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薄氷の上の姉妹

無機質で殺風景、という事務所の評価は改めなくてはならない。


ミルトの姉、と称する獣人の後に続くとテラスへと出た。

リディニアよりも多少小高い場所に位置するそこからは、都市の全景を見渡せた。


ここを宿屋として売り出せば、少しは名所にでもなれただろう。


「私達を助けて下さり有り難うございました。何でも、ツキミヤ様が計画の立案者だったとか。」


「あ...あ~、別に感謝なんてしなくても良いわ。私の計画に獣人の救出なんて無かったし、そもそも助けたのは下にいる連中よ。」


「そうは行きません。マルテ様に仕える身として、ツキミヤ様にご恩を返したく。」


「そんなに感謝の意を伝えたいなら、下で誰かの為に動き回ってるエルフを気遣ってやって。」


「恩ならそれでチャラで良いわ。」


「ツキミヤ様がそう仰るのであれば...。」


「用は終わった?それなら私は戻るわ。」


「いえ、真にお話したいのはミルトの事です。」





「その...私が居なかった時、どんな様子でしたか?」


「様子...様子ねえ。逞しかったわよ。初対面の私に石を投げてきたし。」


「塔に行くときだってそうよ。ミルトが真っ先に覚悟を決めていたわ。」


「まさか...いえ、嘘を吐く理由がないのですから、本当の事なのでしょう。」


「まさかって?ミルトはあなた..えーと。」


「ロウです。」


「ロウさんの元では、その、あまり気が強く無かったと?」


「ええ、ずっと私の後ろにいるような子でしたから...。」


「私も...ミルトが唯一の家族ですから、ずっと甘やかしてしまいました。」


「その結果...なのかもしれません。獣人であれば成人を迎える年齢を越しているはずなのに、あの子の身体は幼いままです。」


「まあ、お姉ちゃんと比べたら...そうね。」


ミルトがかつて話してくれたように、姉であるロウはスラリとした艶やかな肢体を持っていた。


モデル体型というのだろうか。

単にやつれているだけかもしれないが。


「...ミルトの事が不安なのね?。」


「その通りです。」


「私達獣人は、どちらにも(人間と獣族にも)相容れない存在です。加えて少数派、そのために迫害の対象であり続けます。」


「フェティマの人間に連れ去られたことで悟りました。」


「裏路地で二人で過ごしたあの苦しい日々ですら、まだ幸運の側にあったのだと。」


「わたしは...本当はずっとそうでありたいですが、ミルトの側に居続ける事は出来ない。」


「今回はあの子の側に戻ってこれましたが、また同じ事が起きた時、この幸運が再び訪れるとは限らない。」


「私がいなくなった、いえ、もっと恐ろしい事が起きた時...あの子が生きていけるのかが心配だったのです。」


「でも、ツキミヤ様の言葉を聞いて安心しました。」


「あの子、姿形はああでも...心はずっと強いのですね...。」


大丈夫だ、と思うよりも先に口が動いていた。

残念ながら『私』の言葉ではない。


「大丈夫です。ミルトの心は、きっとリディニアの誰よりも強い。」


「”恋”の魅惑に惑わされないように、”王”の恐怖に屈っさないように。」


「ミルトは怖がりだったかもしれない、だけど...それを守ったあなたが居たから、あなたと過ごした時間があったから、強くなれたんだと思います。」


ロウの顔は慈愛と安心に満ちていた。

『咲』の言葉によって、自らが体験した恐怖を拭えたのかもしれない。





ロウはテラスからリディニアを見つめ、リンネの元に向かう、という言葉を残して行ってしまった。


一人残された咲は、どこを見つめるでもなく呟く。


「さっきの言葉、全部が全部正解だとは思ってないわ。」


「姉であるあなたはもう必要無い、って突き放す意味にも取れてしまうから。」


「難しいわ...本当に。」


観察だけで恩恵を言い当てた咲にも、解けない謎はある様だ。





「えー、そうなんですか?ふふふ。」


「ただいま。」


大広間には楽しそうに談笑する二人の転移者とエルフの姿があった。


「あ、咲さん...。」


「呼んでない奴が飲み会に来ちゃった、みたいな気まずい雰囲気出すのやめて。」


「もう調子は良いのか?」


「速水こそ、ビーチュを助けた時に呆然としてたじゃない、もう大丈夫なの?」


「塔を降りる頃には戻ってたさ、冷静になるのは得意なんでな。」


「そう、よかったわ。」


「それで、これからどうするのかしら?」


ビーチュへと視線を向けた。

彼女の瞳は以前の時よりも理性を感じる気がする。

あくまでも気がする、だけだ。


「そうね。先に聞いておきたいのだけど。」


「月宮さん、エレナが現在授かっていると思われる恩恵についての見解はあるかしら?」


「ええ、もちろん。」


「話してくださる?」


「そうね、今から話す事は見解、というよりも恩恵そのものよ。」


「ということは、既に把握したって事か?」


「時間稼ぎついでにね。」


「簡単に言うとエレナの恩恵は、目が見えない人間を支配する能力。」


「以前の恩恵と異なる点は、一度支配下に陥った者はメカニズム上、二度と戻す事は出来ない事ね。」


「いくつか聞きたいことがあるのだけど。」


「エレナが今の恩恵を持っている状態で、以前の恩恵は機能しているの?」


「あ、それなら多分機能していないと思います。」


答えたのは咲が感じ取れない魔力への感性を持つエルフだった。


「リディニアには今まで感じていた魔力の渦がありませんでした。」


「成程...機能していない。」


ビーチュは少し考え込むと、顔をあげて決心した面持ちで口を開いた。




「わたし、リディニアを離れるわ。」


戦線離脱の宣誓だった。









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