可能性の塔
目を焼き付くすような鮮烈な光が消えた後、エレナは自身の身に何が起きたのかわからなかった。
思考を回せど情報がない。
塔が崩れたのか、自分は死んだのか。
いつまでも晴れず、使い物にならない視界の代わりにエレナに情報を提示したのは感覚だった。
痛覚、自分はまだ生きているのだと知った。
だがそれは、『感じたことのない痛覚』として身体が覚えていたものだった。
「はっ...はっ..はっ...。」
呼吸が乱れる、落ち着け、と自分に何度も言い聞かせる。
加えて『何かが馬乗りになっている』のか、身体がびくともしない。
かつて感じた恐怖の再現、いやでも身体が思い出してしまう。
「どうしてっ...見えないっ!?暗い!嫌だ、嫌だ!」
あのとき救ってくれた者は居ない。
「どうして!?嫌っ!一人は嫌っ...。」
混乱の中でも失われた視覚を補おうと、他の感覚が鋭敏になっていた。
瓦礫が崩れる音、それが自分の上に堆積していく音。
信じられない程の規模が唸る音。
そして_______誰かの足音。
「エレナッ!?...いない...どこにいるの!?」
何度もエレナを訪れた女の声だった。
「つき...みや...さん!」
微かな声を咲は聞き逃さなかった。
崩落する塔の中、自身を省みずに音の中心へと向かう。
「見つけたわよ、エレナ。」
「はは、一人じゃなくてよかった....。」
「塔は崩れたのですか?」
「いいえ、未だに顕在よ。あの船から射出された弾丸は、塔の最上部を撃ち抜いただけだったの。」
咲の目には全身が瓦礫に埋もれ、首から先だけを出した教祖の姿があった。
彼女の顔は崩れた破片の矢面に立った為か傷だらけで、開いていた筈の目からは血を流していた。
「とにかく...助けてあげる。ここじゃ崩落に巻き込まれるわ。」
「何か手でも?」
非力な女性一人では堆積した瓦礫は取り除くなど無謀だろう。
「塔の構成材料は?鉄?」
「確か...煉瓦とアスファルトです。」
それを聞いた咲は微笑んだ。
「!?...身体が軽くなった?」
「一先ずここから離れるわよ、ほら、手を貸してあげるから...歩ける?」
「辛うじてですが...ありがとうございます。」
船からは隙のない弾幕が浴びせられた。
先ほどまでエレナが倒れていた通路は、銃弾の嵐に巻き込まれた。
咲の手をとるエレナの足はおぼつかない。
「あなたやっぱり目が...。」
「ええ、先ほどの崩落で。おそらく、瞼の裏が傷ついたという物ではなく、眼球本体が失われたと思います。。」
「そう。」
「塔の内部なら、まだ安全よね?」
「構造的に執務室の防備が厚いです、道は覚えてますか?」
「中も崩れてなければね。」
先ほど塔を貫いた砲台は、再び光を吸収し始めていた。
「救護品はある?」
「私が投げた棚の、二段目の引き出しに入っているはずです。」
エレナを執務室の椅子に座らせ、包帯を取り出す。
「...随分手慣れていますね。」
「前に本で読んだことがあったのよ。他に痛いところはない?」
「両手と両脚が少し。」
「ほとんど全身じゃないの、ちょっと待ってて。」
「あの、逃げたのでは無いのですか?」
「私は塔を崩す兵器が来ることを知ってたからね...なのに、そこまで身体能力高くないから外側から降りたんじゃ兵器の到着に間に合わない。」
「だから内側のエレベーターで降りようと思ったら動いてないし...どうしようかと思って他の手段を探してたら。」
「あの兵器が到来した、と。」
光が極彩を放つ、窓辺は白い光に包まれ、空間を引きちぎるような音が轟いた。
「二発目...これも外したみたい。あの光...何かを打ち出してるのね、塔の手前に落ちたみたい。」
「ねえ?あの船を落とす兵器とか持って無いの?」
「敵を想定した兵器は備えつけてありません。バベルの体積や構造から崩れる事を想定してませんでしたから。」
「あったとしても、精々人が持てる程度の武器だけです。あのような質量兵器を撃ち落とす手段はありません。」
「じゃあこのまま崩れるのを待つしか無いって事?」
「いえ...バベルは攻撃手段に乏しいですが、防衛となった時には陥落する事はありません。」
「...確かに。塔を傷付けたのは、最初のあの光の一撃だけみたい。」
船からはひっきりなしに、何かを高速で射出する音、銃弾を湯水の如く浴びせる音が聞こえていた。
実際、バベルの外壁は銃弾で穴だらけであったし、地上部分は爆破によって火炎に包まれていた。
が、バベルはびくともせず損害と見なせるものは最初の破壊のみであった。
致命打を与えるには、船に搭載された兵器では規格が異なるのだろう。
「上層部に位置するここなら、崩落の可能性はありますが...バベル自体の崩壊は、私の想定では不可能です。」
「はあ、なんだ...少し安心。崩落は無いのね。」
