無力を知らしめる福音
空が白み始めた頃、ミルトはリディニアの端を歩いていた。
「はあっはあっ...駄目だ...音は大きくなるし、十字架の数も全然減らない。」
「それにっ!」
咄嗟に脇道に身体を隠す、先程まで走っていた通りを数人の信者が駈けて言った。
「なんか信者の数も増えてる気がする...。リンネお姉ちゃんもどこにいるかわからないし...。」
「おいっ!お前!!」
心臓が止まりかけた、恐れつつも首を傾けると呼ばれたのは自身では無いことがわかった。
「奉仕はどうした!?教祖様の影はまだ世界を覆えていないぞ!?」
「魔獣が押し寄せてきた為、自身の命を守るために退きました!!」
「貴様ッ...いや、声を荒げてすまない。情報が欲しい、外側は一体どうなっているんだ?」
「我々が世界の拡大に尽力していたところ、全方位から多数の魔獣が押し寄せたのです!」
「きさ...君達は、最前線で奉仕を行っていたはずだ、真っ先に奉仕を切り上げて、魔獣からいの一番に逃げ出したという事か?」
「いえ、私達は切り上げるつもり等ありませんでした。この命に代えても、一分一秒でも早く世界の拡大を進めようとしました!」
「ではなぜここに?」
「私達を魔獣の脅威から救った者が居たからです。」
「恐らく...エルフと人間の奇妙な二人組みでした。」
「彼らは、無駄に命を散らすな、と叱責して下さったのです。彼らは私達に逃げる事を推して下さったのです。」
「それで、その二人の言葉を鵜呑みにして逃げてきたと?」
「魔獣を相手にすれば、言葉では屈っさないと叫んでも人間が容易く蹂躙される事は目に見えています。」
「だからこそ、安全な壁の拡大が先だろう?君達は自分の命を捨ててでも、後ろの者を守るために奉仕を勤しむべきだった。」
「いえ...いえ、そうではない、私達が広げる世界は殺戮の無い世界です。」
「その為に働く者が、その世界の贄として命を落とすわけにはいかないのです!」
「エルフと人間の組み合わせ...きっとハヤミって奴とリンネお姉ちゃんだ。」
(あいつらが走ってくた方向はあっちか...!言い争ってる内に行こう。)
ミルトが居なくなった後も問答は続いていた。
「...確かに、平和の為に死ぬなんておかしいか。」
「二人組みは君達の所にだけ現れたのか?」
「ああ、すぐにどこかに行ってしまったがな...きっと全ての信者に避難を勧めるつもりなんだ。」
「二人でだと...?出来るわけがない。」
「ああ、二人でならな!俺達が、彼らの廻れない所へと向かおう!」
「今死ぬべきではないと伝えるんだ!!」
「ああっ...うぐっ...!!」
「大丈夫か?やっぱり休んでるべきじゃないか?」
「いえ...ご心配お掛けしてすみません...。」
「そうか、それならいいんだが。」
「にしてもどれだけの信者がいるんでしょう?全部回れる気がしないです。」
「半分もまわれていないかもしれません...。」
「いや?そうか?案外もう一周したかも知れないぞ?」
「あ...れ?」
リンネの目の前には信者の姿が見えなかった。
魔獣は唸り声を挙げて、残された十字架に損害を与えてはいたが。
「火球!」
放たれた火球は群れた魔獣を一瞬で炭化させ、地面に火炎を振り撒いた。
「いえ、まだ一周していないのは確かです...でもなぜ?」
「自主的に逃げ出したって事かもな。先に逃げた奴が触れ回ったのかもしれん。」
「なる...ほど...。」
辺りから魔獣を消し去り先に進む。
リンネは紋章に寄る痛みとは他に、微かな疲労感も感じはじめていた。
「ここはまだ没頭してるな...魔獣も近付いて来てる。」
「魔獣に近付いて先手を打とう、大丈夫か?」
(これ以上咲さんと離れたら痛みは増えるけど...!)
