最後の一人
写し出されるモニターには火口と思われる部分を中心に猛烈な反応があり、近くに転移者がいるかどうかの判別は当てにならなかった。
「限界...か」
咲はアタッシュケースを閉じた
「自動操作に切り替えたのであと数分で合流地点につくと思います。」
操作盤からリンネが離れ咲の隣に座る。
「咲さん、怪我...大丈夫ですか?」
「さすがにさっきは辛かったけど少し休憩したから大丈夫よ。」
とは言っても全身傷だらけで並みの人間であれば満身創痍に近い状態だ。
「応急措置程度ですけど治癒の魔術も使えるので少し動かないでくださいね。」
リンネは手の平を咲の患部にあて、翻訳の効かない言語を詠唱する。
「エスティアで専門のエルフに治療させますから、しばらくはこれで我慢してください。」
「本当に便利ね、魔術って言うのは。」
「咲さんも習ったらいいじゃないですか。」
「私は遠慮しておくわ。」
数秒で咲の傷は癒え始める。
リンネは応急措置と言ったが完治に至る魔術だ。
これほどの進歩があった故に代わりの学門が進歩しなかったのかもしれない。
もとの世界であれば薬を用いる所を魔術とやらで代替している。
この世界で植物にかんする認知が低いのは恐らく高度に発達した魔術のせいだろうと咲は推察している。
「あ、忘れてた。」
「大事なものですか?」
「薬物、家に薬物忘れた。」
「あー...」
リンネの顔はくぐもった。
「あのですね、咲さん。咲さんはあれらの植物を薬って言い張ってますけど九割方毒物ですからね?」
「なーにわけわかんない事言ってんだよ、あれは全部薬だよ。」
「あの植物が治療のために使われた事みたことないんですけど。」
「精神的に癒してるんだよ。」
リンネの言うことはあながち間違いではない。
咲の持つ植物はすべて麻薬や大麻と呼ばれるものであり、植物に疎い事を知って薬だと言い張っているのだ。
ではなぜこの世界のリンネが咲の持つ植物の危険性を知っているのかというと。
「また私の事を騙してあの植物を吸わせないでくださいよ?」
咲はその植物をまずリンネに与えてその効能を試しているのである。
「いいじゃんいいじゃん。あの薬吸うと気持ち良くなるでしょ?」
「あれなっちゃいけないタイプの気持ち良さですよね。」
「ちっ、じゃあ今度はストーンドに落としてあげるよ。気持ち良くならなきゃいいんでしょ!?」
「なんでそっちが怒るんですか!ストーンドってのが良くわからないですけどまず吸わせないでください!」
「はー、全くさ法律か何か知らないけどあの薬を使うことも規制しちゃってさ。」
「それやらないと咲さん他のエルフに使うでしょ。」
「あんな法律あっても使うけどね。」
「おいやめろ、私はあの薬が一つの都市滅ぼす所見てるんですから絶対させませんからね。」
「大丈夫よ、本格的にエルフに使うことはないから。」
「まあ貴方には監視をつけてるんで何か起きたらすぐ私に報告あがりますから。」
「あ、エスティア街道がそろそろ見えてきますよ。」
人類の領土と他種族の領土の境界に沿う街道
そこは小さな都市のようであり、部分的ではあるものの他種族が住まう為に様々な文化が混在している。
王国にはレミニアを筆頭に幾つかの大都市が偏在しているが、エスティア街道の賑わいはそれに匹敵するものである。
通常であれば。
「ここでも混乱は起きてるわね、っていうか灰も結構降ってるし。」
かなり離れているはずだが火山の噴煙は街道からも見ることができてしまうほどであった。
「他のエルフは~、どこでしょうか。」
辺りを見回しても人影はない。
「まだ残っていたのか、出発するぞ。」
男が一人、リンネに声をかける。
どこかで見たような制服を来ていた。
「あの、エルフが来ていませんか!?かなりの人数なんですけれど!」
「エルフ?知らないな。」
「エスティアからの脱出艇はもう出るぞ、君達は残るのか?」
遠くを見るとかなり大きい船が見えた。
ここにいた者逹あの船で逃げたのだろう。
「たぶんあの船に乗ってるわよ、私たちも乗りましょ。」
「そうだと、よいのですが。」
脱出艇に乗り込むとすし詰め状態であった。
咲とリンネが最後の乗客のようで、乗り込むと直ぐにエンジン音を響かせて浮いた。
