出遅れた異世界転移
「あーあ、つまんないなあ。」
17歳の女子校生、月宮咲は青春をFPSゲームに費やしている。
学生ののもつ、あまりある時間に電子の銃火器を握っていたために、咲に並ぶ相手はいなくなっていた。
部屋の棚をふとみる。
幼少期から両親にあまたの数の本を与えられた。
小説、資格取得、辞典、etc。それらの一冊に目が泊まる。
最近アニメ化などで流行っている異世界転移を題材としたライトノベルであった。
「私も異世界転移したいな~。チート能力もらって楽々異世界スローライフ~...何てね。」
「明日の学校あるし、もう寝よ。」
もそもそとベッドに入る。
いつも通り豚の目覚まし時計をセットして瞼をとじる。
「あれ?今眼ってどこ向いてるんだろ?」
寝る間近に考えてはいけないことに興味が引いてしまう。
「ヤバイヤバイ、これ寝れなくなるやつじゃん。寝る寝る寝る寝る。」
寝ようと思うと余計眠れなくなるのが人間。
目を閉じたまま、かなりの時間が経った。
咲は未だ夢の世界には落ちていない。
すると、瞼越しに光りが灯る。
「え?あっ!もう朝?いやいや、一睡もせずに登校はきついって...」
辺りが騒がしくなる。大勢の人間の声がする。
「これ違うな...私意識を持ちながら寝たのね。明晰夢ってやつかなあ?」
「なあんだ、寝れたなら安心した。」
安堵して気づく、夢にしては周りが異常に騒がしい。
「あ~静まれ静まれ。明晰夢なら私の思い通りになれ~。」
心で思うものの一向に静まる気配がない。
しかも、ちょっとずつ騒ぎが賑やかになり始めている。
おーい、おーいと呼ぶ声も聞こえる。
「あー、うるさいなあ。最悪の夢だよ、明日は早くねよ。」
咲は夢と割りきって騒がしさは諦めた。
だが、その騒ぎは咲の返答をあきらめない、おきろおきろ等とも聞こえ始める。
我慢の限界が来た。この夢を終わらすために、一度起きようと決意した。
「あーもう何?なんなの!?」
「え?あ?え?どこ、ここ?」
咲は自分の部屋にいなかった。
中世の広間の床で咲は目が覚めた。
困惑が頭を支配する。
さまざまな疑問が頭を掠める。けれど、その一つとして向き合うことはできなかった。
咲の回りには何十人もの人が取り囲んでいる。
人だかりの奥から声が聞こえた。
「皆の者、下がれ。」
人の海が割ける、そこには威厳をもった空想で思い浮かぶような王様がいた。
「異世界、から来たのかの?」
王はそう問いかける。
「は、はあ?異世界、なんですかね?」
「この問答は二回目じゃ、一回目は九人もいたからの、収集がつかなかったが、一人きりなら楽なもんだのう!!」
王様は上機嫌に横のメイドに話しかけた。
「はい、動物園のようでございました。」
「いやはや、十人も召喚して九人しか来なかった時は失敗かとおもっとったが、まさか半年も遅れて十人目が召喚されるとはのう。」
「それで、そなたは女神からなんの恩恵を授かってきたのだ?」
王はこちらに顔を向けると、呆けたままの咲にそう尋ねた。
「え?恩恵、ですか?いや、ちょっともらった覚えが、ないですね。」
「もらってない、と?あの召喚での責任者はおるか?ここに呼べ。」
長髪の男が王の側によった。
「異世界から召喚されるものは、女神から人智を越えた恩恵を授かるのではなかったか?」
「はい、伝承ではそう記されております。」
「莫大なコストにみあう対価があるから召喚に踏み切ったのだよな?」
「はい、そうでございます。」
「では、何故あやつは恩恵を授かっておらぬのだ?」
「私共も、存じ上げません。それよりも、なぜ召喚が遅れて行われたのかも不明です。」
「ふむ、そうであるか。そう言えば、お主のところは子を授かったそうだな?」
「え、あ、はい、妻が、はい。しかし、なぜそれを御存知で?」
「王となれば家臣に起きたことくらい把握せねばな。それよりも、お主には2ヶ月程暇を出す。女は子を身ごもれば不安定になる故な、しっかり付き添ってやれ。」
「はっ、ありがとうございます!」
王様メチャクチャ良い上司だな、と咲は考えていた。
現実離れしたこの状況で、頭が深く考えることを諦めたのだった。
「ああ、そうだ。お主、名はなんという?」
「あ、はい、月宮咲ともうします。」
「そうかそうか、咲か。良い名だな。突然のことで混乱しているであろう?
