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揺らぐ心

「咲さん!何ボーッとしてるんですか!?」


「ああ...ごめんなさい。ちょっと考え事してたの。」


「それって、さっき教祖が口にしたキョウジンツキミヤが関わってるんですか?」


翻訳が対応していないのだろう。

リンネの語る言葉は、少しカタコト染みていた。


「あれは...まあ、気にしなくていいわよ。」


「...?。」


「それよりもマルテの剣とやらを探そうじゃない。私の目的はこっちなのよ。」


文献によれば、女神マルテはあらゆる攻撃を退ける人類の味方と記されていた。


であれば、この大聖堂に納められたという剣も退魔の加護を宿している可能性は棄却できない。


人々を支配するエレナの恩恵が魅了の魔術だと推察された今、その加護にあやかる事は当然の行為である。


マルテの剣はチャームの魔法などという夢やファンタジーが存在するからこそ、この世界に踏みとどまるダブルスポイラーなのだから。



「剣っぽいものと言えば、正面に突き刺さったあれですかね。」


そう言ってリンネが指差す先には聖堂の床に突き刺さり天井へと気張ったものがそこにあった。






近づいてみるとそれは、柄の部分が天井を向き剣先から半分ほどの刃が床に突き刺さっていた。


「ええ...こんな...ええ?もうちょっと、ええ...?」


リンネはひたすら困惑の様相を呈していた。


かつて読んだ冒険小説に描かれるような剣が目の前にある。

回りが森の奥地であればなおさらそのような感覚を持つだろう。


しかし、この剣にはそのような品格を感じさせない。

神話にある剣の扱いではないのだ。


剣があったのでなんの理由もなく床に突き刺しました、という残念な雰囲気をもたらしているのだ。


こう...なにか惜しい、なにか一つ足りない、そういった煩わしさがそこにあった。


「エルフの本国だったらちゃんと神殿があるんですけどね...」


「この剣も聖堂にあるから同じね。」


「...引っこ抜くか。」


「え?いいんですか?こんな扱いですけど、多分この剣抜いたらマルテの加護が弱まりますよ。」


「いいんだよ。私はこの世界の人間じゃないからマルテの加護も受けらんないし。それに、」


「それに?」


「もうこの女神を信仰してるのなんてほんの一握りなんだから、抜いたって誰も怒りゃしないわよ。」


「今はフェティマ様...ですもんね。」


剣の前で身を屈め、突き刺された床に触れる。


「..硬度計測。構成物質検討...解析。」


「今度は何をぶつぶつ言ってるんですか?座ってたって剣は抜けませんよ?」


後ろに立っていたリンネは一歩踏み出すと、その両手を柄に掛けて力を込める。


「んっ!!...あれ?抜けない...。」


「材料推測終了。」


「力込めて引き抜けるんなら苦労しないわよ。」


「でもマルテの加護って言うの?それがこの領土に根深く張り巡らしてるなら引き抜くなんて無理な話だと思ってね。」


「じゃあどうやって引き抜くんですか?」


「引き抜くのは止めにしたわ。」


「製造。」


咲の傍らに灰色の岩石が積もる。


そして支えを失った剣は、突如として生まれた陥没に身を預け小気味良い音を立てて横たわった。


「...え?」


「私も驚いたんだけどね。この聖堂の構成物質は大理石...おそらく天然のものをここまで仕上げたのね。」


「たしかに剣の回りを掘れば物理的には引き抜けますけど...まさか神話の剣もそうだなんて。」


どうやら互いに驚いた事柄は異なるようだ。


「リンネ、ちょっとこれ持ってみてよ。」


頷いたエルフの姫はマルテの剣を手に取る。


人類に肩入れした女神の遺品を他種族が手にしても良いのか、という疑念はすぐに払拭された。


「んー?特に何も感じないですね。」


「紛い物なんじゃないですか?神話の剣があんな無造作にぶっ刺さってるだけだとは考えられないですし。」


「それもそうね、一通り大聖堂でも見て回りましょうか。」


首をかしげて剣を持つリンネに変化はない。

低いオルガン染みた音はいまだに辺りをならしている。


入り口に向かおうとすると小さな人影が見えた。


「あ、ツキミヤとリンネ!!」