「この巨体で浮くなんて信じられないわね。」
「咲さん、私ちょっと探してきます。」
そういってリンネはどこかに走り去ってしまった。
船内はとてつもなく広く、異種混合で数千の人間がいるように思える。。
厳密には他種族であるが、見た目は人間に近く判別が難しい。
誰も彼もが困惑しており身内の安否を気にしているようだった。
「ちょっとした街みたい...」
咲は墨のベンチに腰かける。
商店からなにまであるここは脱出艇というより空に浮かぶ街、という表現が近いのかもしれない。
ここにいるだけでも生活に困ることはないだろう。
「お嬢ちゃん、さっき走って行ったのはエルフの子かい?」
「ああ、そうですよ。他にエルフを知りませんか?」
老いた男が話しかけて来た。
「ああ、知ってるよ。ここにはいないけどねえ。」
「ここにはいないってどういう?」
「君が言ってるのは馬車に乗ったエルフの事だよね?」
「ええ、そうです。火山の直下から逃げてきたんです。」
「私も火山の方に住んでてね、同じ方向から逃げてきたんだけど。」
「ちょうど、何十人のエルフが乗った馬車のすぐ前を走っていたから見えたんだがね。」
「その馬車を狙ったかの様に噴石が降ってきて、馬車ごと押し潰されていたよ。」
「あれは多分...生存は厳しいだろうね。」
「もう少し遅かったら私達も巻き込まれていたよ。」
「じゃあ、ここにはその馬車は来れてないって事ですか?」
「そうだよ。君がそのエルフと関係があるなら伝えておこうと思ってね。」
「危急の事態とはいえ、見殺しにしたも同然だ。
他のエルフが生き残っていることを願っているよ。」
男はそういうとどこかに行ってしまった。
「咲さん!エルフが...どこにもいません!」
「あー、やっぱりかあ~」
「やっぱりか、って何か知ってるんですか!?」
「さっき言ったでしょ、噴火は引き起こされた物だって。」
「自然現象じゃないってことですよね。」
「だから簡単には見逃してもらえなかったってことね。
多分、私達より先に逃げたエルフは全員殺されたわね。」
「殺された...って誰に...」
「確定よ、魔力反応が宛にならない噴火を起こさせて噴石で狙い打ちできる人物。」
「やっぱり...異世界転移者...!?」
「私への悪意ならエルフを皆殺しにする意味がわからないけどね。」
「そんな!?そんな嘘です!皆殺しだなんて...!」
「どうして異世界転移者が...私達を狙うんですか...!?」
「私にもわからないわよ。」
「私達は...いつもそうです...いつもなんの理由もなく...」
リンネはその場に倒れこんで泣き出してしまった。
「理由が知りたいの?」
「知りたいです...!こんな理不尽を...どうして二回も起こしたのか...」
「そうね、私も知りたいわ。」
「だから会いに行きましょうか、事の張本人に。」
「張本人...?」
「転移者の場所なら噴火が落ち着けばわかるわよ。噴火を引き起こした転移者はだれかわからないけど、全員に会えば関係ないわね。」
艇の窓を見ると火口からの溶岩がエスティアに向かっているのが見える。
エルフの国は滅んだのだろう、たった一人の外来種によって。
目の前の姫様は民も土地も歴史も奪われたのだ。
この五年、気丈に振る舞い続けた彼女の心は既に折れているのだろう。
彼女が今何を思い、何を考えているのか私には理解できない。
こんなことを他の誰かに言えば非情だと思われるかもしれないが、他種族の滅亡に涙を流すものがどれ程いるだろうか。
他人の死に、何かを思うものがどれ程いるだろうか。
私にとってみれば、ここで起きる全ての物事は対岸の火事でしかないのだ。
なぜなら異世界なのだから、本来であれば私の人生に掠りもしない出来事であるのだ。
これほど無関心でいられるのは、外来種の特権だ。
そして外来種だからこそ、この世界に介入してはならない。
それでも、私はこの世界にしか住めない奴隷に肩入れするとしよう。
「とりあえず、横座りなさいよ。」
「はい...」
この少女は一体、この幼さでどれ程の苦難を抱えているのだろうか。
「私」は少なくとも彼女の味方でいよう。
奴隷は主人の肩で泣き続けた。