隻眼の王②
「既に状況は一変したわ。私の恩恵は隻眼の王、恋なんて甘いモノで支配する訳じゃない。」
「さあ、道を失った者共よ。今ここに立つ、咎重き者を引き入れよ!」
エレナの思惑通り状況は変わってしまった。
測らずもエレナと敵対に近い場所に移された信者は、再びエレナの手のひらに舞い戻った。
「逃げなくちゃ...」
何かを思って脚を動かした訳ではない。
無意識に直感的に、この場を離れるべきだと思った。
「速水...彼らを連れて外まで逃げられる?」
「ああ、信者相手なら余裕だ。」
「その言葉を聞いて安心したわ。」
「ミルト、ヤマモト...速水の後ろについて行きなさい。きっとここから逃げられるわ。」
「幸い信者も苦しんだまま動かないし、安全に外に出られると思う。」
「ツキミヤはどうするんだ...?」
「わたしはきっと逃げられない。教祖様がわたしから目を逸らさないのよ。」
「リンネも回収しなきゃ行けないしね。」
「行きなさい。」
後ろから段を駆け上がる音が聞こえた。
「また一人残されちゃったわ。」
咲の口から漏れた一言は、火山噴火の大災害の中、一人残りエルフを逃がした時の事からだった。
「お仲間への離別の言葉は充分かしら?」
「そんな言葉要らないわ。私はここから生き延びるわ。」
エレナまでは4メートル。
背を向けて逃げることはできない。
ひっそりと右手に厚底の酒瓶を製造する。
エレナは右足を一歩踏み込むと、流れるようなも無く左半身を前に飛び出した。
聴覚が踏み込んだ音を捉えるよりも速く、視覚がエレナの動作を捕らえる。
エレナは咲を目掛けて右手の拳を突き出す。
しかし、感覚が処理するエレナの身動きに咲の身体は追い付かない。
酒瓶を振りかぶるという攻撃が、その刹那に許された行動だった。
パリィィィィン!!
市販の酒瓶と教祖の聖拳がぶつかる。
煌めく星の様に、ガラスの粉が散らばった。
撃は一に留まらない。
拳を突き出した威力を生かし、膝蹴りを繰り出す。
酒瓶なんかではきっと止められない。
というより、酒瓶を直す時間はなく、直撃は免れなかった。
腕を構えて防御体制を取る。
しなやかに、音を立てることもなく骨へと食い込み、ねじ曲げる。
「ッ!」
痛みを感じるよりも早く、骨が折れたのだと悟った。
咲が対応できたのはこの二撃だけだった。
訳もわからないまま連撃の中で身を曝す。
ひしゃげる音、歪む音、砕かれる音。
破裂する音。
エレナが一頻り打撃を終えた時に、咲の体でそれらの音が同時に反響した。
「言葉無くしてはこの程度か。」
「わたしの適正職は聖職者。心と体と技の同一性が力となるわ。」
「自分の能力を...バラすんだ。余程余裕なのね。」
「初撃であなたの戦闘力は概ね把握しました。次の一撃で肉体を散会させます。」
「また同じ手に...嵌まったわね。今よ、リンネ。」
エレナが後ろを振り向いてしまった事は悪手だった。
しかし、そうせざるを得なかった事は確かだ。
「まだ倒れたままじゃない。...謀ったわね。」
リンネから視線を外し、正面へと向けたエレナの瞳に咲は映らなかった。
口の中が鉄の味で満たされる。
口を切ったという次元の話ではない。
内蔵が破裂し、血液が逆流しているのだろう。
それでもなんとか信者の礼服を製造し、乱雑に被った。
(木を隠すなら森の中、ね。信者に紛れ込めば簡単には見つからないでしょ。)
とっさに座席の方へと逃げ込んだが上手くいったようだ。
(とにかくリンネを回収して逃げないと...まともに闘っても勝ち目は無いわね。)
(...逃げられるなんて考えないほうがいいわね。今なんて生きてる方が不思議な位の状態だもの。)
(でもせめて、恩恵の効果は知っておきたい。)
(確か、エレナは恩恵を隻眼の王って呼んでたわ。)
(隻眼の王...王は本来頂点を示すもの、それに対して”隻眼”と言う欠点を修飾するには意味がある。)
(隻眼...彼女自信の事...?”隻眼の王”は自分を表す言葉...?)
(彼女の恩恵が切り替わってからうずくまって動かない信者も不気味だわ。)
(もう少しヒントが欲しい...。)
「見つけましたわ。」
その言葉の通り、咲に三本の鉄の芯が突き刺さった。
「起動、正義と友愛。そこのネズミを捕まえなさい。」
「ぐっ、近寄るな!!!」
エレナの言葉に応じて、咲の周りでうずくまっていた信者は顔を上げて這い寄る。
バチィ
再び鉄の芯が投擲され、咲の膝裏数ミリを掠めて床に突き刺さった。
「近付かなければ...勝機はあると思ったけど、それも難しいみたいね。」
恐らく居場所は信者のブローチから探り当てているのだろう。
加えて、高精度の鉄の芯による遠距離攻撃。
ダメ押しに信者を操っての拘束。
彼女の信者に囲まれる限り、エレナは王としての権威を多いに振るうだろう。
彼女にとってこの神殿は絶対的なホームグラウンドなのだから。
咲は足元の芯を拾う。
(ただの細い芯じゃない。中間から二股に別れてるわね。)
(小さな音叉...みたいな形...。)
幸運にも信者の足は遅い。
歩くことすらままならない咲でも、追い付かれる事はないだろう。
(さっきの道具もこの塔で作ったのね。)
(麻を栽培したり、訳のわからない鉄の加工物を作ったり。)
(こういうのを裏市場に回して稼いでたのかしら。)
(リディニアの商品は全てここから流通していたってこと...?)
咲は手元の飲み口の部分から先が折れた酒瓶を見つめる。
(リディニアの流通...速水の言葉...気付かない信者...”隻眼”の王...)
(エレナの恩恵がわかったかも。後はリンネを連れ出す方法ね。)
(恐らく簡単には意識は戻らない、強い衝撃を与えないと...)
(目を覚まさせてから連れ出すのは厳しいわね。流石にエレナが許してくれないわ。)
(いや、別に連れ出さなくてもいいか...彼女なら一人で切り抜けられる...)
(リンネが意識さえ取り戻してくれればなんとかなるわ。)
(奴隷だし命令すれば起きるかも、一か八か...賭けに。)
「リンネ!!いつ...まで寝てんの...よ!早く目...を覚ましな...さいよ!」
「まさか自分から出てくるなんて、探す手間が省けましたわ。」
二人の声以外に反響するものはない。
咲の命令でリンネが目を覚ます事は無かった。
「近づくしかない...か。」
ゆっくりと、床を這うように...通り道に血の絨毯を引きながら前に進む。
「隻眼の王...だったかしら?あなたの恩恵。」
「ええ、そうよ。近づいてきてどうしたの?降参?」
「そこのエルフを...叩き起こすた...めに必要なのよ。」
「ふぅん。まだ生きて逃げるつもりなのね。」
「正直...無事に逃げられると思ってないわ。本当...に死ぬ気じゃないと、ってさっきの打撃を受けて思ったわ。」
「だからね。最後かもしれない私の推理を聞いてくれない?」
「隻眼の王、あなたの能力を解き明かしてみせるわ。」




