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灰色のトリニタリアン

本来リディニアを訪れた目的は、近場にいた転移者:エレナ・フィッシャーを尋ね、エルフ絶滅の起因である災害の転移者を探す事だった。


結局災害の転移者は不明なままなので、咲とリンネにとってはもうリディニアに用は無い。


それでもリディニアに滞在しているの理由は、リンネがマルテの人間を助けたい、と思う一心からであった。


「フェティマ教はマルテ教を迫害、もしくはフェティマ教に鞍替えさせた。」とビーチュは言った。


それを聞いたリンネはミルトの事もあって、マルテ教の人間に情を動かしてしまった。


咲がリディニアに残った理由は、リンネの願いを叶える事、引いてはビーチュに協力しマルテの人間を救うことにある。


この目的の達成は、フェティマの瓦解が最も近道だろう。


しかし、速水曰く「一年瓦解を画策したが全て失敗に終わった。」と言っていた。


それなのに、自らを参謀と自称するビーチュが未だにその近道辿ろうとする理由はなんなのだろうか。


そして、マルテの人間を救う事を本願とするリンネが

「フェティマ側につくべき」と言ったのは何故か。


自らの信仰の聖地を乗っ取られたマルテ教の人間が反旗を翻さない原因はなんなのだろうか。



私は、無関心を止める事にした。






コンコン


ドアをノックすると軽い音が響く。


リディニアの管轄権を奪われた組合は、リディニアから少し離れた所に隠れ家を設けたのだろう。


簡素な作りの六回建ての建築物、筋物の人間が身を隠すような事務所がココだ。


下の階にいた黒服曰く、ヤマモトは最上階の部屋でいつも仕事をしているそうだ。


彼も彼なりに画策しているのだろう。


「入っていいぞ。」


くぐもった声が扉の向こう側から聞こえる。


「製造。」


咲の前に佇んでいた高さ2.3m、幅3.0mの両開きの扉は消え失せた。


代わりに咲の横に木材の山ができていた。


開けた部屋には、木材を基調とした家具に囲まれ男が一人腰掛け椅子に身体を預けながらテーブルに向かって事務をこなしている。


「月宮か。直しとけよ、それ。」


室内でもサングラスを掛けた白いスーツの男は、何かの書類に目を通したまま咲へ告げた。



「もちろんよ。」


「それで、聞きたいことがあるんだけど。」


「俺に答えられるものにしてくれよ。フェティマに関する情報はお前の方が知ってるぞ。」


「そっちのことじゃない。マルテ教の事よ。」


男は書類から咲の方に目を移すと、サングラス越しに彼女を見つめた。


「リディニアは、女神マルテが最後に守った地として神話に残っていたわ。」


「ビーチュによれば、その神話もあってかここじゃ信仰が一際厚いとか。」


「まあ、そうだな。」


「もしかしてヤマモトさんもマルテ教の信者だったりする?」


「言って無かったか?ここの事務所にいる奴は全員マルテの人間だぞ。」


「あと、お前が昏倒させた奴らもマルテの人間だ。」


死屍累々の広場が目に浮かぶ。

咲は、その贖罪としてフェティマの総本山に潜りこまなくてはいけなくなったのだ。


「さっきのビーチュが言っていたんだけど、フェティマ教ってマルテ教を迫害して言ったそうなのよ。」


「ここで思ったんだけど。」


「マルテの信者の中でも、リディニアから離れたり、そのまま住み続けたり。」


「そういうのは信仰の度合いによって異なるって理由で片付けられるけど。」


「リディニアの組合の長が逃げるって事に、マルテの人間は反対しなかったの?」


組合長という肩書きにどれ程の力があるのかは知らない。

それでも、マルテの根付いたリディニアの管轄権を握る組合長がフェティマの迫害を原因に逃げ出したとあらば。


マルテの代表がフェティマに屈してリディニアを投げ出した、と思われても仕方がない。


マルテにとってはリディニアは聖地なのだから、その事実をマルテの信者が黙認するはずがないのだ。


「あなたは、聖地が荒らされてる状況を指を咥えて見ていただけだったの?」



ヤマモトは重い口を開く。

彼は、リディニアが如何にしてフェティマの支配下に陥ったかを語り始めた。




「リディニアから離れた地に、新しい宗教ができた事は耳に入っていた。」



