必要とされない私
「いただきます。」
ふらふらと歩いていた咲は、ワンピースについたポケットに違和感を覚えた。
そこには数枚の金貨が入っており、目についた定食屋で辛うじて食にありついたのだった。
昼時なのか、定食屋には人が溢れておりこの辺りでは人気な店のようだった。
料理の味に言うことはない、しかし
「なんか視線を感じるなあ。」
城で選んだままの服で追い出されたからだろう、平凡な民衆が集まるこの店では、淡い色とは言え咲は異彩を放っていた。
さらに片手にはアタッシュケース、怪しさ満点であったか。
「やあやあ、お嬢さん。一体どちらから来たんだい?」
「ああ?あのどでかい城からよ。」
定食屋の主人が話しかけて来た。
城から来た、と聞いて目を輝かせる。
「ほう!それはまた。お姫様が城下に散歩でも来たのかい?」
「違うわよ。勝手な王様に召喚されたの。」
無視しても良かったのだが、主人からなにかしらの情報を得ようと話に付き合った。
「ってことは異世界転移者って奴か?半年前に大勢召喚されたらしいがな。
あんたも魔王を倒しにいくのか?」
「いいや、行かないの。王様曰く私は戦闘向きじゃないらしいから。」
「なるほどなあ、じゃああんたはこれから何処にいくんだ?」
「何処に行くもなにも、右も左もなにもわからないの。
ねえ、私以外の召喚者って今何してるか知ってる?」
「今は何処にいるんだろうなあ?あんた知ってるか?」
主人は他の客にも尋ねる。
だが、皆口を揃えて知らない、と答えるばかりだった。
ならここにいても仕方ないな、と店を出ようとしたとき。
「いやあ、召喚が成功した当初はな?やれ勇者がどこいっただの、何しただの、何もかも教えられてたんだ。」
「へえ!ならさ、その勇者って最初はどこ行ってたの?」
「そうだなあ、確かギルドに行ってたな。」
「ギルド?この近くにもあるの?」
「まあ、少し歩くけどな。ちょっと待ってな。」
主人は店の奥に引っ込んだ。
ちょっとすると、何かを手に持ち戻って来た。
「王国の地図だよ、ああ~ここが城下町で。」
咲の座る机以上の面積の地図の一部を広げた。
「ここら辺で一番大きいギルドはここだな、冒険都市レミニアのギルドだ。」
「ここからどれくらいかかる?」
「まあ、そうだな。馬車に乗れば10分ちょっとだ、歩きで30分。」
「なるほどね~。馬車ってどうやったら乗れるの?」
「この店を出てすぐ右に運送屋があるからな、レミニアに行きたいっていったら連れていってくれるよ。」
「わかったわ、親切にどうもありがとう。」
「いやいや、こんくらい気にするなよ。」
通貨の価値がわからないので、とりあえず主人に持金を見せてそこから主人に取らせた。
ぼったくられた可能性もあるが、その時はまたこの店に来ようと思った。
料理を食べる為にではないが。
再び重たいアタッシュケースを両手に運送屋の元に進む。一体なにが入っているのだろうか。
そして、ふと思い出す。
「ポケットの貨幣って王様からの餞別かしら?」
使えないとわかるや否や即効で追い出した王様。
報復が怖くて路金程度は掴ませてくれたのかもしれない。
「優し..くない、食事一回で半分無くなってるし明らかに足りないでしょ...」
定食屋からすぐ、とは行かなかったがしばらくすると運送屋らしき店が見えてきた。
「すいませーん、レミニアってところに行きたいんですけど~。」
誰もいない受付に声をかける。
「ハイハイ、レミニアね。」
出てきたのは初老の男性であった。
「ちょうど出る時間だから乗って乗って。」
店の奥へ通された咲が見たものは、大きめの運送馬車であった。
荷台にはすでに何人かがおり、咲が乗ると同時に出発した。
馬車の中で、これからの事を考える。
魔王を倒しにいくとしても、戦争を自分から起こす狂った魔王だ、生きて帰れる保証はない。
そのまえに私がする動機がない、私じゃなくても他の九人がそれを容易く為すだろう。
じゃあスローライフでもするか、と思ってみたが
「でも農業とか建築とか疲れるのやだな。」とそれもやる気が起きなかった。
俊巡を繰り返した結果、ゲームみたいな世界だから好きなことをやろう。と、決めたのだった。
ちょうど、その時にレミニアに到着した。
他の客と同じ通貨を支払い、レミニアの土を踏む。
武装した人間が多く、冒険都市というだけあって都市全体が活気に包まれていた。
ギルドを探している最中に気が付く。
「ねえ、見てみて!私新しいスキルが使える様になったのよ!」
男女二人のパーティだろうか、女は男に見せつけるように手から魔法を放つ。
「そうだ、私もスキル持ってんじゃん。演算処理、だったかな。」
だが、スキルの使い方がわからなかった。
「すいませーん。」
とりあえず、女性に声をかけてみる。
「あら?なにかしら?ここに似合わない服ね~?」
「ははは、城から直接来たので。あの、私ちょっとスキルの使い方がわからないんです。どうすれば、使えるんですか?」
「あははははははは!!ええ!?冗談でしょう?スキルの使い方がわからない?そんなの小学生でも知ってるわよ?」
「ええ、それを知らないので教えて欲しくて。」
「はあ?本当に言ってるの?」
「あなたおかしいわよ?」
見知らぬ人間を出会って数秒でぶち殺したいと思った、スキルの使い方を聞いてなぜ人間性を否定されるのだろうか。
「お姉さんは魔術師とかの職ですか?」
「ええ、そうよ。火炎魔術師の職よ。」
「なるほどなるほど、すみませんね?私はつい最近まで異世界にいたものでこの世界の常識がわからないんです。
異世界転移者って奴ですね。」
ちょっと見栄を張る、この世界では異世界転移者が魔王を倒す旅をしている。
異世界転移者といえば、私の評価もあがってそれはもう頭を下げてスキルの使い方をおしえてく...
