宗業都市リディニア
噴火から二ヶ月、私とリンネは今王国の最西端であるリディニアという都市に来ている。
ここはレミニアが元々冒険都市と呼ばれていたように商業都市リディニアという名前がついていた。
王国の領域内部ではあるけれど、少し外れれば獣族の領土となる。
それ故貿易が活発だったのかもしれない。
現在、リディニアは「宗業都市」と呼ばれている。
リディニアについてすぐさま目に付いたのは獣族と王国の領土境界線に建築された異様な建物である。
「何あれ、バベルの塔?」
螺旋に渦巻く形容できないほどでかい塔がそこにある。
「あそこに、居るんですね。転移者の一人が。」
「エルフを滅ぼした転移者かはわからないけどね。」
「私も転移者とは会うの初めてだし、どんな奴なのか知らないけど他の転移者の情報もほしいしね。」
「一先ずあの塔を登りましょう。会えば何か分かるはずです。」
塔に向かって進む。
仮称バベルの塔は実際は都市の外れに位置する。
リディニアはバベルの塔のせいで宗教都市と名を冠するが辺りを見るに商業都市にとしての一面も未だ有しているようだ。
バベルの塔の麓につく。
真っ白なローブを羽織った者が数多くおり厳格な雰囲気が漂う。
礼拝を目的とした者達であろう。
「ドレスコード間違えたかしら。」
「そんなこと気にしなくていいですよ。」
「ああ、そう...」
恐らくこの宗教の教祖が転移者なのであろう。
そして、王国の派遣部隊の失踪など怪しげな噂の絶えない宗教であることは事前調査でわかっている。
転移者の名は「エレナ・フィッシャー」
ものごし柔らかな人間、という噂でもあるが一体どちらが真実か。
塔の円周を上っていくと門が見えた。
その前には夥しい数の人間が列をなしてぶつぶつと何かを唱えている。
「うっわ、並びたくないわ。」
「でもこの門を通らないと頂点まで進めませんよ。」
「あ?私はここの教祖と同じ転移者様よ、優遇してもらうのよ。」
「どうやってですか...」
「まあ、見てろって。」
咲は1歩前に進み、列の横に立つ。
そして、息を吸い込むと。
「おお!!我らが主!その大天に抱かん助けを私にもさずけくださいませ!ラ・ミヤン・シディーヤ!!おおおおおおおおおお!!」
「嘘でしょ!?咲さん!!あなたマジで狂ってますよ!!」
「おいなんだなんだ!?聖地を狂った叫び声と訳のわからない呪文で汚すのはやめろ!」
白いローブに赤い装飾を施された男と数人が寄ってきた。
咲は当然の事ながら押さえつけられた。
「わが主のために!!わが主のために!!」
「こいつを追い出せ!!」
「本当に何してんですか...」
リンネはかつてない程引いており、周りの礼拝客は汚物を見る目で咲を見下していた。
その瞬間、咲は黙り込むと。
「あんたらの教祖合わせろ。私も転移者だ。」
「今度は嘘か?お前が転移者だなんて、もっとまともな事を言え。」
「いいから合わせろおおおおお!!」
「追い出せ!!二度と近づけさせるな!!」
「おい、お前はこいつの知り合いか?」
赤い装飾の男は近くにいたリンネにそう訊ねた。
「ああ、そうですね...残念ながら...」
「こいつも連れ出せ!!」
目線を逸らしながら答えたリンネもまた咲とともに塔を追い出された。
「はー、騒ぎを起こせば都合よく行くと起こったんだけどな~」
「無理に決まってるでしょ、もう少し考えてくださいよ。」
「あ?なに、ちょっと当たり強くない?」
「そんなことはないですよ。」
二人はリディニアに戻ってきていた。
先程いた塔は風景の一部と化している。
「転移者に会えないなら仕方ないわ、しばらくここに居るしかないかもね。」
「リディニアに興味もあるし、せっかくだから観光して行きましょ。」
リディニアの市場は何でも揃っているとのことで有名だ。
金さえあれば何でもできる、それがかつてこの都市で流行った言葉だ。
「本当に何でもあるわね、もう少し稼いで来ればよかったかしら。」
「すごい、見たことない食材ばかりです。」
売り物は興味を惹くものばかりだ。
しかし、それよりも目を惹くのが商人が全員白いブローチをつけていることだろうか。
「あれ?花が売ってる。」
咲は一つの屋台に近づいた。
