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集まりかけるパズルのピース

「ここがバベルの塔最上部、フェティマの神殿よ。」


エレナを先導に客室を抜けると、塔の内部へと進んだ。


要り組んだ内部をエレナの案内で進むと、螺旋状に昇る路が広がった。


三人は今、その先に建てられた神殿の前にいる。


塔の内部で独自に発達した建築技術は一級品に近かった。

建築的な欠点は数字では見えない、むしろ芸術的に完成しているのだ。



「高度は...3700mくらいかな。風が強い...」


「今リディニアは春のようですよ。まあ、季節の概念があるのか知りませんが。」


「ここは滅多に一般に開かれる事はありません。年に一度の催事だけここに詰め寄ります。」


神殿の大きさは、門構えのそれから演算するとおよそ東京ドーム一つ分である。


「あ、もしかして今ってその催事が近いんじゃない?」


「ええ、あと三日程後にここで執り行います。」


「最も恐らくそれが最後ですけど」


エレナは聞こえないほどの小声で呟いた。

しかし、それは咲の元に届く事はない。


「へえ!参加してみたいですね!!咲さん!」


聞こえていたとしたら、客室からずっとエレナの側に添い続けたエルフの奴隷だろうか。


「あ、何か鐘の音が聞こえません?」


「鐘...?そういえば。」


鳴り続ける風の中で時折垣間見える鐘の音は不思議な音色を奏でていた。


「礼拝の時間ですわ。そこの崖際から広場を見下ろしたら分かるわよ。」


「気を付けてね。落下防止の柵はないから。」


咲は一歩ずつ踏みしめて、崖から見下ろした。


そこには蟻のように広場一面に信者がひしめいてお見上げているという歪な空間があった。


「ひっ。」


「ふふっ。面白いでしょう?あの広場だけじゃなくて、今は塔の全域であんな光景が見れるのよ?」


「礼拝の時間...この神殿にはフェティマが奉られているのよね。」


「そうよ。あの信者はフェティマ様に祈りを捧げているのよ。」


エレナの笑顔は崩れない。

しかし、信者に向けるその顔の裏に心なしか侮蔑の意があるように思えた。


「厳格なフェティマ教の信者は毎日ああやって祈ってるのよ。」


「禁欲と節制と静寂と厳粛、鉄のように不動な心持ちであればフェティマ様は自ずと目の前に現れるって信じているのよ。」


「以外としっかりしてるじゃない。それとも元の世界ではそういう宗派だったのかしら?」


「どうだったかしらね。」




「そういえば聞き忘れてたんだけど、貴方達転移者って五年前の魔王征伐の前日に王国を逃げたみたいじゃない。どうして?」




「その日の夜、私達は全員同じ夢を見たの。」


「夢?」


「あの皮肉な女神様からのお告げがあってね、人類だけに肩入れして欲しくなかったのかわざわざ夢に出てきたのよ。」


「皮肉...ね。どんなお告げだったのかしら?」


横で話していたエレナはこちらを見つめる。

合わせたかのように一陣の大きな風が吹いて彼女の髪をなびかせた。


「この世界を平和にせよ。」


隻眼の転移者の瞳には、執念が宿っているように見えた。


「この世界を...平和に...」


「その時の私達は人類側の事情しか知らなかった。だから王国から逃げ出したのよ。」


この世界には人類だけが住むわけではない。

世界平和という命題の上で、彼女達は他の種族を知ることにしたのだろう。


「ああ、だから魔王征伐にも行かなかったのね。」


魔族もまた平和にすべき対象だったという話だ。

...半年前に魔王は転移者に殺されたようだが。


「それならどうしてあなたはリディニアに留まったの?九つの恩恵が集まった方が有利だと思うけど。」


「結末は平和を目指す事でしたが、人類はこの世界で最も弱い存在と見なされていました。」


「そのために、過程で人類が滅ぼされると危惧して私が残ったのです。」




「...転移者が平和にしようとしてるこの世界ってなんだと思う?」


「思想的な事ですか...?世界は世界でしょう。私達がいた世界と同じ。」


「月宮さんはどう感じているんですか?五年間住んでみて。」


「私は、不思議な世界だと思ってる。現実かも知れないし、現実の中の仮想かも知れない。もしかしたら、ただ見てる夢なのかも。」


この世界来た経緯もベッドに入って寝ようとしていたのだから、夢の可能性も十分あるだろう。


「そんなものですよ。元の世界も曖昧なものでしたし。ここは魔法や幻想的な生物がいて、私達の常識とかけ離れ過ぎてますけどね。」


「この世界が知りたいのでしたら、歴史でも読んでみたらどうですか?特に神話の類いは良い情報源だったりしますよ。」


