マルテの女
「何を話そうと言うのかしら?」
ビーチュは肘をついたまま語りかけた。
「エレナの恩恵についてよ。」
「はぁ~。」
「そんな露骨に溜め息はかれると困るんだけど。何か不満でもあるの?」
「先ほどあなたが誇らしげに語った成果、今裏が取れたわ。」
「十割本当よ。」
「エレナは嘘をついていなかったのね。」
「あなた、もう少し頭を働かせられなかったの?って言うか、顔を出すだけで情報をくれるなら私が行っておけばよかったわ。」
「頭を働かせろ、だなんてちょっと失礼なんじゃない。」
「だってそうでしょ?私はあなたの情報と同じ物をそこらの信者から得られたのよ?」
「情報には価値があるの。月宮さんが誇らしげに持ってきた情報は微塵も価値がないのよ。」
「じゃあ、ビーチュが行けばもっと有意義にその機会を使えたとでも?」
「もちろんよ。」
「随分自信があるのね。その根拠は?」
「私はこの五年間、この世界の為にずっと働いてきたの。」
「組織の壊滅から人探しまでね。情報に関しては私はプロなの。」
「なるほどね。それなら私の考察位は聞いておいた方がいいんじゃないの?立派な情報よ。」
「私達の目的はフェティマ教の瓦解、若しくは衰退よ。」
「エレナの恩恵がわかればその目的に近づくじゃない。」
「エレナの恩恵がどうだろうと関係ないわ。私はもうプランは組んであるもの。」
「それに、あなたのそれは考察だなんて呼べるのかしら?ただの妄想じゃないの?」
彼女は性悪そうに笑う。
「おい、ビーチュ。煽る必要はないだろ。」
「気にしなくていいわよ、速水。」
「プランを組んでるだなんて仕事が早いわね。是非とも教えて欲しいわね。」
「簡単よ、三日後に神殿に奉られた石を壊す。」
「信仰の拠り所を失ったフェティマ教は衰退。教義の根本を崩されたら、どうしようもないでしょ。」
「元々はエレナが拾った石ころが由来みたいだからね。単純明快なプランでいいじゃない。」
「それで?誰が壊しにいくの?」
「貴方達二人よ、壊すだけならそれでいいでしょ。」
「何か勘違いしてないかしら?」
「はい?」
ビーチュは咲を睨み付け、険悪なムードが部屋を覆う。
「協力するは言ったけど、あなたの手駒になったつもりはないのよ?参謀にでもなったつもり?」
「なったつもりじゃなくて私は参謀なのよ。私の言う通りにすれば計画はうまく行くわ。」
「石を壊すってのは計画じゃなくて目的にしか過ぎないと思うのだけど?」
「あー、うるっさいわねえ。バベルにはあんたとエルフの娘しか入れないのよ。」
「私と速水、それにそこの柄の悪い男に振り分ける仕事はバベルの外側で行うって決めてあるの。」
「私はもう計画完了までの道筋は描き終わってるのよ。後は手駒をその通りに動かすだけなの。」
イラついたようにビーチュは話す。
彼女もまた女神のお告げを聞き入れて、この五年間奔走して来たのだろう。
故に、彼女の中には「経験」という絶対的な信頼があり、フェティマ教の問題は彼女にとって解決したものなのだ。
あとは周りの人員を適切に動かすだけ。
それなのに、「経験」の無い咲が口を出すことに腹を立てているのだ。
余計な事はせず、ただ私の言いなりになれ。
目の前の女王はそう言いたいのだ。
どこを見つめているのかわからない、無関心な瞳で咲は口を開いた。
「わかったわよ。あなたの中で完結してるなら、私がする事もないわ。」
「変に口だして悪かったわね。」
その一言で、ビーチュの顔は安らいだ。
高慢な女王へとその表情を戻した。
「わかってくれて良かったわ。」
「これから私は情報の整理に戻るわ。」
「あなたには必要な折りに指令を出すから、その通りに動いて頂戴。」
淡々と告げる彼女は、執事をその場に残して奥の部屋に戻った。
「月宮、気を悪くしないでくれ。ビーチュはあんな性格だが、実力は本物でな。」
「正確な情報処理に、早すぎる頭の回転。思考という分野において、あいつはこの世界でトップクラスの人間だ。」