「お嬢ちゃん、土産ものにどうだい。リディニアに咲く花の形は特徴的だから喜ばれるよ。」
商人は咲の服装を見て観光客とでも思ったのだろう。
「いやいや、この形って...まさかね。」
「一つちょうだい。」
「はいよ。」
銅貨を数枚差し出す。
店主は受取、花の包装を始めた。
「ねえ、ところでこの辺りの商人ってどうしてみんな白いブローチをつけてるの?」
「ここらへん一体の商業はあの塔の教祖様が管理してるのさ。
大通りで店を出せるのは教祖様から許しを得たものだけ、その証が白いブローチなのさ。」
「へえ、ブローチ無しに出店したらどうなるの?」
「お前さん店を出そうとしてるのか?そんな馬鹿な事はやめとけ、ろくなことにならないぞ。」
「ちょっと聞いてみただけよ。」
「そうか。」
そう告げると店主は鮮やかな青紫の花にピンクの包装を施したものを渡した。
「ありがとうね。」
「おう、リディニアを楽しんでくれよ。」
「なんの花を買ったんですか?」
リンネは見たことのない花に興味津々であった。
「あ~、これね。私の記憶に違いがなければ元の世界ではキツネの手袋って呼ばれてたわ。」
「キツネの手袋、かわいい名前ですね。」
「指みたいだから別名はジギタリス。めちゃくちゃ強い毒草よ。」
「ええ!?毒!?」
リンネは横で叫ぶ、しかし大通りの喧騒にすぐさま埋もれた。
「でも、普通に山ほど売ってたからな...こっちの世界では毒が弱いのかな。」
「ちょっと食べて見てよリンネ。」
「い、嫌です!」
「これは命令よ、食べなさい。」
「嫌です!」
「拒否出来るってことはそれなりに強いのね。やっぱりこの世界は植物に疎いわね!」
嬉々とした咲の表情にリンネは少し怯えていた。
「宗業都市ってだけあって教祖様が商業も管理してるのね。」
「そういえば、大通りは白いブローチだけど裏路地はどうなってるのかしら。」
すぐ脇の横路へ二人は逸れた。
数歩入っただけで雰囲気がガラリと変わった。
人の姿は見えず、店があるようには思えない。
暗い空気が流れていて見るからに治安が悪そうであった。
「戻りませんか?咲さん。」
「少しだけ見ていきましょ。」
リンネは咲のすぐ後ろを歩き、服の裾を掴んでいた。
このような道を歩いた事がないのだろう。
しばらく奥に進むと大通りほどではないが人が居る広場に出た。
「ああ、やっと抜けましたね。」
「そうでもないかもよ。」
広場の店の売り物を見ると、色合いが奇妙な装飾に白いブローチなどが出されている。
「闇市、かしらね。」
表舞台は流れない商品がそこでは犇めいている。
特に人が集まっている店を覗くと咲は驚嘆の声をあげた。
「ええ!?なんで?どうして酒が売ってるのよ!?」
ずらりと並ぶ瓶、その中には液体が入っており色は少し濁っている。
咲がかつて作ったものに似ていた。
「薬物は発達してないくせに酒類は豊富だなんて、本当この世界の技術はあべこべね。」
「でも、見る限り粗製品って感じね。」
「お嬢ちゃん分かるのか?」
客の一人が話かけて来た。
リンネと咲は異質だったのだろう。
ちなみにリンネは咲の後ろでずっと黙っている。
「少し知識があるだけよ。」
「最近この店が出来てな、何でも神が現れる水っていうんだよ。」
「飲んだことあるの?」
「ああ、一回あるんだがなこれはすげえよ。今まで経験した事のない感じになるんだ。」
「この水ってどこから仕入れてるか分かる?」
「恐らく...噂程度だがレミニアだよ。あそこはそういう類いの物ばかりだからな。」
「あ、ああ~そうなんだ~。」
最近店が開き、仕入れ先はレミニア。
なぜ酒が売っているのか理解した。
「私の奴から作ったのか...どうしてたった二ヶ月でこんだけ作れるのよ。」
情報を得るために隻眼の狂人に与えた焼酎を量産したのだろう。
あべこべな技術の元凶は咲自身であった。
粗製品でありながら値をはるものがいくつかある。
そのなかで店の奥にある一品は異常な程安価であった。
「これは、ちょっと違うわね。」
試飲用のにおいを嗅ぐと不思議そうに咲は行った。
「この水は本当につい最近売り始めたんだよ。噂だとこの水で人生を台無しにした奴が居るみたいだ、仕入れ先もよくわからん所出し、安価な分危険なんだろうな。」