幼げな声に似合わず齢は16で成人済みの獣人、ミルトだった。


「あ、ミルトちゃん!!」


リンネは頬を緩めてミルトの方へと向かった。


しかしリンネの姿をはっきりと目に写したミルトは頬をひきつらせた。


「え...その剣って...。」


「女神マルテ様の剣よ。」


「引き抜いたのか!?マルテ様の剣を!?現存する人類の遺産を!?」


「何をそんなに驚いてるのよ。私は転移者なのよ?伝説の剣を引き抜いたっておかしくないわ。」


「なんのために!?」


耳をつんざく嫌な声だ。

この聖堂は音がよく反響するのだろう、頭がいたい。


「マルテの信者が怒ってるからちゃんと説明してあげてリンネ。」


「めんどくさくなって丸投げしましたね...嫌ですよ。引き抜いたのは咲さんでしょう?」


咲を睨み付けて露骨に嫌な顔をしていた。


「...なるほどね。」


「お前がどんなことをしたのかわかってるのか?剣を引き抜くってことは加護が薄まるって事なんだぞ?」


「ずっと譲り受ける訳じゃないのよ。用事が終わったらもう一回ぶっ刺しとくから、ね?」


「ミルトは何しに来たのよ?」


会話の話題をずらす。

ここでミルトと会ってしまったのは誤算だった。


「わたしはマルテ様に会いに来たんだ。獣人はリディニアに滅多にこれないから、こんな時でもないとね...」


「獣人って迫害でもされてるの?」


「ああ...はは、獣族と人のハーフってどっちつかずだからさ好まれないんだよね。」


「亜人っていうの?そのなかで民族として認められてるのなんてリンネみたいな森人(エルフ)だけなんだよ。」


「ここで暮らして五年になるけど全然知らなかったわ...」


「って事は、今でさえマルテの人間はフェティマ教に迫害されてるって言われてるけど。」


「マルテの人間、リディニアの人々は獣人を迫害していた...って事ですよね。」


「あら?エルフのお姫様はマルテ教の人間をフェティマから救いたかったのよね?」


「でもミルトの話を聞くに、フェティマを瓦解させても獣人のマルテ信者は救えるとは限らないみたいねえ?」


「なんか咲さん楽しそうですね。」


「薄々気づいてたけどツキミヤって少し人間性に問題があるよね。今ので確信したわ。」








「もう暗いけど大丈夫?一人で帰れる?」


「おい子供扱いするなよ、ちゃんと帰れるよ。」


「帰れるって言っても...もう帰る家なんて無いんだけどな...」


俯くミルトの顔は見れなかった。

夕暮れの暗闇が深いせいだろう。


聖堂の大階段を降りたミルトは道端の黒服に声を掛けた。


「なんだ、ヤマモトの部下を連れてたのね。ちょっと安心。」


「えっ!?」


「えっ!?ってなんだよ。私だってそういう配慮くらいできるわよ。」


ミルトに薄い言葉の毒を刺されてから私達三人は聖堂を見て回った。


教会のような広場だけでなく人類側の神話を模した絵画展に残された文献など、文化的な品物を総合的に展示した博物館のようであった。


人類史の博物館、とでも言った方がよいのだろう。

マルテの剣と思わしきものは先程引き抜いたあれしかなかったが。


凡そ半日程掛けてすべてを巡る事が出来た。

それほどの時間ミルトと共に居たのだ。


最初は遠慮がちだったものの、ポツリポツリと彼女の置かれた境遇を話してくれた。


「フェティマ教を瓦解させたら全部解決すると思ったんです。」


「教祖に洗脳されたマルテの信者は開放されてリディニアは元通り。」


「元通りにはなるでしょうね。実際今ってマルテ教がフェティマ教に改名したようなものだから。」


「でも、元通りになるならミルトちゃん達獣人は迫害されたままなんですよね。」


「他教のフェティマか同教のマルテの違いだけ。酷さで言えばフェティマの方が軽いらしいし、リディニアに来れるだけ今の状況は良いって言ってたけど。」


軽い迫害と言っても普通は耐えうる物ではない。

ミルトら獣人はリディニアと獣族の領土境界線の森に住んでいたそうだ。


しかし、今そこには天を穿つ塔がそびえたっている。


フェティマ教による最初の迫害は住居から追い出される事だった。


ミルトとその姉はリディニアの裏路地でひっそりと数年間暮らしてきたというのだ。


