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隻眼の王

「結論から話すわ。エレナ・フィッシャー、あなたの目的は速水俊一の無力化、ね」


じっと咲を見つめたまま、エレナは身動ぎ一つしない。


「ずっと不思議だったのよ。フェティマ瓦解を目的に動く者がいると知って起きながら、なんの焦燥感も持たずに余裕な顔を見せるあなたが。」


「だから、既に貴方にとって勝負は決着しているんじゃないかと思ったの。」


「ついさっきまでそれが何なのかわからなかったわ...貴方の動機は必要ない情報だと思ってたから考え無かったのね。」


「でもね、そこで放心状態の男が言った言葉で思い付いたの。」


「五年前、この世界に来た時点で転移者の誰もが貴方を頼ったそうじゃない。」


「何て事はない。未知なる世界の中であなたの人柄を頼っただけの話ならね。」


「でも、もしもそれがエレナの人柄に依る物ではなく、エレナの恩恵が関わっていたとしたら。」


「転移者も又、エレナへ劣情を思い起こす可能性があるって考えたの。」


「であれば、リディニアに一年も留まったビーチュや速水は既に術中に嵌まっていると思ったわ。」


「だけど、速水にその兆候は見えなかった。じゃあビーチュの方はどうだって考えた時に紐解けた気がするわ。」


「雑な計画立案、そして、リディニアで捕まったはずのビーチュがなぜ既にこの神殿にいるのか?」


「速水の恩恵は不屈の男(アンブロークン)っていう不死身の能力よ。」


「エレナの恩恵に嵌まる事の無い存在、ビーチュの行動はその存在をエレナに差し出す事が目的だった。」


「最初にあなたと話したときに言ったわよね?内通者は居ないって。」


「でもそれは嘘、転移者であるビーチュが内通者だった。だから私達の潜入も目的も何もかもが筒抜けだった。」


パチパチパチパチ...


