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もう一つのリディニア

昨晩リンネを連れ出しヤマモトの元を訪れてから半日が経過していた。


実行日前夜、以前としてビーチュから計画の具体案は知らされていない。


ビーチュの思惑通りに事が運ぶのであれば何の脅威も無いのだ。


ただ、彼女の計算外が起きた際に私が持っておくべき打開策は必要だ。


「ヤマモトさんが呼んでましたよ。」


リンネの掛け声に頭を現実に戻す。


「すぐ行くわ。」


万全の安心感が在るわけではない。

残念ながら一抹の不安感は在ってしまう。


ビーチュの様な自信が私にもあれば良かったのにと心から思う。


結果的にみれば、ミルト、ヤマモト、リンネ...彼らを私の打開策に乗らせてしまった。


想定外の事態が起きて私の打開策が機能しなかった時、彼らの生活はここで終わってしまいかねない。


「何考えてるんだかな。やめよ。」


ヤマモトの居る部屋の扉を開く。

なんとも言えない高揚が、身体を満たした。








翌日AM5:00


「誰かと思ったら月宮とリンネか。丁度良いときに来たな。」


少し仮眠をとってからビーチュと速水の部屋を訪れた。


「私とリンネと速水がカチコムって話だったけど。時間も何も知らされてないから聞きにきたの。」


「ビーチュが今から計画の全体像を話してくれるそうだ。」


じゃあ知らせてよ


心で踏みとどめたが正当な主張だろう。

偶然来なければどのように伝える手筈だったのだろう。


部屋に入ると大きな机に設計図の様なものが開かれていた。

一際デカイ筈の机からもはみ出す設計図...バベルの内部だろうか。


ビーチュは一心不乱に内部を見つめていた。


「おはよう。」


「ちょこまか動いてたみたいだけど、そっちは万全?」


顔を上げずに抑揚の無い声でビーチュは語りかける。

出会った初日にビーチュは情報収集が得意、と速水が言っていた事を思い出した。


「私の方なんて気にしなくて良いわよ。ビーチュの方針に従うから。」


「そ、じゃあ計画を話すわね。」


「神殿で行われる儀式は日の出と共に行われるそうよ。」


窓の外に目を向ける。

あと一時間もすれば儀式は始まるだろう。


「この一週間でリディニアに集まったフェティマ信者は昨日の深夜からバベルに集まっていて、既に大半が神殿まで登り終わったみたい。」


「あなた達三人は、今からこの塔を頂上まで登ってもらうわ。」


「と言っても外周をちんたら走り登る訳じゃない。」


「バベルに入るとすぐに関所があるわ。そのすぐ脇に事務局があるのだけど。」


「事務局からバベルの内側に入れるわ。」


「内部に入ったら目指すのは頂上から最下層までを数分で行き来する直通エレベーターよ。」


「エレベーター!?」


驚きのあまりビーチュの口を遮ってしまった。

女王は不満を顔に表した。


「ここは魔力が物を言う世界よ?そんな先進の技術が既に実用化されていてもおかしくないわ。」


「内部構造は蟻の巣みたいに複雑だけど安心して、私がここからナビゲートするわ。」


「エレベーターは神殿の裏側に繋がってるの。でも、そこからじゃ表舞台には顔を出せない。」


「一度連絡通路を回ってから、神殿の正面に出てもらう必要があるわ。」


「そこからは貴方達三人の仕事よ。」


「恐らく神殿の中心に置かれた祭儀の供え物に、教祖の言う奇跡の石がある筈よ。」


「それを潰せばフェティマの洗脳は解ける。」


「ただ、洗脳が解けるまではフェティマ教の信者は貴方達に抵抗するでしょうね。」


「凡そ都市一つ分、もしくはそれ以上の人口が相手よ。」


「一番ベストなのは潜入がバレない事だけど...神殿に近づいた時点でバレると思うわ。」


「それと、日が昇った時点で神殿の扉は閉じるそうよ。」


「奇跡の石で制御されていてね、神殿に入れなければ失敗よ。」


「じゃあ一度神殿に突入したら石を壊すまでは出られない訳ね。」


「そういうことよ。」


「何か質問はあるかしら?」


無いわ、そう言う前に会議は離散した。

速水は無言で部屋に戻り、ビーチュは再び内部図面に視線を戻した。


ビーチュがエレナの恩恵を洗脳だと気づいていた事は想定外だった。


考えてみれば一年もフェティマ教瓦解を目論んでいたのだ。

恩恵に気づいていても不思議ではない。


決して自分だけが気づいたのだと傲慢になった訳ではない。

本当に、いや、ちょっとはそうだったかもしれない。


洗脳と気がついた時点で次の疑問が起こる。


一体何が起点となっているのか、だ。


彼女はエレナがどのように宗派を勃興したのか経歴を調べ、奇跡の石がそうなのだと結論付けたのだろう。



今自分で推測したことは別になんの引っ掛かりも持たない筈だ。

しかし、何故だろう。


致命的な欠陥を見落としている気がした。


「うーん...?」


「準備は終わったのか?」


「ええ、大丈夫よ。お色直しするために部屋に戻ったの?」


いつの間にか速水が後ろにたっていた。

彼の装いはいつもの小汚ないパーカーではなかった。


「これから戦闘になるかもしれんしな、俺と相性良い装備に変えたんだ。」


「そういうお前はヒラヒラしたドレスで構わないのか?」


「私の事は気にしなくて良いのよ。ドレスじゃないと気構えできないの。」


アタッシュケースから出せる服がドレスだけなのだ。


「行こうか。急がないと日が昇っちまう。」


速水の一声を皮切りに、三人はバベルへと向かった。





AM5:28


「リンネ、調子はどう?」


「ははは...咲さんのお陰でなんとも無いですよ...」


「ここの脇だったよな?