「だが、その時はまさかリディニアが奪われるなんて思いもよらなかったよ。」



「お前が知ってる通り、リディニアは最も女神マルテへの信仰が厚い。改宗なんてしようものなら、二度とリディニアの大地が踏めないくらいな。」


「マルテの信者が改宗したそいつをリディニアに踏み入れさせないって事?」


「そういう事だ。」



「ある意味リディニアのマルテ信者は、お前が俺に向かって言った様に裏家業の人間に近い存在だったんだ。」


「でもしばらくして、リディニアに居た人間が行方不明になる事が増え始めた。」



「すぐさまマルテの人間は、フェティマ...その時はフェティマなんて名乗って無かったが、辺境に住むそいつらが連れ去ってるんだと思った。」


「だから、マルテの中でも一際過激な奴らをフェティマに送った。」



そこでヤマモトは、口をつぐんだ。


「でも...そいつらは戻って来なかった。」


「そこで本腰を入れて、俺は王国に連絡を入れた。」


「俺は商業の管轄だったから、フェティマへの交渉にはまた別の管轄の奴らが行った。」



「結局、交渉向きの管轄の連中は一週間もせずに全員居なくなった。」


「俺の伝達に応じた王国からの部隊も、良い結果どころか全員失踪して終わったと聞いた。」



「リディニアに残ったマルテの人間は、平穏な生活を続けながらも迫る影に怯え始めてた。」



「ある日、初期に行方がわからなくなったと思った奴が帰って来た。」


「白いローブに、白いブローチをつけて店を出し始めたんだ。」


「そいつは俺の幼馴染みでな、店を出したって事もあって俺が出向いたんだ。」


「行方がわからなくなる前と、全く変わってなくてな...その時は涙がでたよ。」


「ただ、一つだけ...たった一つだけ違うとすれば、俺たちと信じる道は違ってたって事だけだ。」


「フェティマに...改宗してたって事?」


「そうだ。そこだけ違ってた。店を出した理由も、フェティマの教祖様の為なんだとよ。」


「楽しげに話すそいつを見て、俺はただ嬉しかった。」


「帰って来たことだけが嬉しかったんだ。」






「翌日、そいつは死んでいた。改宗したことが知れわたったんだろう。」


「店の屋台の上で、顔はきれいに残されたまま...丁寧に血抜きまでされて、解体されてな...」


「100g...13Gで量り売りされてたよ...店主の居ない出店でな...」


「顔は...俺は見れなかった...でも、聞いた話だと...幸せそうな顔をしていたらしい...」


「遺体は...こっそり、俺の部下がフェティマに持って行った。」


「その部下はあまり改宗に関して激しい奴じゃなくてな...フェティマの神を信じてるんだから、フェティマのそこで眠らせてやろうって...」


「そいつも戻って来なかった。」


「改宗したらこうなるって、みんなわかった。でも、行方不明者《フェティマへの改宗者》は減るどころか益々増えた。」


「手がつけられなかった。王国の部隊は送り込まれては失踪するばかり、リディニアの人間は減り続ける。」


「しかも、目に見える形でフェティマ教がマルテの人間を連れ去る事件も起こり始めた。」


「量り売りの復讐だってみんな思ってた。」


ヤマモトは一度深いため息を吐くと、咲の瞳から目線を逸らした。




「お前の質問に答えるには、最初から話した方が良いと思ってな。」


「もう少しだから聞いていてくれ。」


私は首をゆっくりと縦に動かす。





「リディニアに昔の活気は無かった。」


「代わりに辺境のフェティマはどんどん盛り上がりを見せていった。」


「バカデカイ塔も建てていたし、どこから募ったのか...莫大な資金を手にリディニアにも手を伸ばしてきた。」


「マルテの人間に勝ち目は無かった。そのうちリディニアの大通りには、フェティマ教の信者だけが店を出し始めた。」


「リディニアの管轄権を持つのは俺だけだった。」


「他の管轄の奴らは全員消え失せた...だから俺に権限が全部集まったんだ。」



「マルテの信者が一握りになった頃、商業の管轄権を持つ俺はリディニアの大通りに向かった。」







「そこには...昔と変わらないリディニアの姿があった...」


「昔リディニアに住んでいた人間が...全員フェティマ教の信者として店を出していたんだ...」


「全員...見た顔知った顔だった。」