だが、聞け。その身に起きたことを説明するぞ。」
王は横のメイドに目で合図した。
すると、メイドは私に近づき話し始めた。
「咲様、よくお聞き下さい。
ここは、あなたが元いた世界とは異なる世界に御座います。
そして、今あなたがいらっしゃるここは、エウレア王国王宮であります。」
「異なる、世界?エウレア、王国?」
夢の続きだろうか?確かに寝る前に異世界のことは想像したけれども。
「このエウレア王国、技術や魔術、軍事力は最高峰に御座います。
ですが、人間の遺伝子の限界でしょう。どうあっても他の種族には劣ってしまいます。」
「特に、魔族に対しては為す術がございません。だのに、最近即位した魔族の王、魔王は何を思ったか他種族への侵略を始めました。」
「私達、人類もいずれ侵略されてしまうでしょう。
多くの人々が諦めの境地に至りましたが、我等が王はこれに抗う意思を持ったのです。」
「最高峰の王国の知識を集約して至ったのが、異世界から人間を召喚することです。」
「かつての古文書に、異世界からの探幽者は異次元の知識、技術を持ち人々の希望となる、とあったのが始まりにございました。」
「我等が王は多大なリソースをこの召喚に割き、なんと十人もの人間を召喚することを決意為されました。」
「そして、半年前に女神から恩恵を授かった異世界からの転移者が九人召喚されました。」
「紆余曲折あって、彼らはそれぞれ豪傑たらん能力を持って魔王の元へと向かっております。」
「十人同時召喚は失敗に終わったと思われました。ですが、たった今それは成功に切り替わりました。」
「そうです、あなた様が、咲様が十人目の異世界転移者なので御座います!」
「は、はあ、そうですか。私が異世界転移を。」
「これを聞いてはい、私は転移者です。などと思える人物はおらんよ。今日は一度休め。」
王は私を気遣ったのか、休む様に薦め、近くのメイドに合図した。
先ほど解説したメイドではなく、今度は他のメイドが前にでる。
「客人をもてなす技術も最高峰故な、存分に寛ぐが良い。」
メイドに通された部屋は一流ホテルのスウィートルームよりも広々としたものであった。
さらに続々とメイドが部屋に入ってきた。
「なに?今度は?なに?」
「私共が咲様のお世話を承りました。なんなりとお使いくださいませ。」
一言一句間違えず、同時に発するメイドは軍隊のようであった。
「ああ、そう。あの、私寝たいからさ、好きに、してていいよ。」
しどろもどろになりながら辛うじて日本語の文脈を構成しベッドに入る。
「あー、よく寝れそうだなあ。夢にしては疲れる夢だあ。」
咲は瞼を閉じた。
もう騒がしくなることはなかった。
「あれ?すっごい良いベッド、ふかふかだなあ。」
寝ぼけて咲は起きた。
そして、少しづつ頭は冷静になりはじめる。
「ああ、ああ!ああああ!」
「どうかなさいましたか!咲様!」
扉を猛烈な勢いであけてメイドが入ってくる。
「夢じゃない!?私本当に異世界に転移したの!?」
「ええ、そうで御座いますよ?お休みになられる前にお聞きになりましたよね?」
メイドはにっこりと笑いそう告げる。
「あ、それとちょうどよかったですわ。王様が御呼びになられていました。」
「王様、ね。わかったわ、ここは本当に異世界なのね。」
「信じられないのも無理は有りません。以前の転移者の方々も一週間以上夢だとおもいこまれておりましたから。」
「そうでしょうね、そうなるのが普通よ。」
「王様のところへいくのでしたら、そこのクローゼットにお召し物が用意されております。お気に召されたものならどれでもお着替えになられて下さい。」