念のため馬車を使わずに徒歩でバベルの塔までの道程を過ごした。

杞憂であったようだ。


今まで歩いた中でも、バベルの塔の関所付近にも全く人の気配は感じられない。


事務所にすら人影はなく。

内部へ通じる扉に鍵は掛かっていない。


「開けるぞ。」


塔の内部は表の前近代的なデザインと異なり、現代的な色合いで調和の取れた螺旋状に最上階まで吹き抜け構造であった。


中心にはほっそりと伸びるエレベーターが見える。


「聞こえる?」


甘ったるい声がした。


速水の手には通信機の様な道具がある。


「電波は届くみたいだな。聞こえるぞ。」


「そう、良かった。」


「今は事務所から内部に通じる扉のすぐそこね?」


電波...無線機の様なものだろう。

確かにビーチュの声は少し電子染みていて、時おりノイズが邪魔をしている。


「そこは第一階層ね。エレベーターに乗るには第二階層まで昇らないといけないの。」


「道が平坦に見えるでしょうけど実は微弱に傾いてるわ。」


「私の指示に従えば自ずと第二階層に上がれるわ。」


「まずは事務所の扉を背にした状態で右に進んで。」




「次は...二番めの角を左。」


誰も喋らなかった。

ひたすら通信機から発せられる音だけが響く。


「しばらくは道なりよ。診療所が見えたらその角を左。」


歩いてみてわかった。


塔の内部は一つの街なのだ。


居住区だけかと思えばそうではない。

道が整備されていて元の世界でみた信号機が置かれている。


交番に服屋に定食屋。


「診療所の角を抜けたら次は右よ、ここから裏道に入っていくわ。」


しかし、完全なオリジナルな訳ではない。

道の作りはどこかで見た覚えがあった。


「リディニアに似てる...この裏道の先は広場だった。」


リンネも悟ったようだ。


バベルの内部はリディニアの都市設計をエレナの技術で改変したものだ。


「速水...聞こえる?」


「おう、聞こえるぞ。どうした?」


久し振りにナビゲートではない会話がビーチュから投げられた。

その声は何かから隠れるかのように細々としていた。


「階下が騒がしい。思い過ごしかもしれないけどフェティマの信者かも。」


「潜伏がバレたのか?」


「わからない。でも、少し急いで...捕まったら情報を送れなくなるわ。」


「次は左...。」


ビーチュの案内にしたがって塔の内部を左右と曲がり続けて進む。

すっかり方向感覚は失われてしまった。


「しばらくまっすぐよ。」


診療所などのキーワードが最早伝達されない。

完全な居住区まで歩を進めたようだ。


「やっぱり...あいつら、一部屋づつ調べていってるみたい。」


「いくら最上階と言えどいつかは見つかるわね...」


ビーチュの声色は先程よりも緊張を含んでいた。






「次は...」


「次は...?次はどっちに進めばいい、ビーチュ。」


返答は無い。


「今この部屋の扉の前を誰かが通ったわ...。」


「次は左...もう少し、もう少しなのよ...!」


彼女の声は通信機を越えて緊張を伝播させる程だった。


蜘蛛の糸を手繰り寄せる様に、彼女の声だけを頼りに入り組んだ裏道を進む。


「次の角を...ガダン!!」


