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第二の転移者

ガラガラガラ...


車輪に転がる音が裏路地に響き渡る。


コトッ...


「あ、また止まっちゃった。製造し直さなくちゃ。」


もう一度台車を製造する。


先ほどまでリンネを乗せていた台車は消えて無くなり、咲の前に現れた。


「うぐっ...」


支えていた台車が消えて、リンネの体は重力に任されて地面に落下した。


といっても数cmほどの高さであるために、衝撃は小さいだろう。


「また乗せなくちゃ...」


咲はため息をついた。

全ての元凶は咲自身であるのだが、その顔に罪悪感は見えない。


身を屈めた瞬間に、頭上を投擲物がすり抜けた。


「石?どうして?」


後ろを振り向くと、既に投げる構えの少女がそこにいた。


次の瞬間には、その腕は振りかぶり終えていた。


「あ!おい!やめろ!」


言い終わると同時に小さな石が咲に直撃した。

かろうじて、腕を前に出して防いだ為にそれほど痛みはない。


だが、この行為によって咲の心に火を着けた。


「お前えええええ!!!どこに住んでんだ!一族もろとも廃人にしてやろうか!!」


少女との距離は6m程、どんどん縮まる。


裏路地の入り口付近では、逆光で分からなかったが少女の身なりはボロボロで顔も泥だらけだった。


そして、頭には獣のような耳がついていた。


少女との距離は1m


「事情は聞いてあげる。一体何の用?」


少女は震えながら俯いた。


「お前の、お前たちのせいで私のお姉ちゃんは連れ去られたんだ!!返せ!お姉ちゃんを返せ!」


その小柄な体型からは想像出来ないほど大きな声であった。


「ああ?なに?あんたのお姉ちゃんなんて知らないんだけど?」


「知らない訳ない!!お前たち信者が私のお姉ちゃんを連れ去ったのを見たんだぞ!!」


「信者...ああ~、なるほどね。あそこの連中って誘拐もしてたんだ。」


「生憎だけど、私はあの信者とは一切関わりが無いの。」


「だから、その怒りはあの信者達にぶつけるべきだったわね。」


「お前は...信者じゃないのか...!?」


「そうよ。まあでも、石を投げたのは事実だから罰を与えなきゃね。」


咲は左手に小さな瓶を製造した。

すると、それを少女の脳天めがけて振りかぶった。


突然の出来事に少女は動けない。

無表情で攻撃を繰り出す目の前の女に少女は恐怖していたからだ。





しかし、少女の脳天がカチ割られる事はなかった。


寸前で咲の攻撃を止めた者がそこにいた。


「見た顔がいるな、と思って近づい見たら昼間のあんたか。こんな幼い子供に何しようとしてんだ。」


「良く言えば躾、悪く言えば八つ当たりかしらね。」


「最悪じゃねえか...」


昼間のパーカーの男が咲の左腕を掴んでいた。

万力で固定されたかの如く、前にも後ろにも動かせなかった。


ブンッ


だが、男は容易く咲を後方に投げ飛ばした。


ガコンッ!!


「いったいなあ~!もう!!」


偶然か、はたまた男が狙ったのか咲はゴミ捨て場に落下した。


多分後者だろうけど。


「ところで、お前さんエリクサーを売ってるって言ってたよな?」


「ああ~?言ったわね。でも嘘よ。」


「だよな。調べて見たら魔力反応もねえし、普通に酒だよな。あれ。」


「しかも、密造酒だったか?成分がそれに似てたよ。飲んだらヤベエ奴だろ。」


「密造酒...ね。」


確信した。

こいつは転移者だ。


この世界で酒を作ったのは恐らく咲が最初だ。

もしかしたら、以前に偶然できてたかもしれないが。

「密造酒」という言葉を知っている事が転移者の証だ。


「いつまでゴミに埋もれてんだ。立てよ、あの酒はお前が作ったのか?」


「闇市で買ったのを君に売ったのよ。」


そのオリジナルは私が作ったものだが。


「じゃあお前が広場で売った物はなんだったんだ?」


「強いて言うなら幸せ、かしらね。」


「はああ、もっと具体的に言ってくれよ。」


「まあ、今更何を売ってたかなんてどうでもいいがな。」


「なあ、どっちが転移者だ?