そのまま魔獣の接敵を許せば、信者の何割かは犠牲となることが目に見えていた。
「大丈夫です、彼らを守るために...!」
しかし、歩みだすリンネとは異なり速水はその足を止めた。
「どうされました?」
「遅れてた奴がやっと到着したみたいだ...聞こえるだろ?」
耳を研ぎ澄ますと、魔獣を刺激する不気味な鐘の音の合間を縫うように断続的な鉄の軋む音が響いている。
風の唸り声のように薄い音は、少しずつその存在を明瞭にしていった。
空は明け、太陽が顔を出す。
暗闇に希望を照らす如く、その音の正体は後光を指しながら空を飛んでいた。
「あれが...王国の兵器ですか!?」
「そうみたいだな。ビーチュの奴、とんでもないものに乗って来たがった!」
ほんのすこし前まで小さな黒点に過ぎなかったそれは、目を見開いている間にリンネの頭上で轟音をあげながら止まった。
「あの塔を崩しっていうからよ...生半可なものじゃねえとは思ってたけど、どんな規模してんだよ...これ。」
空中にはちょうどリディニアの敷地面積と同じほどの船が浮いていた。
全方向に砲台を備えたそれは、塔を砕くには最適の兵器だろう。
「俊一、持ってきたわよ。」
「ビーチュ!それに乗ってんのか?」
「いいえ、王国からの遠隔操作よ。その船は無人よ。」
「船だと!?そんなレベルじゃねえだろ!『空中の城、或いは国』ってスケールだぜ!?」
「あ、そうだ。それってセンサーかなんかついてるのか?」
「ええ、あらゆる数値で観測可能なセンサーがね。魔力センサーも備えてあるから、俊一の居場所もわかってるわよ。」
「魔力...。そうか、じゃあ俺の辺りにも魔力の反応がないか?」
「ええーッと、ああ、あるわね。塔を中心に一定距離で帯状にあるわ、それも幾つも。」
「そいつら魔獣だ。消し炭にしてくれ、できるだろ?」
「お安い御用よ。」
八つの砲台からレールが伸びる。
遠近法のバランスが狂ったために宛にならないが、概算でも2,3kmはあるレールだろう。
八方向に蜘蛛の脚のように伸びたそれは、船から送り出された塊を射出する。
たった数秒で音速にまで至ったそれは、すぐさまレールを外れ真っ直ぐな弾道を描く。
一拍間を置いた後、射出物が届いたであろう八ヶ所から上空数百mへと火柱を上げた。
空中へのみならず、それは地面を這うようにして広がった。
「はーい、なくなったわよ。...でもさっきよりは少ない数だけどまた近づいてる。」
「おっけおっけ。あとはこっちに任せろ!!」
「え...!?あのッ、今ので魔獣は消えたんですか?」
「ああ、全滅させたってよ。すげえよな、たった一回の爆撃で。」
恐怖などという甘い言葉では括れない。
たった一人のエルフに、兵器とは何かを教えるには最良の一幕だった。
たった一瞬。
ほんのたった一瞬で仕事を終えた火柱は空中に消え去ったが、リンネはその熱を肌で感じていた。
もう少し近づいていたら...溶けていたかもしれない。
隣の転移者は何が凄かったのか、興奮冷めやらぬといった表情でいる、それがリンネの恐怖心を増加させた。
だが今のはただの試運転、頭上の城の仕事は山よりも高く聳え立つ塔の破壊だ。
「んじゃ、手短に終わらせるわね。」
ビーチュの通信が終わると、バベルの塔に向けたの一つの砲台に小さな光が宿った。
「何なのよ...あれ...。」
エレナもまた城の脅威を直でみていた。
塔に立つ自身に見せつけるかのごとく、塔の周り八ヶ所に爆撃を行った。
火柱が巨大である事も、地を這う火炎が広大である事も全てみていた。
太陽が昇ると同時に訪れたその兵器は、今はエレナと同じ目線で浮かび、一つの砲台を塔に向けていた。
「逃げられない...。あの規模の兵力を持ち出してくるなんて...。」
充填したのだろう。
光は限界まで発光し、放出された。
防壁の無いバベルの塔は、光線に身を預けるしかなかった。




