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いざ、ペルメテリアへ

「っ痛...は...なんで私だけ床で寝てるの。」


日の射す中、痛みに軋んで身体を起こすと咲は自分が地べたで寝ていた事き気が付いた。


女王風の女と元姫現奴隷のエルフは暖かい毛布にくるまり、柔らかいベッドに身を包まれながら気持ち良さそうな寝息をたてていたのだった。






「ぐあっ痛いッ!骨が動かす度に悲鳴をあげる!なんでリンネが一人で寝てんのよ!」


「自分は床で寝るから二人はベッドで寝てっていったのは咲さんでしょう?」


労りすらしない奴隷は一足早く正門前で待っていた。

思えば城を追い出されて五年前、この扉を叩いて騒ぎ立てたのが懐かしい。


辺りには見送りの影は見えない。

咲とリンネはリディニアの状況報告に訪れた証人であり客人ではない。


最低限のサービスとして一室設けられたが、あくまでも立場は変わらない。


「ビーチュさんが馬車を持ってきてくれるそうです。中で少し休んだらいかがです?」


行き先は勿論ペルメテリアだ。

仮に採用期間が終わっていたとしてもなんとかなるだろう。


「あっ、月宮様!!」


門の内側から声が聞こえた。

短いながらも真摯に尽くしてくれたメイドの声だった。


「ちょっと待ってくださ~い!」


気の抜けた声が近づき、姿を表す。

彼女の手には重たそうなケースがあった。


余程重たかったのか、上半身を前のめりに荒い呼吸を彼女は整えている。


「これ、預かってから一日中補修させて頂いたんですけれど。」


「損害の具合が大きく起動すらしませんでした。」


「損害?」


「外部防備に問題があるようで、衝撃が内部の精密器具まで伝わってしまい、魔術の起動に不具合が生じたようです。」


「治せないの?」


「技術者によれば、内部の損害が激しいので王城の技術では手が出せないそうです。」


つまり、リンネ持つケースはもはやガラクタ同然という事だろう。

ゴミの処理を嫌って任せたのだろうか。


「ではなぜケースを渡しに?」


リンネも同じことを考えたのか、直ぐ様言った。


「このケース開発に携わった転移者であれば、恐らく補修が可能と踏んだのです。」


そういえば王様が転移者の力を借りたと言っていた。


「でも治せる転移者がどこにいるか...。」


「月宮様はペルメテリアに向かうのですよね?」


「ええ、今からね。」


「でしたらご安心下さい。ペルメテリアの技術開発の長がその人物です。」


「...ペルメテリアに行く用事がもうひとつ出来たわね。」


咲はリンネと顔を合わせて呟いた。




しばらくメイドと談笑していると、視界の奥に大きな影が見えた。

猛烈な速度で大きさを増すそれは、ビーチュの持ってきた馬車に違い無かった。


「お待たせ、さあ乗って乗って。」


ビーチュは客室の方から顔を出し促した。


「では、月宮様。これからのご武運を祈っております。」


堅苦しい言葉と共に、メイドは深々と頭を下げた。


「ありがとう、王様によろしくね。」


簡易的な段を登ると咲は客間の方に身体を向けた。


「あ、月宮様!言い忘れておりました!」


「昨日の件、滞り無く進んでおりますので!!」


メイドの言葉を聞いた咲はホッとしたような表情で、メイドに手を振った。


「出発するわよ。目的地はペルメテリアね。」


ビーチュの言葉と共に馬車は動きだし、景色は後ろに流れていく。

メイドはいつまでも馬車に向かって見送りを続けていた。




「ぐっ、やっぱり身体が痛い。しかもまだ少し眠い。」


「寝てて良いわよ。ペルメテリアに着いたら起こすから。」


ビーチュは基盤を見つめながら咲に向かって言った。


「そう?じゃあありがたく御言葉に甘えさせて貰うわ。」


窓に着いた肘置き身体を傾け、腕で頭を支えるような態勢になると咲は目を閉じた。


床で寝たせいか疲れがとれなかったのだろう、咲はすぐに寝息をたて始めた。