訳わかんないのを売り捌くあんたか?それとも、そこでぶっ倒れてる奴か?」


この男が敵か味方かわからない限り正解を伝えるのは得策ではない。


もしも「災害の転移者」であれば、リンネ曰く私への悪意を持っていたからだ。


「黙ってるな...まあ俺の中では九割九分お前が転移者だと思ってるんだ。代金も間違えたしな。」


昼間の事だろう。

金銭の受け取りで彼の策に嵌まったが、確信への根拠に足り得なかったようだ。


「でも、魔力の量とかもろもろ見るとそっちの倒れてる奴の方が高いんだよな...」


「まあ、小細工しててもぶん殴ればどっちかわかるだろ。」


「なっ、発想が脳筋!!」


「お嬢ちゃんも、力になれるかもしれないからそこにいてくれ。」


男は獣耳の少女に後ろに下がるよう手で合図しながら言った。

少女は頷きながら物陰に隠れた。


男は既に臨戦体勢である。


「まあ、お前がまともな奴かどうかの確認も兼ねたスパーリングさ。そんな気張るなよ。」


「今日はついて無いわ。」


「行くぞ。」


男は唸るようにして言葉を発した。


気づいた瞬間には男は懐に踏み入っていた。


「ッ!?」


咲は身を翻してすんでのところでかわす。


幅2m,縦6mの小さな区画であり、咲と男の距離は最大の6mであったはずだ。


演算処理でそれは確認済みだ。


しかし、コンマ数秒にも満たない速度でその距離は縮まった。


身を建て直し、立ち上がる。

男とは、腕を伸ばせば当たる距離だ。


グィン


微かに男の右肩の筋肉に力が入った事を咲は見逃さない。


その力の入れ方からして、軌道は直線。


首を傾けて紙一重で拳を避けると、左手に持った瓶を手放し右手に警棒を製造。


男が拳を戻す前に、警棒を顔にめがけて振った。


しかし、男は左足に重心を置くと地面を蹴りあげてそのまま咲の左側に跳んだ。


跳躍のまま、今度は右に重点を傾けて拳を突きだした。


その軌道であれば、ちょうど咲の顔面を崩すだろう。


しかし、咲もまた警棒を同じ方向に振る。


バゴォォン!!