客は咲にそう語る。
「それいうならここらの商品、ほとんどやべえ奴だけどな。」
咲はその安価な酒を買うと店を出た。
再び大通りに戻ると、リンネは何もなかったかのように裾を離して2歩後ろ歩き始めた。
「神が現れる水、何て売り出しであんだけ売れるんだから神の世界にいける花って売り出したら...ふふっ、想像できないわね。」
「観光目的で購入したものが毒草と怪しい液体な辺りさすがですね咲さん。」
「なによ、喧嘩でも売ってるの?」
「そんなことないですよ。それよりも転移者の情報を集めましょうよ。何故だかあの塔には入れなかったんですから。」
「リンネはエルフの前では姫様ムーブしてたのに突然輩みたいになってきたわね。」
「言われなくても情報は集めるわよ。今そこに向かってるの。」
「ここよ。」
「レミニアのと比べたら少し小さいけど、まあギルドはギルドだからね。」
「ギルド?」
「レミニアで一瞬入ったじゃない。多分だけどギルドって仕事の仲介業者みたいな役割だと思うのよね。」
ギルドに入って見ると木の匂いが鼻腔を刺激した。
思い出すと木材の香りを嗅ぐのはリディニアに来て初めてであった。
「やっぱりあったわね。でもこの量は...」
咲が見つけたものは夥しい数の依頼書が貼られた掲示板であった。
しかし、依頼書の内容は討伐や御使いのようなものではなく人の顔写真が貼られたものだ。
写真の下には時間と場所、そして「最後の目撃情報」が事細かに記されている。
「うわ、人の顔がたくさん。これなんですか?」
「多分だけど、行方不明者リストじゃないかしら...この数は、異常ね。」
咲はリンネに持たせたアタッシュケースを開くと、リストの一枚を掲示板から剥がした。
その人物の体格、服装、癖が記されていて失踪状況が書かれている。
依頼人はこの人物の関係者だろう、帰ってきてほしいという切実な願いが最後の一文に添えられている。
「ギルドはどの都市でも国営らしいから、ここはあの塔の管理下に無いんでしょうね。」
「ここは失踪人が多いって聞いてたから、行方不明者のリストがあるかなって思ってたら本当にあったわ。」
リストに圧倒されたリンネは立ち尽くしたままである。
「リンネ、リストを一枚づつはがして。行方不明者の情報が分かれば転移者に関する情報も得られるかもしれない。」
人がまばらなギルドの一角に二人は腰をおろした。
咲は先程剥がしたリストの一枚を手に、アタッシュケースに情報を記し始めた。
「ああ~、やっと終わったわ。」
最後の一人、王国の機動部隊の男の情報の記入を終えた。
ケースに映し出される地図に行方不明者の最後の位置マーキングした。
100を越えるマークは塔の裏手側に集中している。
一つもマークを押すと、その人物の情報が表れる仕組みになっている。
「そのケース便利ですね。転移者の情報だけじゃなく、こちらからも記入を加えられるなんて。」
「確かにね、今はともかく少なくとも五年前では優秀過ぎる技術よ。」
統計も可能であったが失踪したと思われる時間に規則性は感じられない。
また、人物に特徴があるかと思いきや性別、年齢、体格などあらゆる点において関係性が見えない。
だが、失踪地点は塔の裏手に集中していることから失踪と塔に関係性はあるのだろう。
そしてもう一つ、失踪人に共通する事柄があった。
どの行方不明者も誰かに連れ去られた、という目撃がないのだ。
「強引に連れ去られた訳じゃないのかしら...?あの塔に吸い寄せられた?」
「行方不明者の情報はわかりましたけど、肝心の転移者の情報はわかりませんでしたね。」
「仕方ない、もう一度行きましょうか。」
「さっき行って追い出されたんですよ?また同じ事になりますよ。」
リンネの視線に悪意を感じるが気にしない。
「正面から行くとは言ってないわ、今度は反対側行くのよ。」
「反対側?」
「多くの人間が行方不明となっている場所よ。
「なるほど、自らの足で情報を集めにいくんですね!」
「はあ?違うわよ。」
「ええ...?じゃあなんのために?」
「行方不明者になりに行くのよ。」
リンネの顔つきは更に険しくなったが咲の意志は固まっていた。
行方不明者リストに加えられる為に、二人は再び巨大な塔へと向かった。