悪路を走る為か、時折激しい振動が起き咲の身体を揺する。


「...咲さん。」


その様子を見つめていたリンネは、優しく咲の首に手を回すとそのまま自身の身体の方に力を入れた。


目を覚ます事なく、咲はリンネ膝に頭を横に置いた。


「前から気になっていたのだけど、あなたと月宮さんはどこで知り合ったの?」


ビーチュは基盤を弄りながら言った。


「奴隷市場です。売られていた私を咲さんが買ったんです。」


「奴隷!?じゃあ月宮さんは貴方の主人として契約してるの?」


「そうですよ。端からみればそんな関係とは思えませんよね。」


笑みを溢しながらリンネは言葉を返した。


「出会いこそ、咲さんは他と同じ奴隷の主人かと思いましたが。」


「この方と過ごしてみてそんな印象は薄れていきました。」


「優しさや思いやり、という面では落第の評定ですが...ね。」


「彼女は...世間一般での奴隷のイメージを知っているの?」


リンネは眠った咲の方に目を移すと、彼女を見ながら呟いた。


「きっと知らないと思いますよ。いえ、おおよそのイメージは持ち合わせているのでしょう。だから私を公衆の前で奴隷の扱いをしません、辱しめはしますが。」


「勿論、大衆が目を触れなくとも奴隷として私を扱うことはありませんよ?」


この世界では商売として奴隷という商品が流通している。

そしてその大半が誘拐などの犯罪に巻き込まれた被害者ではなく、リンネの様に自ら志願して奴隷となるのだ。


当然奴隷は主人の持ち物であるから、基本的には劣悪な環境に身を置き、主人からは理不尽な扱いを受ける。


その一方で、世間では奴隷を保持する『主人』に対しての批判が集中する。


彼らは『奴隷』に目を向けずに『主人』にばかり業を煮やすのだ。

本質的な改善を狙うのであれば奴隷に目を向けるべきであるのに。


この事から常識的に奴隷と主人の立場には明白な差があり、旅の同行者として対等な関係を持つ事は滅多にない。


その為に、月宮咲とリンネの主従関係は『主人』からの悪意を受ける『奴隷』も、『世間』からの善意を受けとる『主人』も居なかった。


「貴方は月宮さんに憎しみとかは無いの?」


「そういう情は持ってないです。むしろ、寝てる今だから言えますけど私はこの方を敬ってるんですよ。」


「敬ってるって...どうして?」


「...私が自分の意思のままに動いて、誰からも見捨てられても...咲さんだけは助けてくれるからです。」


「だから私は、この方の名前に必ず敬称をつけるのです。」


「『咲()()』と。私が彼女を『主人』として認めている証拠として。」


その言葉を聞いたビーチュは、一瞬だけ罪苛の念を強めた。

と同時に、誰も語らない静寂が訪れた。




「ずっと考えてたの。あなたをリディニアで、理由はどうであれ見捨てた事を。」


ビーチュは思案を張り巡らせたたかと思うと、何かを決めた様な表情をした。


「ペルメテリアで働く以上、私にとっては幾つもの問題が付きまとうわ。だからあのとき、私は貴方を見捨てて速水を退かせた。」


「でも...すごく卑怯なのは自分でもわかっているんだけどね。王城で偶然貴方を見掛けて、初めてあの決断が揺らいだの。」


「謝るべきか、でも何故謝るのかの理由が付かないまま。私は貴方の後を追った。」


「それで、あなたと一日行動を共にしてやっと整理が着いたわ。」


「リディニアの存続や私の問題に目を向けずに...私はあの場で貴方を守る選択を下すべきだった。」


「ごめんなさい、私はあのとき貴方を見捨てるべきでは無かった。」


リンネは何も答えなかった。

怒っていたからではない、憎しみを持っていたからではない。


単にここで彼女の懺悔を許すことを、彼女が願っていない事を知っての行動だった。


そして、恐らくその謝罪は自分自身と、また別の者に向けられているような気がしたからだった。


馬車だけが、誰をも気にせず轟音を鳴らして前に進んでいた。

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