爆発したかのような音だが、拳と警棒が互いに響かせた轟音だ。


競り負けたのは咲の方で、そのまま吹っ飛ばされた。


男が突きだした右腕をしならせて内側へと力を込めた為に、警棒ごと殴られたのだ。


どこかで見たサッカー選手のように地面を転げ、先ほど男が立っていた場所で止まった。


砂煙が舞う路地裏で、咲は顔だけあげた。


右手のひしゃげた警棒を見ても、咲は冷静であった。


「ううん?やっぱりお前じゃ無いのか?」


刹那的攻防であったが、咲の体力はもうほとんど残っていなかった。


「とりあえずお前を気絶させて連れてけばいいか...」


うつぶせに倒れた咲にジリジリと男は歩み寄る。





「ちょっと待ってくださいよ、私の...主に何してんですか?」


男の左肩を掴むエルフがそこにいた。


「お前なんかあったか?昼間の雰囲気と若干違う気がするな。」


「さっきほど色々ありまして...それなりに彼女の為に働かないといけないんですよ。」


「お前たちどんな関係なんだ?」


「ただの主従関係ですよ。協力関係かもしれません。」


「そうか。」


ブンッ、と振り向いてリンネの拘束を振りほどいた。


「お前も試させてもらうぞ。」


男は再び臨戦体勢をとるとリンネへと拳を突きだした。


リンネはそれを捌いた。


猛烈な速度で男は連撃を繰り出すが、リンネは全て捌いている。


「攻めあぐねているわね!リンネ!」


「ああ、咲さん。」


リンネはこちらを一瞥すると、再び男の攻撃を捌いて避け始めた。


リンネと男は裏路地の入り口近くで交戦しており、咲は男の後ろ6mでへばっている状況だ。


男は目の前のエルフに集中して、咲に興味を持っていないようだった。


突然男はリンネと距離を取った。

微かな街灯に映し出される男の表情は困惑に満ちていた。


「お前、いつの間にそんな物を...」


男の目線の先はリンネの華奢な肢体。

正確には左手に注目していた。


「なんつーか、お前からすげえ甘ったるい香りがするしクラクラするんだよな。」


「見間違いじゃなきゃお前の手に持ってるのは警棒だよな?さっき後ろのあいつが持ってた。」


リンネの手にはひしゃげたはずの警棒があった。


「もう終わりですか?」


「いいや、こっからだぜ!!」


男は再び距離を縮めて、拳を連続で突きだした。


しかし、リンネはもう防戦一方ではない。

警棒を攻守共に使い分けて、男を押し始めた。


交戦が始まって、ほんの数秒で警棒はひしゃげた。

しかし、いつの間にかその手には元の姿の警棒があるのだ。


「クッソ、なんだかわからねえがこのままじゃ押し負けちまうな!」


「ちょっと力入れていくぜ!」


男は右腕で大振りの攻撃を繰り出した。

見切ったリンネは警棒で防ぐ。


だが、男は右手を繰り出したまま、足を組み換えてリンネとの距離を近づけた。


そして、ガードを保ち続けた左腕をリンネの腹部へ突きだす。


「あっ」


リンネはその攻撃に気付いたものの防御の手段は無かった。


ひしゃげた警棒も、既にその手に無かったからだ。




腹部への致命打を覚悟したリンネは、突然バランスを崩した。


腹部へ攻撃が届く前に、リンネは男の胸に寄りかかった。


男はとっさに避けようとしたが、動けなかった。


「良く頑張ったわね、リンネ。」


男の後ろ、すぐ近くで咲の声がした。


男はリンネに寄りかかられたまま動けずに困惑していた。


.....そして


パリィン!!


今度はガラスの割れた音が響き渡った。


咲の手には飲み口の部分しか残っていない。


しかし


パリィン!パリィン!パリィン!パリィン!パリィン!パリィン!パリィン!パリィン!


音は鳴り響き続けた。


一分経っても二分経っても...男は抵抗しなかった。動かなかった。


リンネに寄りかかられたからといって、体が完全に固定された訳ではない。


そして、リンネもまた意図せぬまま寄りかかり続けた。


咲は、気の済むまで瓶を男の脳天に殴り続けた。


ループしたような時間は、咲の連撃が止まったことで進み始めた。


静寂を引き裂いたのは咲の言葉だった。


「リンネ、一つ教えてあげるわ。私の世界、日本ではね気に食わない奴がいたら酒瓶で頭をぶん殴るのよ。」


「そんな慣習あってたまるか。」


答えたのは男であった。


「リンネって名前だったかな?そろそろどいてくれない?」


「私も別に好きで寄り掛かっている訳じゃないんですよ、私も動けないんです。」


「じゃあ、君の主人に頼まないと動けない訳か。」


「何で普通に会話してるのよ。脳ミソこんだけぶん殴られてほぼ無傷じゃないの。」


「あんたももらっただろ。俺の恩恵はそういう物なんだよ。」


「察するに、ぶっ壊しても修復する武器に、俺達が動けない事があんたの恩恵だな?」


どちらも製造職の固有スキルによるものだ。

ひしゃげた警棒は改めてリンネの手元に向けて製造した。


だが、リンネだけでは決め手に欠けていた。


だから、男がリンネに最も近づいた瞬間に、警棒の形を変えて手錠のようにしてリンネと絡ませた。


人間知恵の輪の一部と化した彼らはもう動けない。


後は瓶で思い切り叩けば無力化出来る、筈だった。


この通り男はピンピンしていて今までの行為が無駄だったかのようだ。


咲は恩恵を持っていないが、勘違いさせておこうと返事をしなかった。



「これで十分試せたかしら?」


「ああ、どちらが転移者か見極められたからな。いきなり殴りかかって悪かったよ。」


その言葉を合図に、咲は拘束を解除した。


「まあ、自己紹介が遅れたが俺は速水、速水俊一だ。」


「ずいぶん俊敏そうな名前ね。」


「元の世界でも良く言われたよ。で、あんたは?」


「私は...月宮咲よ。」


その名を聞いて速水は一瞬硬直した。


「月宮...いや、まさかな。」


呟いた独り言は咲には届いていなかった。


「よろしく、咲。会わせたい人がいるんだ、ついてきてくれないか?」


チラリと咲はリンネの方を向いた。


彼女は眠たそうにぼーっとしている。


「私もあなたと話がしたかったの、行きましょうか。」


「そこの獣人の子、行くぞ。」


怯えたように顔をだすと、すぐさま速水の影に隠れた。


「別にもう何もしないわよ。」


そのまま四人はリディニアの夕闇に消えた。












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