再び窓の外が漂白された。
今度は見当外れの場所に落ちたようだった。
「三発目、だんだん間隔が狭まって来てるわね。」
ドォン。
床を揺らす打撃音が反響する。
天井からは小さな瓦礫が落ちた。
「月宮さん?近くにいますか?」
「居るわよ、どうかした?」
「いえ...手を握っていてくれませんか?どうも、暗闇が苦手でして。」
彼女の肩は小さく震えていた。
余裕に満ちた柔らかな笑顔はそこにはない。
細くも、小さな彼女の手を握る
近付く爆破音とは別に、四発目の光線が射出された。
光線はバベルに損害を与える事なく、手前に落ちたようだった。
「偶然とか狙いが外れた訳では無いわね。」
再び空が弱く光る。
間隔も無しに五発目を射出した音だった。
すぐ後に地面が大きく揺れた。
執務室の外の廊下が崩落したようだ。
「エレナ、ちょっと歩くわよ。」
咲は確かに内部に居た筈だった。
しかし、廊下の天井は爆撃によっていくつもの断裂が生まれ、小さく光が差し込めている。
「一発目は塔を狙った...二発目はその手前、三発目は船から見て塔の斜め背後。四発目はバベルを中心に三発目の対称に落ちた。」
「五発目はチャージの動作が無かった...もはやあの光に攻撃の意図はない。着地点は三発目と同じく塔の背後!」
「執務室の窓からそこまで見れたんですか?」
「音からの概算よ...今までの着地点からおそらく六発目はっ...」
大きな爆撃が咲の頭上を襲う。
明るく広大な大空が、姿を表した。
その刹那、空全体を強烈な光が覆う。
光が晴れた時、城のような舟が天空へと昇り始めていた。
六発目は、塔を中心に五発目を180度回転させた場所に落ちた。
「予想通りだわ...それと、エレナ?」
「上空から都市一つ分の質量が落下して来たら、バベルの塔は耐えられるかしら...?」
「えっ!?いえ...恐らく耐えられないかと...。」
「最初の六発は...塔の位置を正確に把握するためのもの。」
「二発の着地点から標的物の距離を測定した。それを三方向から。」
「光線の目的はバベルの塔の座標を確定するもの。」
「なら、あの船はバベルを破壊する兵器を持っていると?」
「いいえ、持ってるんじゃない...あの船そのものが七発目となってバベルを崩すのよ...。」
「質量だけじゃない...あれにどれ程の火薬が搭載されているか演算できない。」
「言えることはこの辺り一帯が焦土と化すし、私達は確実に死ぬって事ね。」
「...まあ、貴方となら。」
「なんか言った?」
「いえ...あなたならまだ何か手が有るでしょう?」
船は必要な高度まで達したのだろうか、空中で何かが動作する音を奏でながら浮遊している。
咲はクスリと笑って上空の船を見つめた。
「七発目なんて皮肉なものね。まさかバベルの塔を崩すのが神じゃなくて悪魔なんて。」
「このバベル自体...『悪魔』にたぶらかされた人間が建てたものですから、元の世界とは異なるのでしょう。」
船は少しづつ、その船首をバベルに傾けていく。
「エレナ、あなたはこのバベルの塔を人間の愚かさを示す、と語ったわね。」
「確かにその筋が主よ、でももう一つバベルの塔には解釈があるのよ?」
「おこがましくも愚かしくも、バベルの塔は人間が神への挑戦としてうち建てたもの。」
「その結末は崩壊という形で終わったけれど、バベルの塔は確かに神の一歩手前まで迫った。」
「だからこそバベルの塔は、人間の可能性の象徴としても知られているのよ!」
船は加速を続け、バベルへと標準を確かにする。
「偶然か必然か、神話に乗っ取って崩壊を目論むのなら、私も神話で応えるわ!!」
「製造...人間の女神よ!!人間の可能性を守りなさい!!」
角度は鋭く、その巨体からは信じられぬ速度で衝突を試みる空中の国。
誰もがその運命を確信した瞬間、バベルの塔を守るように何者かが姿を表した。
バベルに肩を並べる程の大きさを誇るそれは、かつて人類をその身を呈して守った女神、マルテの姿だった。
ひしゃげる音をたてながら船は女神を潰す。
女神と船の激突の衝撃で辺りは猛烈な衝撃波が発せられた。
ゆっくりと舟は女神を押し込む。
彼女の身体は早くもボロボロだった。
「製造...!!」
女神の欠損部分は修復、すぐさま舟の衝撃の緩衝材として務めを果す。
舟が女神に激突して数十病後、質量もを持ったかのような音を鳴りやんだ。
舟は女神に寄りかかるように堕ちていく。
女神の身体は最後まで舟の衝撃を吸収し続け、至るところから土煙を吐いていた。
舟は女神の足音に落下すると、最後のあがきとして大規模な爆発を起こして地面を広範囲に揺らした。
誰もが事態の状況に混乱する中、傷付きながらも、その姿を残したバベルの塔に立つ月宮咲は叫ぶ。
「神話はここに再現された!!」