ろくな食べ物もなく衛生環境は最悪な、マルテの人間に見つかれば無事では済まない境遇で。


「私達が救うべきは誰なんでしょうか...?」


リンネは自信の動機に揺らぎを感じているようだった。





「思うんだけどね。私達が洗脳って言葉を使ってるけど、実際は魅了って手段な訳でしょ?」


「マルテの信者は強引に改宗させられた訳じゃなくて自らそれを望んだ。」


「エレナの魅了は、今は都市を一つ覆う範囲だけどいずれ大陸中すべてを覆う可能性もある。」


「何が言いたいんですか?」


「どうせ全員フェティマに改宗するなら、不幸を引き受ける人間は居なくなるでしょう?」


「手を退くのもいいんじゃないかと思ってね。別に誰も責めやしないわよ。」


「ええ....?いや、それは...」


そう誰も責める事はない。

自分以外は。


「もしも...手を引いた事で状況がさらに悪化したとしても、それはリンネのせいじゃないわよ。」


こんな事を言っても彼女の性格上無駄な事はわかっている。

それでも退くという選択肢も推奨するべきだと思った。




「咲さんはどうなんですか?」


しばしの沈黙のあと、リンネは切り返してきた。


「私は最初から決まってるわよ。」


「リンネの判断に付き従うだけよ。」


「やっぱり...あくまでも私に協力って形を取りたいんですね...。」


リンネにとってみれば、選択という責任を押し付けられた、と感じる事は無理もない。


「元いた世界じゃ人間って身内の事以外は無関心なのよ。」


「だから私もマルテの信者には無関心だったの。」


「でも、あなたが彼らを救いたいって言うからその無関心を止めたわ。」


「選択の責任を取りたくないからリンネに従う訳じゃないの。」


「私はリンネの判断を、無関心を止めて問題に介入するための動機にしてるの。」


「五年も一緒にいるのよ。一蓮托生よ、お姫様。」




「まだ迷っているようね、リンネ。」


聖堂からホテルへの帰り道でリンネは一言も話さなかった。

因みに私はかつて訪れた怪しげな店に赴き、再びガロンサイズの媚薬を購入した。


ビーチュからもらった金で。


「これから言うことがあなたの心底に響くか分からないけど...まあ聞き流してよ。」


外国の柔軟剤のような容器に入った媚薬を机に、その隣にアタッシュケースを置く。


「私の居た世界じゃ人間ってのは基本的に身内以外に無関心って言ったわよね。」


「ええ、だから咲さんもそうだと。」


「私から見ればね、リンネみたいに積極的に関わって行く人って本当に凄いのよ。」


「手を差し伸べるって行為自体が凄まじい事なのよ。」


「咲さんが誉めるなんて火山でも噴火するんじゃないですか?」


「お、おう...リンネがそれを言うのね。」


「話を続けるけど、手を差し伸べたからって全部に責任を取る必要はないと思うの。」


「フェティマ教を瓦解させるのが私達が負える事、マルテの内部事情なんてマルテ自身で解決すべき事だわ。」


「それでもミルト達も救いたいならフェティマが瓦解してから考えるべき事よ。」


「まあ、そうですよね。フェティマ教が無くなってからの事なんて今考えても仕方ないですよね。」







「今はフェティマ教を潰しましょう。」


「今は、ってことは...」


「ええ、その後にミルトちゃん達も助けるんですよ。私はなんてたって姫ですから、弱きを見捨てる訳にはいきません。」


「はは、本当に欲張りなお姫様だこと。」


「そんな事言って...私の想像に過ぎませんが、恐らく咲さんは何かしら考えがあるのではありませんか?」


「あら、良くわかってるじゃない。じゃあ話は早いわね。」


ベッドに腰かけるリンネへと近づき、その姿態を見下ろす。


「体張って貰うわよ。まあ、お姫様なんだからそんなの容易いわよね。」


「え...?まさか...え...?」


「ヤマモトの所に行くわよ。時間がないわ。」


腕を休める暇はない。

リンネがフェティマを潰すことに天秤を傾けた今、私が躊躇う必要はなくなった。


恐らくヤマモトの返答次第ではパズルのピースは全て集まるはずだ。





















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