「はあ?何ワケわかんない事いってんの?最高峰のスキルを行使するあの九人の勇者様と使い方すら知らないあんたが一緒な分けないでしょ?」
「もう少しまともな嘘つきなさいよ、この木偶の坊。さ、行きましょ。」
本当の事しか話していないのに、嘘吐き呼ばわりされた挙げ句どこかに行ってしまった。
「ちょっとくらい教えくれたっていいじゃん..」
周りの冒険者は宛にせず、ギルドを探す。
一時間ほど歩き周りやっと着いた。
中に入ると、受付嬢が何人もいた。
むさ苦しい防具の中で軽やかなワンピースはここでも目を引くのだろう、その内の一人が声をかけてきた。
「本日はどのような用件で入らしたのですか?新規登録ですか?」
「あ、じゃあその新規登録で。」
「はい、かしこまりました。」
別の窓口に案内され、城で受けたスタンプを押される。
異世界物のテンプレートを想像したが、現実では何も起こらない。
「はい、じゃあここに手をかざして下さい。」
窓口の台に手をかざした。
台に空いた穴から長方形の薄いカードが出された。
「それが、あなたの冒険証書です。では、あなた様の活躍を期待しています。」
事務的に淡々と手続きが終わり、帰りを促される。
「あっあっあっ、ちょっと待ってください。」
「はい、何か?」
不機嫌そうな顔で返す、ギルドの受付はもっと愛想が良いものと思っていた。実際は市役所の受付レベルの愛想である、いやそれよりも酷い。
「あのですね、私は異世界からの転移者でして。スキルの使い方がわからなくてですね。」
「あー、この高いステータスは召喚者の方だからでしたか。
えーと、スキルは演算処理?ですね。」
もうちょっと転移者だと知ってリアクションが欲しいがニコりともしない。
こいつ、表情筋が死んでるんじゃないだろうか。
「まあ、そうですね~。どう使うか具体的に思えば使えますよ。はい、次の方~。」
「待って待って!まだ私の番!次の方はまだ待って。」
「まだ何か?」
表情筋を動かせよ。
「あの、異世界転移者って珍しくないんですか?」
「とても稀少ですよ。」
「でも、お姉さん私が異世界転移者ってわかっても余り驚かれないというか。」
「まあ、適正が非戦闘職でステータスも人より少し高いだけでしたので、以前来た異世界転移者の方と比べるとインパクトが小さかったからですね。」
「前の方はそんなに凄かったんですか?」
「はい、あなたの数十倍はステータスの数値がありましたから。」
「へ、へーなるほどー。」
咲は項垂れていた。
「なんでよ...なんで他の勇者とこんなに差がついてるのよ。
半年遅れた、とかじゃなくスタート地点からおかしいじゃない。」
「スキルも使えたはいいけど、本当に計算能力だけだし。」
「元いた世界でFPSばっかりしてたのがダメだったのかしら...」
「あっちの世界の方が恵まれていたわね。」
「とりあえず、仲間集めにいこ。」
気力は全く無いものの、異世界に来たんだからという動機で魔王の討伐に乗り出した。
しかし、それ仲間を集めて寄生するという理由を隠す動機であった。
パーティ募集の案内を片っ端から受けていく。
だが、
「あ、はじめまして。みなさまのパーティに入れさせて貰いたくて募集を見て来ました。」
面接のように一対一でパーティリーダーと話す。
「俺らはさ、このレミニアでガチでテッペン目指してんだよね。」
「素晴らしい向上心ですね!」
「君は、なにが適正職なの?装備も何もないみたいだけど?」
「あ、えっと製造職です。」
「は?なにそれ?聞いたことないんだけど。」
「非戦闘職に分類されるみたいです。」
「は~、舐めてんの?ウチそういうの必要としてないから。意識低いね、帰っていいよ?」
「はい、すみません...」
「どこのパーティもろくでもないわね!!」
この後もすべてのパーティから咲は「使えない」烙印を押され、ギルドの裏路地で荒れていた。
「製造職の固有スキルは製造って、こんなんでどう魔王を倒せばいいのよ。」
面接中、職業は固有スキルを持つことを聞いた咲は、自身のステータスをもう一度確認した。
このスキルに一縷の望みをかけたもののそれは製造という、名前からして戦闘向きでは無かった。
「これだけ戦闘に向かないなら、スローライフでも送ってみようかしら。」
壁を背に、空を見上げた咲は呟く。