「宗教家らしい答えね。」


下にはもう信者の姿は見えなかった。


「最後に聞きたいのだけれど。」


「改めて、貴女はどうして私達に情報を流したの?私達の企みがわかっているはずでしょ?」


「フェティマ教という存在の瓦解だなんて、今までもあった危機よ。」


「破滅願望があった訳じゃないのよ。ただ、もしも何か情報に相違があって破滅を企てているなら、」


「正確な情報を伝えて理解してもらった方が、解決の糸口になるかと思ったのよ。」


「そういうこと...」


彼女は罠に嵌めるでもなく、ただ教祖として争いを起こさない道を探っていたのだ。

疑った心が少し締め付けられた気がした。


「あ、ごめんなさい。ここで話してたら貴方達を案内する時間が無くなっちゃったわ。」


「教祖様は忙しいのね。」


「今は医術を開発してるのよ。元の世界じゃ解剖に知見があったから、この世界でも身体の保持増進に使えるかもってね。」


「人間は弱い種族だから私が手を貸してあげないと。」


「そう。ありがとう、私達を歓迎してくれて。」


「良いのよ。あ、そうだ。これあげるわ。」


彼女の手には折り畳まれた礼服と白いブローチがあった。


「いつでも待ってるわ。」


「ああ、どこを見て回ってもいいから!それじゃあ、また!」


そう言うと、彼女は塔の中入っていった。

悲しげな顔をするリンネと共に咲は塔の下層に向かった。




バベルの塔の第二層に降りてきた二人は、変装ではなく正式な礼服に着替えて見て回っていた。




「咲さん。私達、本当にフェティマ教を衰退させる必要があるんでしょうか?」


口を開いたのはリンネだった。


「私達の目的は、迫害されたマルテの人々を助けるためにフェティマの弱体を狙っていました。」


「でも、実際は迫害はエレナさんが抑え切れなくなった一部の過激派によるものでした。」


「エレナさんも、私達が瓦解を企てていると知った上で真の情報を流して争いを回避しようとしていました。」


「この際、糾弾すべきはフェティマの過激派でありフェティマ自体は存続してもいいのではないですか?」


「エレナさんは技術を発展させて人類に貢献しようとしているみたいだし。」


「むしろフェティマの瓦解は誰にとってもマイナスというか...世界平和が目的なら残すべきだと思うんです。」


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「...!?」


「咲さん...?」


「リンネ、貴方いつから調子が戻ったの?」


「あ!咲さんの薬のお陰で、二杯目の紅茶を飲んだ辺りから収まりました。」


「あれって何の薬だったんです?」


「万病を癒す魔法の薬よ。」


「今度は塔を下ることで気圧が大きく変わるから、また体調が悪くなると思う。」


「ええ!?そんな...」


「私が飲む分もあるからそれあげるわよ。」


「え?でも、咲さんは...?」


「いいからいいから。転移者はタフなのよ。」


遠慮がちにリンネは錠剤を一粒飲み込んだ。








「鉄の加工場...」


そこは太陽が近くにあるかと思うほどの熱量で満たされていた。

留まらず運び込まれる鉱石は炉に入れられるとすぐさま鉄と姿を変えた。

そして、その鉄はまたどこかに運び込まれて加工されているようだ。


二層目をぐるりとまわった塔の反対側に加工場はあった。

咲は帰り際に、森の中でみた十字架が気になり探していたのだ。


運び込まれた鉄の行き先は他の炉であり、そこに加工済みの十字架もあった。


そして、十字架と農耕で使う農具の他に明らかに武器と思えるものもそこにあった。


「この世界を平和に、ね。」










「ヤマモトォ!!転移者様が帰ったぞォ!!」


「ああ!?嘘だろお前!マジで帰って来やがったのか!?」


「何?私達ってもしかして鉄砲玉だったの?」


「そういう訳じゃねえ。今まで塔に踏み込んだ奴らは全員戻って来なかったからな。お前もそうなんじゃないかと。」


「塔の転移者には会えたか?って、潜入が目的なんだから出来ても顔を見るくらいだよな。」


「成果を伝える前にここを離れましょう。できれば魔力だったり、そういう干渉が効かない場所。」


結局、塔でめぼしいものは鉄の加工場しかなかった。

内部なら恐らく技術の研究所でも見えただろうが、あれ以上に塔にとどまりたくなかった咲はさっさと塔を後にしたのだ。


「干渉が効かないか...俺たちの場所じゃダメなのか?」


「それなら私の客室は如何かしら?」


聞き覚えのある甘ったるい声がする。

黒いドレスに日傘をさした少女がそこにいた。

隣には執事姿の男性が侍ている。


