亡国のお姫様
スローライフ、言葉にしてみると悪くはない。
誰からも必要とされなかったことは別になんとも思っていない、本当だ。
だが、ちょっとこの世界の人々から離れた場所に住もう。
気ままに生きる。なんて素晴らしい響きだろう。
「でも、元いた世界とあんまり変わんないわね。
特に苦もなく過ごしてたし。」
ふと、固有スキルを使ってみようと思う。
使い方次第によっては自給自足に事足りるかもしれない。
えーと、確か具体的に思うんだったかな。
単純な構造の方が良いだろうと、棒状の物を想像する。
「うえ~、えい。」
何かのアニメで見たように、手を開き念じる。
「うお、本当にできた!」
火かき棒のような物が手に収まっていた、結構重い。
その場にポイッと捨てた。
「これなら結構いろんなのが作れそうだな~。」
「お嬢ちゃん、何一人でぶつぶつ話してるんだい。」
振り向くと柄の悪そうな二人組の戦士がたたずんでいた。
「あっ!いえ、お構い無く~。」
冷静になると恥ずかしい。
路地裏で、一人で話してる所を想像する。
そそくさとその場を立ち去ろうとする。
「そんなに急いでいく事ないだろう?」
咲の前に立ち塞がる。
「さっきから大事そうに抱えてるそのアタッシュケース、なにが入ってるんだ。」
私も知らない、でもここで答えて仲良くお喋りする気は無かった。
「あの、知り合いの荷物です。私早く届けに行かないといけないので、ここで失礼します。」
「いや~、でもすっごく重そうだから一緒に運んでやるよ。」
「本当に大丈夫ですから。そこを通してください。」
あれ?正面には一人しか立っていない。二人組だったはずだったが。
そう思った瞬間に後ろから声がする。
「人の厚意はありがたく受け取っておくもん、だぜ!!」
振り向くと、男が鈍器を手に私に振りかぶる。
だが、完全な不意討ちにも関わらず咲に当たることは無かった。
「はあ、はあ。何、今の。軌道が読めた。もう少し遅かったら当たってた...」
その場に倒れ込む、次の一撃は避けられる気がしない。
「すげえ反射神経だな。大人しくしとけばそのまま連れて行ったのになあ。」
ろくな所ではないだろう。一人きりの少女に不意打ちするあたり、この男らが全うな人間でないことは推測できた。
次の攻撃が来る前に距離を取らなければ。
「そんな怯えることないだろう?」
とうとう壁際に追い詰められた。
「ね、ねえ。私をどこに連れていこうっていうの?楽しい所?」
ここ近くに捨てた筈だ、必死に手探りで探す。
少しでも、時間を稼がなくては。
「ン~そうだなあ。奴隷市場って知ってるか?あんたみたいに小綺麗な格好してる奴は高く売れるんだよ。」
「きっと楽しいところだと思うぜ!」
言い終わったと同時に第二撃が眼前へ近づく。
だが、軌道は既に「算出」した。拾った棒切れでそれを防ぐ。
身体が思考に追い付くからこそできる行動。
「なんだ?お前。ギルドで非戦闘員なんて触れ回ってる割に全然動けるじゃねえか。」
「ちょっと本腰を入れていくぜ。お前もやれ。」
男は相方にも声をかける、既に背中の剣を引き抜いている。
それに対して私は先程製造した棒切れを片手に立ち向かわなくてはならない。
「ここらでやめにしない?逃がしてよ。」
「ああ?こっちが断然有利なのはかわんねえんだ。みすみす逃すかよ。」
軌道を演算、成人男性が振るう長剣を紙一重で避けた。
大振りの攻撃を避けて、喉元に手元の棒を突きつける。
だが、もう一人の男にそれは凪ぎ払われる。
いつの間にか後ろに壁は無く、取り囲まれてしまった。
前方の男が横に振るう、一歩下がり避け、その反動で振り向く。
ちょうど、背後の男が切りかかる寸前に鉄棒で跳ね返す。
防戦一方ではいくら軌道が算出できてもいつか体力が底をついてしまう。
一瞬滞る展開、その隙に息を整えてスキルを使う。状況を打開出来る道具のアイデアはいくらでもあったから困らない。
前方と背後の男が同時に剣を振り下ろす、完全に殺す気できているではないか。
「もういい、死ね!」
右手に握った鉄棒を前方に放り投げる。。あの重さだ、勢いをつけて投げればそれなりに威力はある。
後ろを振り向く余裕はない、だから左手だけ後ろに向けて引き金を引いた。
長剣は私に届くこと無く地面へと落下する。