「言い様の無い恐怖が俺の背中を伝ったのが、その時良く分かった。」




「俺は数少ない部下を連れてリディニアから逃げ出したんだ。」


「俺の逃亡を責めるマルテの人間は...もう居なかった。」




「つい最近、王国が大部隊でフェティマへと侵攻すると聞いた。」


「その侵攻は半年も前の出来事だったが、ここには何分新しい情報が入って来なくてな。」


「リディニアに久し振りに顔を出して見たんだ...きっとあの忌まわしい塔は崩れてると思って。」


「そうだとしても大通りは見れなかった。だから、要り組んだ裏路地だけを部下と見て回った。」


「そこは、フェティマ教の迫害から逃れたマルテの人間の拠り所でな。」


「表には流れないブツが出回る市場だった。」


あの広場は、マルテの信者にとって最後につかんだ藁のような場所だったのだろう。


「だがおそらく、裏市場の店主はフェティマの息がかかった人間だろうな。」


「根拠なんてない、直感だ。」



「ま、これが最後になるんだがな。それで裏路地を見回ってたら、広場でたくさんの人がぶっ倒れてるって聞き付けてな。」


「そこで会ったのが...」


「私ってことね。」


「そういうことだ。」


「マルテの人間がぶっ倒れてる惨状を目撃して俺にも火が着いた。」


「お前を連れ去ってフェティマに一矢報いようとしたんだ。」


「私がフェティマの人間なら、情報を引き出せるし...そうでなくても、塔に潜入させて情報が得られる。」


「遠隔の水晶体を着けたのは、どうせ帰って来ないと思ったからだ。ノコノコ帰って来やがったがな。」


「遠隔の水晶体ついでに話すと、お前が教祖から貰ったブローチな。」


「あ、わかったのね!!」


「お前の想像通り、水晶体と同じ類いの物だったよ。」


「やっぱり...あれが[監視カメラ]だったのね。」


「あれ?じゃあ、今もここって筒抜けじゃないの?」


「いや、全く動いてない。」


「何で?」


「全くわからない。遠隔水晶体としてスイッチは入っているようだが、肝心の映しとる機能は作動してない。」


「フェティマ由来の技術が多くてな、今解るのはそんくらいだ。」


今目の前にあるブローチは、電波の届かないテレビっと言ったところだろうか。


エレナはこの世界の技術と恩恵の副産物を掛け合わせたと言っていた。


この世界の技術が遠隔水晶体としての働きなら、あとは写し出す事が恩恵に関わって来るのだろう。


テレビの例で言えば、電波を届かせる事に恩恵が関わっている、ということだ。


「お前そういえばリンネちゃんはどうした?」


「知り合いの医者に預けてるわ。塔から戻ってきても様子がおかしかったから。」


「お前またあの薬飲ませたんじゃないだろうな?」


飲ませた。

エレナと出会った時に、調子が悪そうだったので濃度を薄めに薄めた麻薬の錠剤を服用させた。


思ったことが顔に出ていたのかヤマモトは怪訝な顔をした。


「お前もうちょっと人の事を大事にした方が良いんじゃないのか?」


「す、すみません...」


「最初はお前をマルテ様の使い、だなんて思ったこともあったが真反対の人間だったな。」


「マルテの使い?マルテはもういないから使いもいないでしょ?」


「神話上、マルテ様はリディニアで没したがマルテ様の剣は今も残ってるんだよ。」


「残った剣を守る為に数百年おきに使いがリディニアに降りて来るらしい。」


「残った剣だなんて...バカらしい、あるわけないじゃない。」


「それがあるんだよ。このリディニアに、マルテ様の残した奇跡としてな。」


「は?」


「なんなら見てこいよ。リディニアの大聖堂に残ってるはずだからよ。」


ヤマモトの目は真実を物語っている、という目であった。

信じる、信じないの話ではなく...確実に存在することを知っている目である。



まさか本当にあるのだろうか、神話に残る伝説の剣が。

そこで、大事なことを思い出した。


「ここは...魔法がある世界...私達も、古文書を解読した王様が召喚したんだ...」


科学が支配する元の世界と異なり、魔法が蔓延するこの世界ではあってもおかしくないのだ。


厄災を祓うマルテの剣が。










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