「あいつもそれを分かってるから、時折人を見下した態度をするのが欠点だがな。」
「気にしてないから安心して。」
「よかったよ。仲間割れなんてしたら、やっと終わりそうなこの仕事が長引いちまうからな。」
「長引く?ねえ、フェティマ教の衰退っていつから取り組んでるの?」
そう聞かれた速水は苦笑しながら、咲に答える。
「ついさっきビーチュを褒め称えた後でなんだがな、実はリディニアに来たのは一年前なんだ。」
一年前から衰退を画策している。
これが意味するのは
「一年間何もしてこなかったの?」
「いや、違う。何をしても上手く行かなかったんだ。」
「悪評を流しても、フェティマの幹部を失脚させても全く衰退しなかった。」
「それどころか、フェティマ教の確固たる情報を得られたのは今回が初だ。」
「ビーチュはただ石を壊す、ってだけいってたが多分何重にも策を練っている筈だ。」
「お願いだ月宮。これから先何度もビーチュは鼻につく態度を取るだろうが、フェティマ教の問題が終わるまでは耐えてくれ。」
速水は、深々と頭を垂れた。
彼らにとって、一つの大仕事がやっと終わりそうなのだろう。
ビーチュはそれ故に、形振り構えず計画の完遂に尽力する。
彼女を止める事は、計画の失敗に結び付くと速水は考えているのだろう。
速水は、下げた頭をあげると月宮に一瞥をかわしてビーチュの後をおった。
咲はただ、ずっと黙っていた。
「なあ、あの女の子も転移者なんだろ?以外と転移者ってのは一枚岩じゃ無いんだな。」
静寂が支配するスウィートルームで耐えられなくなったヤマモトが沈黙を破った。
「同じなのは生まれた世界だけだからね。」
「ビーチュ...あの転移者は私も含めて割ける人員を駒だとおもってるけれど、あなたはどう思うの?」
「俺たちにとってはフェティマ教が結果的に居なくなってくれればいいんだ、マルテの人間はあの子に付き従うつもりさ。」
「ふーん、そっか。」
「そういえば、エレナから正式な礼服をもらったわよ。」
「なんだ?フェティマの教祖様は至れり尽くせりの大盤振る舞いだな。情報もくれる上に、信仰を誓った信者にしか与えない礼服もくれるだなんて。潜入し放題だな。」
「ん?どうした?このブローチなんて見つめて。」
「監視...カメラ...リディニア、バベルの塔...信者...」
「ヤマモトさん、このブローチって壊れた水晶体みたいなものだったりする?」
「何か気づいたのか?」
「教祖の恩恵がわかるかも...」
「お前今さっき余計な事はするなって怒られたばっかじゃねえか。」
「バレなきゃいいんだよ!それで、解析とかできそう!?」
「少し預かればできそうだな。」
「ただのブローチだと思うぞ?」
「いや、多分あの水晶体と同じようなものよ!」
「わかったわかった。調べるにしても一度事務所に帰らねえと出来ねえ、それにお前からの預かり物もあっただろ。」
アタッシュケースの事だろう。
逃げ出さないよう、担保として取られたが彼らにとっては預った物のようだ。
「ああ、この重たい感覚。丸一日持ってなかったから忘れてたわ。」
「なあ、それなんなんだ?調べてもわからねえし、鍵があるのか開かねえし。」
「王様からもらったのよ。旅のお供としてね。」
「王族からの賜り物だったか...下手に手をだして壊さなくてよかったよ。」
「あ、組長。事務所のスペース貸してくれない?」
「何に使うか知らんが汚すなよ。」
ヤマモトは一人の黒いスーツの男を呼びつけ、咲を案内させた。
たどり着いた部屋には、置いていった獣族の娘が二、三人の柄の悪い男達とおままごとをしていた。
「あ、お構い無く。」
男は咲を睨み付けると、おままごとを続けた。
アタッシュケースを開くと、相も変わらず一枚の大陸が写し出された。
隅にかかれた自身プロフィールは五年前と変わらないままだ。
「王国の図書館にある本程の情報があるっていってたけど、マルテの教義もあったりするのかしら。」
情報の検索機能は初めて使う。
アタッシュケースにはそれほど触れて来なかったからだ。