背後の男は気絶しているかもしれない。前の男は怯んだだけだった。
「なんだよそれ!お前、ピストルなんか持ってたのかよ!」
「ピストルじゃないわよ、火薬無いからそれじゃ撃てないわ。」
「3Dプリンターガンって知ってる?知らなくてもいいけど。」
「弾丸はゴム弾。もといた世界で発明された、鎮圧用非殺傷弾。」
壁際に置いたままのアタッシュケースを取りに行く。
「おい、とりあえず持金全部だせよ。命までは取らないから。」
「わかった、わかったからその銃を下ろしてくれよ!」
「ああ?命を乞える立場か?早くだせよ。武器も遠くに投げて。」
「ああ、言う通りにするよ。」
「いくつか聞きたいことがあるの。さっき奴隷市場って言ってたけど、どこにあるの。」
「ギ、ギルドから離れた場所の建物の地下だ。」
「はあ?もっと詳びらかに話せないの?あんたの冒険はここで終わりにするかあ!?」
「ひっ、すみません。ギルドの近くに真っ黒な装備の男がいます。そいつにいえば案内してもらえます。」
「へえ、なるほどね。じゃあ、あんたが今持ってる金でどれくらいの奴隷が買えるの?」
「最低ランクだと思います、すみません...詳しくないんです。」
「じゃあ、これくらいあればどうだ。」
銃口を突きつけられ、地面に顔を埋める男の横にポケットのお金を落とす。
「動くなよ。でも見ろ。」
「はい、あの、そうですね。これくらいあれば中クラスは買えるかと。」
「ふーん、そう。しばらくここにいろよ。」
近くに落ちていた鉄の棒で後頭部を殴った。
「仲間ができないなら買えばいいのよ!!奴隷なら反抗することもないし、ギルドの人間よりマシね!」
二人の男を残して上機嫌で裏路地を抜けた。
「真っ黒な装備、なんてオンラインゲームにいる拗らせたプレイヤーみたい。」
目当ての男を探してギルドの周りをフラフラ歩き回る。
先程の戦闘のことを思い出す。
「演算処理なんてスキル、もしかして元いた世界での暮らしが関係しているのかしら。」
「それに製造職って...」
私は元の世界ではあらゆる本を読まされた。その経験で私はあらゆる道具の製造方法を心得ていた。
勿論、この歳まで本は生活の慣習で読み続けている。
だからこそ、あの場で無力化に適した「3Dプリンターガン」を製造できたのだ。
演算処理というスキルを持っている事も同じような理由だろう。
数多のゲームをプレイした。効率を追及したり行動を最短化したり、0と1が織り成す世界において「演算処理」という技術が自ずと身に付いていたのだろう。
最近はFPSにトコトンハマっていた。
銃弾の軌道計算がその技術に拍車をかけたのかな、と考えた。
「ほぼ私が自力で得た能力じゃないの、私だって炎の魔法とか使って見たいのに~。」
「身体能力が向上したところでいいことないな~。」
視界の影に一瞬だけ映った真っ黒な装備を咲は見逃さなかった。
「見つけた。」
「どうも、奴隷市場に行って見たいんだけど。連れて行ってくれない?」
この人が目当ての人物で無ければ私が恥をかくだけ、損益で考えれば大損害だ。
「なんだ、その服。お姫様が行くところじゃねえぞ?」
「いいじゃない。城から来たのよ、怖い物見たさってあるでしょ?」
男は私が城から来た姫かなんかだと勘違いしている、私も嘘は吐いていない。
「無事に帰れる保証は無いぞ?俺もあんたの騎士じゃないしな。」
「別にいいわよ、守らなくても。ただ、襲ってきたら容赦しないから。」
先程作った3Dプリンターガンをちらっと見せる。
因みに、発泡能力はこの銃にはない。
私の知っているレシピでは精々一発しか銃身が耐えれないのだ。
即席の鉄棒はどこかに捨てた。
「おう、安心しろ。客に無礼は働かねえよ。それが城の関係者なら尚更な。」
喧騒に包まれたギルド周辺から離れ、閑散とした建物の地下へ案内される。
黒ずくめの男が地下の雰囲気合わない一際綺麗な扉の前で立ち止まる。
「この先に仲介業者がいる、あとはそいつに希望を伝えろ。予算も見せると尚良い。」
「ああ、そう。ありがと。」
扉を開ける、目に入り混んできたのは何人もの奴隷を収容したたくさんの檻だった。
「これはこれは、麗しい服装に身を包んだ御令嬢が下層社会に何用ですかな?」
城で選んだこの服は当たりだ。話す者誰もがまず私が上流階級の人間だと色眼鏡で見る。