手を叩く音は目の前の鉄の女王から発せられていた。


「よくまあそんな舌が回ること。」


「でも正解です。私の恩恵とその目的の推察、感服致しますわ。」


未だにエレナの口元には余裕が備わっていた。

彼女の柔かな表情は一切崩れない。


「なるほど、速水君が持つその剣...マルテの遺品ですわね?」


「私の目的を妨げた事には拍手を送りましょう。ですが、恋の病、そちらの方が的確なので使わせて頂きますが。」


「これを突破する事は難儀でしょう。」


「今ここには、数万人を越える信者がいるのです。私が命を一つ下せば、転移者三人の命など勘定にも入らぬほど安い。」


「ふふ、そうよね。敵の本陣だもの、エニグマ解いた位で状況が好転するわけ無いわ。」


「マルテの剣が恋の病を妨げる事は知っていましたわ。まさか引き抜いて持ってくるとは思いもよりませんでしたが。」


「でも、恐らく剣の効果はほんの数メートル。その範囲外にいる者の中では確実に進行してますわ。」


「先ずは偶然の強引な解釈、現実的問題の誤認。」


「思考の剥奪、記憶の混濁に異常な高揚。」


「一度患えば止まらない、恋の病...言い得て妙ね。」


「残念だけど、特効薬は出来上がっているのよ。」


「は?」


一瞬、エレナの顔はひきつった。


「どうしてベラベラあなたとお話していると思うの?」




「それは...まさか。」


「あなたが私達へ情報を渡した時と同じ理由よ。」


「時間稼ぎか...?」


「正解!!」


悟った時には遅かった。


エレナの身体が動くことはない。

辛うじて回せる首で後ろを見ると、一人のローブを被った信者に取り押さえられていた。


「...っ!!離しなさい!!」


「限界よ!押すわ!!」


咲の手元には簡素なボタンがあった。

彼女が押した瞬間。


バババババッ

ババッバババッ


エレナを掴む信者の身体が破裂した。



「ッ!?違う、濡れている?こいつ自信が破裂した訳じゃない!何か水の入った物が破裂した...?」


「そいつは...惚れた相手を狙う自動追尾式の()()よ。」


「シアーハートアタック、君に夢中...そう訳すべきかしらね。」


「女王を殺しなさい!!リンネ!!」


掴みかかったまま暴れたからだろう。

信者のローブははだけ、その姿が露になる。


「貴方は...月宮と一緒にいたエルフ...!?」


「強い力...しかもなんなのよ!この匂い!」


エレナは気づく。

不快なほど甘い気体が、自信に絡み付くエルフからだけでなく神殿全体を包み込んでいることに。


「フェティマ教、確か禁欲と抑制とかなんとか、随分と厳格な宗派よね。」


「だからちょこっと、信者が抑える思いの丈を伝えられる様にしてあげたわ。」


神殿に座る信者の瞳には、理性という二文字が感じられない。

もう誰も、何も押さえつけるものはない。


魔法の薬によって露にされた、剥き出しの欲望が身動ぎ出来ないエレナを矛先に暴れだす。


「なるほど...大麻ね?」


「正解よ、やっと余裕そうな顔が崩れたわね。」


塔の裏手に群生する麻。

これを加工し、アッパー系の薬物として用いた。


ただ、建築物として規格外の広さを誇る神殿内部に充満させるには一人では無理な話だった。







24時間前


「は?信者全員の枷を外す?」


「私に飲ませた薬を信者に飲ませるって...無理がありますよ...」


リンネを連れてヤマモトを訪れた時、二人は心底無理だ、という顔で咲を見つめた。


「これしかないのよ。マルテの剣以外の対抗措置が...麻薬だけなのよ。」


「現に、塔に潜入した時にリンネに飲ませた薬...あれは麻の加工薬よ。効果は実証済み。」


「確かにあれを飲んだ時に体の不調は無くなりましたが...」


「恋の病が魔力の波を同一化させる事にあるのなら、あの薬はその波を乱れさす特効薬なのよ。多分...。」


「その効果は一時的なもんなんだろう?だったら意味ないだろ。」


「確かに一時的な物よ。でもそれで十分。」


「あのコミュニティはね。エレナ・フィッシャーという存在を超然におきながら、彼女を慕う誰もが彼女への劣情を孕んでいる矛盾した物なのよ。」


「エレナに思いを寄せるあまり、エレナの言うがままに禁欲に押し込められているの。」


「ならばそれを解き放てば、恐らく宗教としての高潔な立場に留まる事は不可能よ。」




リスクが大きすぎた。


全員でフェティマ教の信者として神殿に紛れ込む。

失敗すればマルテへの信仰が潰えてしまうことは目に見えていた。


「ツキミヤの言うことは分かったよ。」


部外者による自棄にも似た打開策。

口を閉ざす当事者。


口を開いたのは当事者の中でも殊更特殊な境遇に身を置くものだった。


「ミルト...」


「わたしは協力するよ。」


「ずっと逃げてるしか選択肢が無かったわたしに与えられた反撃の機会だ。」


「きっと今なんだろう。マルテ様に信仰を捧げる者として、立ち上がるのは今なんだ。」


「そうだな。俺たちもずっと隠れて来た。見知った顔の奴らが、その内側を別の何かで塗り替えられている時、見てみぬ振りをしてたんだ。」


ミルトが覚悟を決めてから、ヤマモトもそうなるまで時間はかからなかった。


誰しもが反撃の機会は待っていたんだろう。


「ヤマモトさん、ここには今何人いるのかしら?」


「30...いや、20とちょっと位だ。」


「分かったわ。わたしが信者の礼服は用意するわ。」


「その間に皆さんには、出来るだけたくさんの麻をここに運び込んでほしいの。」


「どこにあるんだ?」


「フェティマ教総本山のお膝元...正確には膝裏かしら。」


「塔の裏手に群生しているのよ。それをありったけ持ってきて頂戴。」


「それと、ヤマモトさん。貴方に特別な頼み事があるのよ。」


「...?。」








「お前から爆弾を作ってくれ、なんて頼まれた時はろくでもない事考えてるな、って思ったけどよ。」