「あら、丁度良いときに現れたわね。」


「知り合いか?」


「私と同じよ、あの二人は転移者。」


「名は明かせませんが、私はビーチュと申します。隣の犬は速水俊一。」


「ビーチュの恩恵は人権でも剥奪できるのか?」


「ニヤニヤ笑うんじゃねえよ月宮。昨日のせいで一日ビーチュの言いなりなんだ。」


「なあ、おい。」


ヤマモトは訝しげ耳打ちした。


「名前が明かせない、なんて信用出来るのか?」


「ああ?別に名前なんて大したことじゃないわよ。目的が同じなんだからいいでしょ?。」


「確かに、今ここで最も疑わしいのはエルフと人間のペアの方だな。」


失礼なことを言われたがヤマモトは納得しているようだった。


「陰口も終わったいうですし、咲さんのご期待に添える場所へと向かいましょう。」


「陰口叩かれたのはビーチュじゃなくて私だがな。」








「リディニアの一つ星ホテル、の最高級スウィートルームなんて来れると思わなかったよ。」


「組長もはじめてなんですか?」


「組合長な。管理はしてたけど、客室に来るのは初めてだ。」


「へえ、初めてね。私は二回目よ。」


「もう黙ってなさいよ!あなたが口開くと話が進まないじゃない!」


ビーチュは少し顔を膨らませた。


「それで?潜入の成果は?」


「潜入なんだけど、瞬殺だったわ。入ってすぐバレた。」


「はあ!?バレただと?じゃあ何の収穫もねえのか!?」


「落ち着いて組長、ちゃんと収穫はあったから。」


「って、私から話を聞くよりも遠隔...水晶ってから全部見てたんじゃないの?」


「塔に入った途端にぶっ壊れて使い物にならなかったよ。精密な魔法具だし、お前がぞんざいに扱ったんだろう。」


「あれ高かったんだからな、しっかりツけておくよ。」


「またタダ働きさせるつもりなのね...」





「塔への潜入が即バレした私達だけど、塔の転移者...エレナは私達を客人としてもてなした。」


「彼女は会いに来てくれたから、という理由でほとんど全ての情報を差し出すと言ったわ。」


「リディニアで増える行方不明者とマルテ教の迫害について訪ねたけど、過激派の一部が勝手に動いているだけみたい。」


「唯一、王国の機動部隊への虐殺には関わっていたみたいだけど。」


「フェティマって宗教は、エレナが五年前に霊感商法で信者を募って始めた宗派のようよ。」


「信者は毎日塔の頂上付近の神殿に奉られた神器、ただの石ころに礼拝を捧げてるわ。」


「ちなみに、本来神殿には入れないのだけれど三日後だけは誰でも入れるようよ。」


「フェティマの弱点は聞かなかったの?」


「直接的な質問は答えてくれないのよ。エレナの恩恵を聞き出そうとしても無駄だったし。」


「そういえば、エレナはリディニア一体に監視カメラみたいな情報網を引いてるみたい。」


「私達の企みも潜入も、バックの存在も筒抜けみたいだったし。」


「なるほど、干渉が難しいってのはそういう理由だったか。」


ヤマモトはソファに腰を下ろすと溜め息混じりにそう呟いた。


「その聞いた情報でフェティマをぶっ壊せる要因は、まあ三日後の催事くらいじゃないか?」


「そうね。神殿奉られた神器でもぶっ壊せば、致命打になりうるわね。」


「物をぶっ壊すことに関しては月宮は信じられるな。」


「貴方達二人って以外と仲いいわね。」


ビーチュはあきれた顔をしてヤマモトと咲を交互に見つめた。


「エレナからの情報が正しいとは限らないわ。その一つも裏が取れた訳じゃ無いんでしょう?」


「根拠は無いけど信用には値すると思うわ。」


「エレナは私達との衝突を回避するために情報を流した、って言ってたし。闘わなくてすむなら双方にとっても良いことだしね。」


「なあ、さっきから気になってるんだが。」


執事が声をあげた。


「どうしてフェティマ側に立って話すんだ?エレナの思想に感化されちまったのか?」


「さすが速水、よく見てるわね。」


「今まで話した事は恐らくリンネに聞いても同じ結果になったと思う。」


「恐らく、リンネはもっとフェティマ側を擁護するように話すでしょう。最悪フェティマ瓦解を狙う貴方達と、ここでぶつかるかも。」


「あ、そういえばリンネの姿が見えないな。どこにいるんだ?」


「ちょっと解毒してるのよ。」


「さあ、これからはエレナから聞いた話じゃなく、私がこの目で見て聞いて感じた体験談よ!」


「あの塔には確かに黒い影が差し込んでいるわ。」


咲はもったいぶるかのように、フェティマ教の裏側を話し始めた。









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