「マルテ...ああ、あったあった。」
部屋の中央では一般的な家庭を舞台にしたおままごとがおこなわれている。
ヤクザのお嬢に支える三人の従者、が設定のようだ。
「マルテ教...人類神話における、厄災を払う女神マルテを信仰している。」
「この世界は、創世記において十の神がその権威を争って生まれたものとされる。」
「十の神は、この世界の十の種族と手を組み世界の覇権を巡り争った。」
「その中で、女神マルテは最も弱いとされた人類と手を組み人類を守る事に尽力した。」
「マルテは六つの盾と一つの剣を持ち、全ての攻撃を防いだとされ、禍福の運命すら効かなかったとされる。」
「創世記の終盤、七柱の神々による人類を狙った攻撃がリディニアに向けて行われた。」
「マルテは六つの攻撃を防いだが、全ての盾を失い窮地に陥った。」
「しかしマルテ自身の身体を矢面に晒しだしたことで、七つ目の攻撃から人類を守ったとされる。」
「七つ目の攻撃を受けたことでマルテはその身体を失うこととなり、人類を守る神は居なくなったが。」
「リディニアに建てられたマルテの墓に、残された剣を納めたことで人類の地脈全域にマルテの加護が宿り、人類は神々の争乱の中で生き延びたとされている。」
写し出された古文書の最後にはマルテの姿が描かれていた。
「エレナが神話を見れば世界が知れるって言ってたけど、ありがちな神話だったわね。」
「伝説の剣やら、六つの盾やら、あるわけないじゃない...そんなもの。」
「お姉ちゃん声が大きい!今指詰めしてるのよ!!」
「ずっとマルテの神話をボソボソ言って!読むだけにしてよ!」
咲に声をあげたのは獣人の娘だった。
それにしても、指詰めだなんて現実に即しすぎたおままごと設定である。
「指詰めって...あんた今いくつよ...」
「十六よ!!」
彼女は...そうはっきりと言った。
「は?え?十六って...え?」
「年齢でしょ?十六才だよ!」
「あんた身長六歳くらいじゃない。獣人って幼女体型が多いの?」
「失礼ね!確かに私は周りと比べて背が小さかったし、バカにされてたけどちゃんと成人もしてるのよ!」
「じゃあ、今までやってたのっておままごとじゃなくて...」
「ヤマモトさん?が、私にこの人達をつけたの!!でも、この人が私のこと幼子扱いするから指詰めさせてんの!」
ヤマモトも彼女を子供だと思って付き人をつけたのだろう。
「あたしだってすぐ大きくなって、お姉ちゃんみたいに立派になるんだから!!」
「お姉ちゃんは大きいんだ。」
「ヤマモトさんよりも少し大きいよ!」
「ええ、ヤマモトさんって190cm無かったか...?」
横の黒服が情けない声をあげた。
獣人の女性は成人の大人よりも大きいのか。
「お姉ちゃんは190cmあるのにあんたは100cmあるかないかなのねえ!!」
特に意味は無かったが、彼女を思いっきり煽った。
「表出ろ!!人間風情が!!お前の上半身と下半身を分けてやるよ!!」
「あと、私はあんたじゃない!私の名前はミルト・ハーゲンだ!」
猟奇的な思想をさらけ出した後に、彼女は名前を言った。
声の張り上げようの割には、体格がギャップとなってそれほど怖くは無かったが。
「お嬢、やめてください!あなたが怪我でもしたら俺たちがカシラにケジメつけなきゃならなくなります!」
「足は身体につけておきたいんです!」
「やっぱり、ここってそういう組織なのね...」
「マルテ様は争いなんてして欲しく無いんじゃない?」
懇願する黒服を見て、咲はミルトに言った。
その目は慈愛に満ちていた。
「お前が発端なのによく言えたな!マルテ様の名前が出されたら私たちは何もできなくなるじゃない!」
予想通りの反応だった。厄災を払うだけあって、名前を出すだけでミルトの怒りは収まりそうだ。
マルテは人類を守ったとされていたが、獣人も含まれていたのだろうか。
ミルトと黒服はまだ騒がしくしていたが、事の元凶であった咲は騒がしい部屋を後にした。
彼女は、ヤマモトの元に急いだ。




