既に冷めた静かな会話
「あ、飲み物が用意してあるじゃない。」
三人が応接間へと戻ると机の上には二人分の飲み物が用意してあった。
「...って、冷めてるし。置いてから結構時間が経ってるのね。」
「こういう飲み物なんでしょうか?」
「私の分は当たり前だけど無いわね。」
リンネと咲は隣同士に、ビーチュは咲前に腰をおろした。
相変わらず体を包み込む程柔らかい。
「...どうしてビーチュさんがここに? 仕事が終わったから早々に帰投したのでは?」
心無しかビーチュにそう告げるリンネの口調は尖っているように感じた。
いつも通り育ちの良さそうな優美な話し方ではあるのだが。
「廃棄物間際だったとはいえ、王城の兵器を一つ無駄死にさせたからね。釈明と慰謝に王様を訪れたの。」
「あの馬鹿デカイ兵器って廃棄物だったの!?」
「そうよ。時間が無かったからね、高々その程度しか寄越してくれなかったのよ。はあ~...それなのに壊したから償えって。」
「ペルメテリアがどれだけここに助力してるのか知ってるのかしら?」
そう吐き捨てるようにビーチュは言った。
普段は女王の様な気風ではあるが、それなりに苦難はあるようだ。
「ペルメテリア? もしかして開拓公社の?」
「よく知ってるわね。ま、1ヶ月後には『開拓公社』じゃ無くなるんだけどね。」
ビーチュは驚いた様な口振りだった。
「十種族がバックアップを取った『理事会』になるんでしょ? 王様に入社しろって言われちゃった。」
「一応公社でもいくつかの種族が後ろにいるけどね。入社って事は採用試験を受けるってこと?」
ビーチュはリンネの方へと視線を向けつつ、咲に返す。
試験が難関で有ることを知っているのだろう。
「リンネと二人でね。それにしても、倍率100倍以上って...元の世界でも無かったわよね。」
「そこまで跳ね上がったのは色々事情があるのよ。試験を受けるって言うなら、私が口添えしておこうか?」
微笑を浮かべながらビーチュは語る。
色々な事情という言葉から察するに、国際的な組織だからという理由だけでは無いようだ。
「裏口の扉は開けなくて良いわよ、どうせ入れないから。」
「はあ...転移者なんだから試験に落ちる訳無いじゃない。試験を受けたら絶対受かるわよ。」
「そもそも私働きたくないし~? いざとなったらリンネちゃんのお世話になるし~?」
「一人分くらいなら養えますよ。」
初めて見せる笑顔でリンネは答えた。
悪意のある表情では無いから、きっと本気で言っているのだろう。
「ちょっとリンネ!!ずっと一緒に居るからって甘やかしたら駄目よ!?」
ビーチュは突然声を荒げた。
同じ転移者が堕落を貪る事が気に食わないのだろうか。
「それに、月宮さんは今いくつなの? そろそろあっちの世界じゃ社会人じゃ無いの?」
「おまっ、やめろ!現実的な問題を突きつけるな!私が今居るのは夢と魔法世界だぞ!」
「そんな妄想と現実がごちゃ混ぜになった事言ってないで。」
「で、実際今いくつなの?」
質問が終わらない。
別に年齢くらいどうということは...ないのだが。
「17...の時ここ来たから、五年経ってるからおそらく22か23。」
言葉に出すと重い。
咲は貴重な十代の最後を異世界で浪費しているのだ。
「あはは、22ってエレナさんと同じくらいなのね!!」
彼女の口からエレナの名が出てくるとは思わなかった。
最も、最初の九人で一時は旅を共にしたのだから不思議ではないのかもしれないが。
「でもやっぱり転移者って凄いわよね。この世界じゃ加齢が進まないんだもの。」
「は?歳取らないの?」
「女神が言ってたじゃない、覚えてないの? 転移者はこの世界じゃ身体が老いる事が無いのよ。」
それを聞いたリンネは何かを悟ったように咲に顔を向けた。
「なるほど!通りで人間なのに何年経っても姿が変わらないんですね。」
「流石異世界...御都合主義って奴かしらね。」
「御都合っていうか、加齢を止めないと転移者ってすぐ死ぬみたいなのよ。」
