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次に託す一手

「また時間稼ぎのつもり?」


「うっ...そうよ。彼らが無事に逃げ切れる時間を稼ぐ為よ。」


「...あなたの運命はほぼ決まったようなものですし、良いですよ、あなたの推理とやらを聞かせてください。」


いまいちこの女の行動原理がわからない。

彼女にとっては推理など聞く必要もない戯言の筈だ。


エレナは勝利を確信した際、かなり大きな油断が生まれるのかもしれない。


「隻眼の王、それは...」


「目が見えない事を発動の基点とした、対象を隷属する恩恵...じゃないかしら。」


「恋の病を強固にした物、というあなたの言葉から能力自体の推察は容易い。」


「そして、貴方がこぼした言葉...『まるきり違う訳じゃない、発動基点が異なる別物。』」


「私が考えればいいのはその基点だけだった。」


「それなら、後は簡単に分かると思ったのだけどね。」


「”隻眼の王”の支配下だと思われる信者を見たとき、全員目を押さえてうずくまってるんですもの、訳がわからなかったわ。」


「”恋の病”の様に、顔が紅潮してたりしたら楽だったんだけどね。」


「でも、三つの出来事から盲目であることが条件だとわかったわ。」


「第一にあなたが私に投げたこの芯。よく見ると面白い構造をしているわ。」


「まるで音叉ね。それも音を出すことに特化した構造。」


「あなたがこれを投げた目的は、私への攻撃じゃなくて信者に場所を伝える為じゃないかしら。」


「音に依らなければわからない。目が見えないから音に頼った、と思ったの。」


「次に、信者の様子についてね。」


「私、最初にバベルの塔を訪れた際にちょっとした騒ぎを起こしてるのよ。」


「それなのに、潜入したときも偶然出くわした時も、私を知っている筈の信者は気がつかなかった。」


「覚えてないだけかも、って思ったけど今ならその理由がわかるわ。」


「既に視力は失明間近にまで弱っていた。あなたが”隻眼の王”発動の前準備として、信者に手を回していた。」


「最後は...、この最後の事があれば大体察する事ができるけど。」


「”隻眼の王”という名称に込められた意味よ。」


「私は最初、エレナ自身を表しているのかと思ったわ。」


「でも、違うのよね。偶然一致しただけ...。」


「”全盲の中では片目が王となる”...元の世界で読んだ本に書いてあった台詞。」


「恐らく、それを元にした能力が”隻眼の王”。」


「どうかしら?」


「月宮さんってかなり周りを良く見ているのね。」


「一点だけ指摘するとすれば...”隻眼の王”は、皮肉な女神が必然的に授けた物よ。」


「『貴女は隻眼だし、そうね~盲目の中でなら王にもなれるね。』」


「『ああ、もう王様みたいなものか。なんてったって”恋は盲目”だもんね。』」


「”恋の病”の時もそうだったけど、あの女神の性根は腐ってる様にしか思えないわ。」


「楽しい推理はおしまい?もう時間稼ぎはいらないのかしら?」


「優しいのね...でももうちょっとだけ付き合って貰うわ。」


「”恋の病”と”隻眼の王”...最も大きな違いって不可逆性じゃない?」


「エレナの波に共振する事が条件だったからこそ、私はそれをズラす事を突破口とした。」


「一度患っても薬で治せる、これが恋の病の欠点ね。」


「なら、”隻眼の王”は治す事はできない...そう考えるのは不思議な事じゃない。」


「貴方が”隻眼の王”に恩恵を変える直前言ってた事がね、ずっとわからなかったの。」


「裏市場の商品は、全てフェティマが管理している。」


「そう、それよ。何で言ったのかわからないけど、その言葉の意味はわかったわ。」


「私が買ったお酒、あれはレミニアで作られたんじゃなくて、この塔で作られた。」


「速水がその酒を、ヤバいものが入った密造酒...とかって言ってたわ。きっと一口だけ飲んだのね。」


「本来レミニアからの物品であれば、そんなに危険じゃない。少なくとも、密造酒なんて言葉は使われない。」


「でもあのお酒がここで作られたのなら話は変わる。」




「ここで作られた酒は、エタノールとメタノールの沸点を利用して作られた密造酒。」


「メタノールはエタノールと違って致死性を持つ薬品よ。特に、眼球での吸収が早いから数滴でも失明に至る代物。」