「まさか自分の仲間に使うとはな...やっぱりろくでもないことだったな。」


「仕方ないでしょ。保険よ保険。」


リンネはエレナに絡み付いたまま離れない。


エレナの礼服も又リンネから漏れた催淫剤によって濡れていた。


「あなたがわたしに情報を渡す、なんて甘い罠を張った理由。それは、私達を恋に落とす事だった...そうよね?」


「会話という行為であればどんな間柄でも近づかなければ成立しない。そして、あなたの恩恵は近づくほどに効果が増す。」


「私があなたの術中に嵌まる為の時間稼ぎだったのよね。」


「近づくほどに強いのであれば、いくら外側で波を乱しても貴方に近づけば波は戻ってしまう。」




「まあ、魅了の魔術っていうこの世界特有の概念よ。わたしはあんまり理解してない。」


「はあっ!?散々御託並べて何ですか!?」


「だからわたしはあくまでも、わたしの世界の知識で戦うわ。」


「リンネの服に備え付けた爆弾。この中身は媚薬よ。」


「び、媚薬...?」


「チャームとかなんとか知ったこっちゃ無いのよ。」


「麻薬で理性を飛ばされた信者にとって、媚薬を全身に浴びたリンネはどう足掻いても性の捌け口よ。」


「エレナさん?そのエルフの近くにいたら、あなたも巻き添えを食らっちゃうかもね?」


「はっ...ははっ...なんなのよこいつ!ずっと私を掴んで離さない!!」


神殿は異常な雰囲気に包まれていた。

中心には絡み合う女が二人。


そして高らかに声をあげ、さも鬼の首を取ったかのような語り口調の女。


厳粛な儀式とはかけ離れた世界だった。



信者は席に座ったまま見つめ続けていたが、心の内では情動に支配されていた。


決壊寸前のダム、と言ったところだろう。

一度タガが外れれば止まる事はない。


「咲、早くここから逃げよう。もういつ暴動が起きてもおかしくない状態だ。」


いつの間にか隣には速水が立っていた。

目を覚まさないビーチュを背負いながらも、彼には疲労の色が見えない。


「そうね、さっさと終わらせましょう。」


「こちらには、マルテの剣、麻薬、不死身の男速水俊一がいるわ。」


「あなたの能力は完全に看破され、無力化も可能。」


「そんな中、貴方は今人間として最大の屈辱を被ろうとしているわ。」


「だから提案よ。」


「はあっはあっ...何ですか?」


「あなたの手でフェティマ教という組織を終わらせなさい。リディニアを、かつてマルテ教の信者が営んでいた形に戻すのよ。」


「で、いいのよね?」


「ああ、俺とビーチュの目的はそれであってる。」






「...ふふっふふふふ。」


「私の恩恵が効かない人間、そんなものが居ても全然問題無いのよ。」


「塔の裏に群生する麻、あれは私が育てさせた物なのよ。」


咲の背筋には悪寒が走った。

エレナの眼はまだ死んでいない。


対抗策を講じられ、為す術が無くなった者の瞳ではない。


「リディニアの...裏市場。あそこはマルテの人間のサンクチュアリじゃ無いのよ。」


「あくまでも私の管轄下。行き場の無い者達を溜め込む家畜小屋なのよ。」


「あそこの信者は私の恩恵が効かなかったのよ。」


「だからね、まとめて管理して実験に使わせてもらったの。」


「実験って...何をしたのよ。」


「許容範囲量を軽く越える薬物の過剰摂取とか。痛みと恐怖と劣情が共存するのかどうかとか、ね。」



「どうすれば私の恩恵に嵌まってくれるのか、そういうのを試して分かったわ。」



「私の恩恵が効果をなさない人間がこの世界には居たのよ。私が渡された恩恵は欠陥品だったわけ。」



「恋の病が欠陥品?」


「女神にそれを問い詰めたらね...申し訳無さそうな顔をしながら強化してくれるって言ったのよ!!」


「でもね~、丸切り違う訳じゃないのよ。むしろ発動起点が異なるだけの別物よ。」


「リンネ!!押さえ込み続けなさい!!」


「あら?月宮さんは何か怖がっているのかしら?」


恩恵の強化。

そんな可能性は考え付く訳がなかった。


状況は変わらない。

目の前の教祖は未だ恥辱に埋もれる一歩手前のはず。


「月宮さん...本当に惜しかったわ。無知だと思いきや色々当ててくるんですもの。」


「でも本当に考慮すべきところは見ていないわね。残念残念。」


エレナの表情は再び余裕に満ち溢れていた。


「裏市場の商品わね、全てフェティマで管理してたのよ。」


「は...?」


「女神!!どうせ見ているんでしょう!?」


「恩恵...返還...第二の恩恵を発露...。」




「何一人で喋ってんのよ!」


「さあ!惑い迷う信者共よ!今こそ真理への扉が開くわ!」


「ツキミヤ!!なんだか信者の様子がおかしい!!」


「それに!燻した薬の効果がなくなってる!!」


ミルトが叫んだことで初めて気がついた。

辺りに漂っていた筈の不快な蜜の臭いは消え失せていた。


欲望に支配されていた筈の信者には、先ほどまでの様子はうかがえない。


むしろ、欲望というよりも何か違うものに支配されている、そう表現した方が正しいかもしれない。


「何...これが強化された恩恵...?なんなのよ...!」


神殿の内部は悲痛な声で満たされた。

四方八方、あらゆる所から苦痛に歪んだうめき声が聞こえる。


厳粛な祭儀の場は、野戦病棟かのような惨たらしい惨事の舞台へと姿を変えた。


誰しもが瞳を押さえてうずくまる。


「はあ、離しなさいよ!」


意識が無いのだろう。

エレナは容易くリンネを引き剥がす。


「もう二度と情動なんかに支配させないわ!!」


「ああ、だって...そうよ!!これから先、あなた達を救い、管理するのは隻眼の女王たるこの私なんだもの!!」


「隻眼の...女王...?」


物語はまだ終わらない。


片目に眼帯を掛けた隻眼の女は諦めない。











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