく宛も無く、食べ物も無く。」


「それで奴隷として?」


「はい、奴隷という名目であれば命は助かりますから、とにかく生きる為になんでもしようと」


「なるほどね、それでなんで私をここに連れて来たの?」


リンネは深く息を吸い込み、緑に光る瞳をこちらに向け。


「私と...国を作りませんか!?」


「は...?国をつくる?」


「言ってましたよね、万能だから何もやる気が起きないって。」


「まあ、言ったけど...」


「なら私と国を造りましょう。民を買い戻して、もう一度この土地を甦らせるんです。」


「ああ、そうね。元の世界でもこういう物語あったわ...万能な主人公がその力で国をつくる。」


「言っとくけど、そんなに国造りなんてそんな甘いものじゃないと思うわよ。」


こんなことをいいながら私は内心、リンネの提案に傾いていた。

私の万能さが役に立たないからだ。多少力にはなるが、なんでもできる訳ではなくなる。


「だからですよ、私の主人は過程が楽しいんでしょう?困難なほどいいんでしょう?」


リンネはニヤリと笑う、的を射ていることが気にくわない。


「での私はこの世界の人間じゃないのよ、エルフの国の復興なんてどうなってもいいのよ。」


「ええ、いいですよ。遊び感覚でもなんでも、重要な所はもちろん私が責任をもちます。私は御主人様に協力してほしいのですよ。」


流石元姫、そして将来の女王。

今、私はとても彼女に協力したい。


奴隷という立場でありながら姫としてに矜持を持ち合わせた者、ただ無為に過ごすより彼女に賭けたほうが良いかもしれない。


「まあ、飽きたら私は辞めちゃうけどね。いいわよ、あなたの国作りに付き合ってあげる。」


生憎私は魔王だの勇者だのに興味はない、ただ人類が異世界に勝手に召喚したのだ。

ならば、異世界に来てからは私の勝手でもいいだろう。


人類は他の誰かが救うだろう。


「勿論、奴隷の私が主人に逆らう権利はありませんからそれで構いません。

でも、きっと貴方様は飽きることはないはずです。」


大した観察眼だな、と思った。


「良ければ、名前を教えていただけませんか?御主人様、だと後々面倒だと思いますので。」


彼女の顔はすっかり姫としての表情をしている、昨日までの奴隷の表情も従順で可愛かったのだが...


「月宮、月宮咲よ。咲って呼んで。」


「では咲様、どうかこれから私に、そしてエルフの民に力をお貸し下さい。」


彼女は手を出した。

この世界にも握手という文化があることに驚いた。


「ええ、よろしくね。」


微かな光の中、二人は手を交わした。



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