「エレナ...あなた、信者を盲目にするためにメタノールを使ったわね。」


「あら、あの一文でそこまで分かるなんて...すごいすごい。」


「というより、レミニアとここの酒の違いなんて良く知ってたわね。」


「レミニアの方は私が作ったものの模倣品だもの。」


「あら、貴女この世界で一から酒をつくったの?」


「お酒に関しては...ちょっと縁があったのよ。」


「なるほど。何はともあれメタノール云々まで知ってもらえて良かったわ。」


「これでわかったでしょ?ここの信者は一生私の思いのまま。フェティマ教が滅亡なんかすれば、リディニアの何万という人間が路頭に迷うことになるわよ?」


「貴女達転移者に出来る事はない。諦めてさっさと逃げなさい。」


「降伏の勧告が目的だったのね。」


「貴女...話すのもやっとじゃない。もうフェティマ教に関わらないと誓えば、ちゃんとした治療を受けて返してあげるわよ。」


「はあ...すぐにでもその言葉にすがりつきたいんだけどね。」


「そこのぶっ倒れてるエルフがいる限り、諦める訳には行かないのよ。」


「全く、せめて一撃で楽にしてあげますよ。」







時間は稼いだ。

演算も終わった。


エレナの一撃に関しては...情報不足もあるが、恐らくどんな結果でも変わらないだろう。


「どうせ殴るんなら顔はやめて頂戴。せめてお腹のところが良いわ。」


「善処します。」


ああ、覚悟しなくてはならない。

転移者であっても強靭な体を手に入れた訳じゃない。


痛みを感じるよりも早く気絶するんだろうか。


ゆっくりとエレナは構えを取った。


「ふぅ...」


「さようなら、月宮咲。あなたからもらったジギタリス、大切にするわね。」


今まで経験したことがない痛撃が腹部から広がった。


痛みを感じる神経がまだ生きていたことに驚きだ。

全身が中空に浮き、早送りの景色のように光景が移ろいゆく。





背中も痛い。

暖かな日があたる。


満身創痍でありながら、かろうじて繋がったままの肉体は神殿から外までぶっとばされていた。


あともう少し威力が強ければ、そのまま塔から落下していただろう。


「一撃で楽にするわけないでしょう?未遂とはいえ暴動の首謀者を。せいぜい苦しむ様を晒し続けなさい。」


「はな...し...ち...がう...。」


「そうねえ、とりあえず鬱憤を晴らしてから私が受けるはずだった凌辱をその身で感じてもらおうかしら。」


「リディニアの公衆便所になってもらうのもいいかもね。薬をキメた男達に休む間もなく嬲られ続ける、死にたいと思っても死ねないままね。」


「あ...く...ま...。」


「...次その言葉を口にしたら、もっと凄惨な目に合わせるから。」


手を前に出し、一寸ずつ逃げようとしたが無駄な足掻きに過ぎない。


「とりあえずこいつを救護室に、応急処置だけしとけば治るでしょ。転移者だし。」


「ふ...ふふん。リン...ネ。」


「あのエルフは眠ったままよ。今度はその手には引っ掛からない。」


「...いない、わよね。」


「やっぱ...り、ふり...むい...た。」


「貴女、一体何をするつもり?」


咲は、防護柵のない崖に手をかけていた。

エレナが咲に目線を戻した時には、既に上半身の半分を崖から出していた。


地上3000メートル。


逃げるにはここしかなかった。


「いった...でしょ...わた...しは...いき...の...び...る...。」


彼女はそのまま眠る様に力を抜き、落下した。

エレナは手を伸ばしたが届くことはない。


全身で風を感じる。

これほどまでに高度があるとと落ちている、というより浮いている感覚に近い。




リンネを救うにはこれしかなかった。


強い衝撃をあたえる...その為に


主従の紋章の効果である距離の制限。


主人と離れると奴隷に激痛が与えられる、その制約に賭けた。

ただ、弱体化を施したために賭けに負ける可能性もある。


少なくとも、ヤマモトの事務所からバベルの塔までの距離ではダメだ。


その為に、3000メートル、正確には3700メートルの高さの賭けに出た。


虚ろな目を開き天を仰ぐ。


(頼んだわよ...リンネ...)




(そして、もう一人の私...)



かくして、月宮咲は逃亡を果たした。










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