明らかに彼女の声ではない物音がした。


「ビーチュ!どうした!大丈夫なのか!?」


「ええ...こっちは大丈夫...でももう時間が無いみたい。」


「あいつら、扉を強引に開けてきたわ...私は今ベッドの下...」


「次の角を左...。」


「あとはもうガチャ...ひっ...」


彼女が息を飲んだ音が聞こえる。

信者が彼女の隠れた部屋まで入ってきたのだろうか?


速水はビーチュの安否を確認できないまま、通信機の前で佇む。


「今...すぐ近くを歩いてるわ...鉈を持ってる...」


「これが最後よ.....に..んで...」


「見つけたぞ!!!」


通信機からは今まで聞いたことのない低い男の声がした。


「だ..どう!!...せい..う...よ!!...ザーザー。」


「ビーチュ!!ビーチュ!?」


速水の呼び掛けに応じる声は無い。


「不味いな...最後は聞こえなかったぞ。」


蜘蛛の糸がプツリと切れてしまった。


「どうする?がむしゃらに進んでみる?」


「それで余計迷ったらどうするんだ?時間がないんだぞ?」


「ここで止まってるよりは良いじゃない。」


「ヒントがある筈です。ビーチュさんが最後に残した言葉、それg何なのか分かればエレベーターにたどり着けます。」


「ほとんど聞こえなかったじゃない。だ...なんとかだったきがする。」


「騒音でほとんど掻き消されてましたからね。でも、なんとか思いださないと...」


道半ばにして行き先を指し示す灯火は潰えてしまった。

残ったのは最早その姿すらままならない燃えカスのみ。


「だ...だ...だ...だって何よ...」


焦燥が心ををつかんで離さない。

刻一刻と時間切れは近づく。


ふと、顔をあげる。


「あれ?この道知ってるわ。」


「この道を知ってる?」


「ええ、周囲の景色は違うけど...この道幅とか、奥に見える道の形が見たことあるわ。」


「いつだったかな...」


「それ私も一緒に居たときですか?」


リンネの問いに答えようと後ろを振り返る。




その瞬間、いつか見た景色と完全に一致した。


「そうか...ここはリディニアの模倣図...それならエレベーターがある場所は!!」


「おい咲!どこにいくんだ!?」


夢中で道を進む。

行き先は一度見ている。


間違える事はない。


「こっちは、違う..こっちだ...」


「咲!一体どこにいくんだ...って、ここは...」


「そうよね、リディニアの都市設計をそのまま移してるけどここはフェティマ教の内部だもの。」


「マルテ教の聖地...[大聖堂]があるわけ無いわ!!」


あの裏道は大聖堂に行く途中、リンネと共に歩いた場所だった。


リディニアでは大聖堂があったそこには、大階段の先にそびえ立つエレベーターが置かれていた。


「ビーチュが気になるけど、今は神殿に行くのが先決だ。」


「石を壊すぞ。」


「...ええ、行きましょう!」


リンネは一際力を込めて速水へと言葉を返す。


月宮咲は...前えと歩を進める二人の背中を見据えていた。

























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