「奴隷が欲しいの、出来るだけ従順なの。それなりに健康状態がよければそれでもいいわ。」
「はい、これ。予算。大体これに収まる奴を頂戴。」
「ふむふむ、ただただ遊びにきた世間知らずは無いようですね。
お眼鏡に叶う奴隷の区画にお連れします。」
「広いのね。」
「人間、亜人、獣人、その他多様な種族の奴隷がおりますから。」
「奴隷から反抗されるってことは無いの?」
「売買の契約成立時に奴隷に主従の紋章を施しますから、ありませんよ。」
「そう。あ、さっきの注文に追加、人間以外がいいわ。変に情が移りそう。」
「かしこまりました。」
大人数が収容された檻の前を通る、そこかしこから睨まれる。
製造、火かき棒。
「アヒャアアアアアア!!!」
奇声をあげて思いっきり檻を火かき棒で叩く。
鉄の高い音が響き渡ると先程まで反抗的な目をしていた奴隷逹はこちらを見なくなった。
「お客様といえどお辞めください。彼らは奴隷と言えど商品です。死なれては困ります。」
聞こえないふりをしてもう一度檻を殴る。
「ちっ、この狂人が。」
仲介業者はそう呟いた。聞こえてるからな。
「こちらが予算に収まる健康状態の良い奴隷の区画で御座います。」
「なるほどね~。」
その辺りを歩き回り物色する。良し悪しは判別できないが、とりあえず見て回る。
「うん?」
微かであるが確かに声が聞こえた、檻を見渡す。
一人の少女が周りの奴隷を励ましていた。
「ねえ、あの奴隷ってなんなの?」
「ああ、最近侵略された森人の国の姫ですよ。取り巻きはその国の民です。」
「へえ、姫の方って私でも買える?」
「買えますよ。」
「じゃあ、あれで。即決。」
仲介業者は目当ての奴隷がいる檻の前に立つ。
「おい、G-413出ろ。」
「はい!?私ですか?出れません!国の民を残して行けと言うのですか!?」
気丈な姫様だこと。もう少し様子を見て、長くなりそうなら介入しよう。
「いいから、お前は買われたんだよ。はやく出ろ!!」
「言え、出ません!!出るならこの者逹も一緒です。」
取り巻きは姫を輝かしい目で見ている。こいつを選んだのは間違いだったのかもしれない。
仲介業者がこちらを見る。
客の手前、荒い手を出せないのだろう。
「仕方ない、そういうんなら。」
檻に近付く、エルフの姫が私を見る。
「あなたが私を買ったのですか?でも私はこの者逹おいて行く事はしたくありません!私よりも良い奴隷はたくさんいます、だから」
檻へと入り、姫の前でそう告げるも
「あんた以外の奴隷にしろってこと?」
私は話が分かる人間だと思ったのか姫はより口調を強めて懇願する。
「ええ、お願いします!姫として、これは譲れません。」
私はは周りのエルフを見る。
「あんたはこの民衆が大切なのよね?」
「はい。」
檻の入り口の仲介業者をちらりとみる。
「うるさいな、私はもうあなたを買ったの。早く出てきて。」
取り巻きの一人に銃口を向ける。
周りのエルフは何かを期待していた目をしたが、銃口を向けた瞬間に青ざめた。
「や、やめてください!」
「どうすんの?早くしないとお姫様の我儘で一人死ぬけど。」
「わかりました。」
先程までとうってかわって素直に檻を出た。
「では主従の紋章を施すので、こちらにどうぞ。」
手枷を嵌めた姫様は仲介業者に連れられて檻を離れる。
歩いている最中に何度も振り返り、他の檻を見渡す。
「ねえ、ここら辺の奴隷ってもしかしてあんたの国の民?」
姫は答えない、顔を背け奥歯を噛み締めている。
「こちらで、契約致します。内容はその紙に書いておりますので、一通りご覧に成りましたら一番下の欄にお名前をご記入下さい。」
「内容に問題はないわ。この世界の言語じゃないけれど大丈夫よね。」
署名を終えて、業者に渡す。
「では、主従の紋章ですね。」
仲介業者は手の平より一回り小さい焼き印がついた棒を持ってきた。
エルフの姫は怯えた顔をしている。
「これを奴隷の体に焼き付けて下さい。」
「どこでもいいの?」
「はい、構いません。」
「姫様、どこがいい?顔?腕?これくらいは希望に沿ってあげる。」
「お腹の辺りで、お願いします。」
焼き印は既にじっくりと火にかけてあった。
「じゃあほら、自分で出して。」
姫様は奴隷用の服をたくしあげた。
「行くよ。」
暗澹な地下室に気丈な姫のおぞましい叫び声が反響した。