「代謝に必要な成分がなんとか~って、だから召喚に使われた魔力資源をベースに、細胞の分裂を止まってる位進行を抑えてるみたい。」
細胞の分裂...元の世界で知っている。
咲の部屋にあった多数の蔵書にもそれに関係した物があった。
「もっと詳しい事を言ってたけど、あの女神様『どうせ理解出来ないだろ』って顔をしてたから適当に聞き流したわ。」
「ふーん...止まってる位、ね。」
いくつか疑問が上がったがそれを聞く事は無かった。
ビーチュに問うた所で明瞭な解答が得られると思わなかったし、思考実験染みていたからだ。
そしてもう一つの理由は、咲が恩恵を有していない事を彼女に伝えてしまう可能性があった。
とはいえ、ビーチュは『転移者』と語った。
加齢が止まらなければ死亡するのであれば、少なくとも咲の年齢は17で止まってるいるのだろう。
外見は。
「じゃあ、全員ここに来た時で加齢は止まってるんだ。」
たんなる確認のための質問だった。
当然転移者は、自分と同じ年齢だろうと仮定した上での質問だったのだ。
「うーん、確か...全員じゃ無かった気がするな~。」
「はっ?」
ガチャ
「失礼致します。」
会話の流れを絶ちきったのはメイドだった。
何枚かの資料を持つメイドは、ビーチュを見て驚いた様な表情をしたが直ぐ様無表情に切り替わった。
「おかわりを用意して頂戴、三人分ね。」
側の一人に伝え、メイドは咲に近づいた。
「こちら、5ヶ月前の『エウレア王国エルディア街道近辺火山噴火』の詳細に御座います。」
それは、大規模な噴火をまとめた資料とは思えない程薄っぺらかった。
「それと...こちらは恐らく従者様のステータス表に御座います。」
「私ィ!?何故?」
「どこから出してんだその声。」
「体重とか書いてませんよね!?」
俗的な問いをメイドに投げ掛け、そんなものはないと確認したリンネは心底安心した表情を作った。
「それにしてもいつリンネのステータスを調べたのかしら?」
咲も同じ疑問を頭に浮かべているようだ。
メイドの方を向きながら独り言の様に質問をもらす。
「つい今しがたで御座います。直接測定式で調べた様ですが、身に覚えが御座いませんか?」
「その直接測定式って言うのは?」
「こちらの道具を『眼球』に直接ぶっ指して脳からデータを採取するんです。」
「ヒッ...私そんなのした記憶がないですよ。」
「私も無いわ。」
口を揃えて彼女は返答した、記憶にもないのだろう。
当然の事だ、眼球に針を刺すという衝撃的な光景を忘れる訳がない。
「他にステータスが出てくる場合ってあるの?」
咲は何かを感じたのか、リンネのステータスに関して問いを重ねた。
まだ渡していない書類を持ちながらも、メイドは嫌な顔一つせずに思案を始めた。
「限りなくゼロに近い、最早起きれば奇跡の様なものですが。」
「測定道具が、刺された対象ではなく近くに居た者の情報を測定する場合があります。」
「近くの人物が強大な力を持ち、かつその人物のデータが登録されていれば誤認されて測定結果が出されます。」
前者の条件はクリアしていると言っても構わないだろう。
だが
「リンネのステータスが記録されてたかなあ。」
問題はそこだ。
咲が行動を共にしている限りは、リンネが情報を記録していた、という記憶がない。
「あ、記録してますよ。」
「いつ?」
「記憶が曖昧ですけど、五年前に。咲さんとレミニアのギルドに行ったでしょう?」
契約してすぐの事だろう。
確か、咲は転移推進派に脅されていた時に。
「そうだ!お前真っ先に私を置いて逃げたんだったな!」
「その時にギルドにステータスを登録してました。」
「じゃあ奇跡が起きたって事ね。」
ビーチュの言葉で誰もが納得せざるを得なくなった。
これ以上この事を掘り返しても何も意味がない、と誰もが思ったのだ。
「片が付いた様で何より。それと、こちらが最後になりますが。」
「権利証です。リディニアの土地と邸宅、及び仕える使用人など諸々になります。」
不遇な少女から一転、大富豪になり兼ねない書類の山が咲の前に置かれた。




