ゲシュタルトのとおりゃんせ
「二ヶ月前。レミニアの近辺で大規模な火山活動が起きました。」
「ああ、王城でも把握しておる。エスティア街道に脱出艇を送っておるしの、記録では奇跡的に死傷者がゼロじゃった。」
「あの有事の際、私は火山直下に居合わせ一部始終を見ていました。」
エルフの国の存在は言わない方が良いかもしれない。
自国に他国の難民が住居を構えていた、という事を見逃す程この国は甘くない。
「ほう、何か知っておるのか?」
何か知っておるのか、王城もあまり情報を持っていないのだろうか?
「逆です、ほとんどなにも知りません。あの場に居たにも関わらず、兆候無く発生したという認識のみです。」
「王城にその噴火についての記録は残っていますか?」
「恐らく最近のデータの中に入っておるはずじゃ。それを見て何を知りたいのじゃ?」
答えるべきか否か。
転移者があの火山を引き起こし、私を...咲を狙った。
恩恵への知識が無い以上、これは恩恵の可能性に頼りきった荒唐無稽な推論だ。
「かつて私の国で起きた災害と類似点が無いかと思いまして、人類側のデータを参照したいのです。」
答えあぐねる私に代わってリンネがそう答えた。
あながち嘘でないから騙している訳ではない。
「そうか、エルフの国は災害や危機が極端に多いと聞く。対策として知っておいた方が良いな。」
「御配慮ありがとうございます、王様。」
王様はそういうと側のメイドになにかを告げた。
「それと、咲。お主の持つアタッシュケース、既に減耗が激しいだろう。こちらで修繕を施すとしよう。」
至れり尽くせりだ。
私はリンネの持つケースを、受け取りにきたメイドに渡した。
「では、失礼いたします。」
「データは後で局の者に渡すように伝えておく、応接間でしばし待たれよ。」
「はい、ありがとうございます。」
私は重く大きな扉をしめた。
豪華な私室とどこまでも続く廊下の境界面、耳を澄ませても廊下の静寂しか入らない。
だから、私は私室で何を言われているのか知らない。
「王様、失礼を承知で申させて頂きますが、少々甘やかしが過ぎるのでは?」
老齢のメイドが王に告げる。
相応の立ち位置であるのだろう。
「そうだったかの? 孫に似てるかかもしれんな。」
「そのように申されるのでしたら致し方ありませんが、あの者が引き連れた従者。」
「恐らく王国内部で不当に、国と称して集団難民を率いていた者では無いですか?」
「転移者も彼女と共に難民コミュニティで過ごしていた物と思われます。」
「彼らの行動は国益を著しく傷付けています、何かしらの処罰をするべきでは?」
王は表情を変えること無く従者へと言葉を返す。
「エルフが中組織で他国に勝手に住み着く事は今に始まった事で無し、とはいえ看過できぬ事態じゃ。」
「そして、協調を強める現代では積極的に彼らを排斥することもできぬ。処罰をという形も受け入れられないだろう。」
「じゃがな、その仕事を請け負う者は既におるんじゃ。」
「あの二人が難民を先導していたとしても、我々が害を被る事はもう無いのじゃよ。」
「であれば目を向けるべきは、難民集団を率いる者らの才能よ。」
「こちらが危機に陥った際の切り札として使えるからな。」
「切り札? あの者にそれほどの才があると?」
「それはリディニア異変で実証済みじゃ。さて、この話はこれで終いじゃ。飯を持ってこい。」
メイドはまだ何か言い足りない様子だったが、王の命を果たすために引き下がった。
咲はリンネと共に王城の廊下を歩む。
中世的な建築、時折表れる窓の向こうは厚い雲で覆われている。
日の入りが近いのだろう。
曇天がより悲壮の雰囲気を後押しする。
悲壮に至る理由は無いにせよ、張り巡らした環境は心を静かに沈ませる。
「これで噴火の原因が分かれば良いのですが...。」
重い口でリンネは語る。
内心王城の情報もあまり当てになら無いと勘づいているのだろう。
すると、ハッとしたように突然リンネが後ろを振り向いた。
先導する咲は、後ろの足音が途絶えた事で首だけをリンネの方に向ける。
「どうしたの?」
「...いえ、今誰かに見られていたような気が。」
「気のせいですね。すみません、応接間に向かいましょう。」
再び歩み始める二人、その中に会話はない。
永遠に続くような、薄暗い廊下を進む。
応接間まではこれほど長かっただろうか?
咲は反対側からメイドが歩いてくるのを見つけた。
彼女もまた、他のメイドと同じく咲を不信の眼で見つめていた。
何てことはなく咲はメイドとすれ違う、そいつは不自然な位咲へと目線を移さなかった。
「サキッ!!」
普段は敬称を付けて名を呼ぶ従者が、その時は危機迫った様に主人の名を呼び捨てた。
振り向くよりも早く気配が察知する。
リンネは咲に向かって飛び出した、それも庇う様に。
メイドが振りかぶった鋭い刃は、リンネの眼球に深々と突き刺さった。
バチュンッ スタンガンを突き付けたような機械音が辺りに響いた。
スローモーションのように過ぎ去った時間は、その音と共に自然な流れへと速度を変える。
主人と従者がぶつかり、従者は主人に被さる様に倒れた。
「え?なに...えっ?」
「在来種の癖にやるじゃない。お陰で対象から逸れたわ。」
淡々と薄気味悪くメイドは話す。
瞬間的に咲は、目の前の存在の奇怪さに困惑した。
「一体何者...なのよっ!?」
顔がわからないのだ。
そして、『顔がわからない』と知った途端、『メイド』だと思っていたそいつが何者かわからなくなった。
聞いたはずの声がわからない、見ているはずなのにその正体が見えない。
実像の虚像が混在しているかの如く、『そいつ』が立体的にも平面的にも見えた。
「随分可愛らしい声もあげられんだね。ってことはあんたの奥で俯瞰している奴じゃ無いわけね。」
こいつ、『私』に向けて何か言ってるのか?
咲は身動ぎ一つしないリンネを抱き抱えた。
穿たれた眼孔は、何も吹き出さないまま暗い空間に続いている。
「何者と聞かれて答える程甘くは無いのだけれど、恩恵も無しに孤独な女を打ち倒した月宮ちゃんに驚嘆の意を込めて告げましょう。」
そいつは無表情でありながら、心の底から咲を侮蔑している様に言い放った。
おかしい...文言では少なからず誉め称えているのに、なぜそう感じたんだ?
「初めまして、私は『女神』。あんたらをこの世界に連れてきた張本人。」
「あ、ああ?『女神』?」
「何?まだ混乱してるの?案外脆いのね、貴方。」
「ま、そんな事は良いわ。それよりも出世のチャンスよ!」
「出世...?」
「五年前月宮ちゃんが授かる筈だった恩恵を、今この場で与えてあげましょう!」
外は日が落ち、しんしんと雨が降り始めた。
五感の全てを用いても正体の掴めない女神は、無力な少女に手を差し出すのか。
それとも...。