「クローゼット、って...並みのアパレルショップの広さじゃない。」
なんでもいいか、と淡いピンクのワンピースを選んだ。
「我等が客室はどうであったか?よく休めたか?」
「ええ、十分なくらいね。」
「それは良かった。では早速本題に入るとしよう。
咲がどんな職が適正か、どんな技能を持っているか今から調べるぞ。」
「本当にこういうのやるんですね、ゲームみたいです。」
「検査はすぐ終わるからの、目に差すタイプと腕に押すタイプどっちがいいかの?」
「は..?目に差すタイプ?勿論腕に押すタイプでお願いします。」
「そうかそうか、右手を差し出せ。」
制服を来た男が私の腕をとる。すると、小型のスタンプを腕に押した。
「お、どれどれそなたがどんなジョブ適正かわかるぞ?儂直々に伝えてやろう。」
「え~、どれどれ。適正職は、製..造....職...?スキルは演算処理...」
辺りからは落胆の溜め息が聞こえた気がする。
「なんとな、よりによって十人目が非戦闘職であったか、それにスキルも非戦闘用とはな。恩恵もないし、どうしたものかの。」
「あの、私は王様のお眼鏡に叶うものではなかったのでしょうか?」
「魔王を倒す、という目的の基では適切では無いジョブとスキルであったな。」
「あー、そうなんですね~。適切ではない、ね~。」
私はこの雰囲気を知っている。
重課金して最高レアを引いたと思ったら外れ枠だった時の雰囲気だ。ソシャゲでよくこうなるが、引かれた側はたまったものでは無いな。
「それでは、咲。いつ出発するかの?」
「ん?ちょっと待ってください?王様?あの、早すぎませんか?」
「そんなことは無いぞ?いつ魔王が侵略するかわからんからな。」
「あの、私とおなじような九人が半年前に出発しているんですよね?なら私は魔王のところへ行かなくても。」
「咲よ、確かにそなたは非戦闘職である。だが、あきらめてはいけない!知識と工夫で我等の希望となるのだ!」
「あの、王様。私、この王国でみなさまの為に働きます!製造職なんですよね?お力になれます!」
「いやいや、冒険者として未来ある若者を働かせるわけにはいかぬよ。」
「王様、それ私の顔を見て言ってください?ねえ、王様!」
「のう、咲よ。我等が王国は最高の資源保有国であるぞ?」
「はい、ですからその資源をより益となるよう活用を...」
「いくら、ほしいかの?」
「王様!?まさか、嘘でしょう!金ですか!?最後は金ですか?非力な戦闘員を戦地に赴かせるんですか?」
「冒険には費用がかかる故な、若い時は体力も時間もあるのに資金が無いであろう?だからそなたの冒険に苦難が無いように王国が援助をな?」
「そんな優しい言葉と優しい顔をしても駄目ですよ!私絶対魔王のところになんて行きませんから!勝手に召喚しておいて、使えない駒だからポイッなんてひどすぎるんじゃ無いですか!?」
「ふむ、一理あるな。どれじゃあ、三人程騎士を呼べ。」
「異世界転移者はなにもスキルや適正ジョブだけが優秀な訳ではないのだ。個人のステータスだって秀でておる。
咲のステータスもずば抜けて良い、だからこそお主にも向かってもらいたいのだ。」
「この王国はな?いくらあらゆる面で最高峰といっても魔王の侵略には耐えきれまい。我等は存続の危機に貧しておるのだ。」
「はい...」
「故にな?魔王討伐の可能性が僅かでもあるのなら、適正職が非戦闘職である人物でもそれにすがるしか無いのである。」
なるほど、非力だとはわかっているから騎士の護衛をつけようと言うのだろう。
だが、私だって死にたくない!!
「いえいえ、でしたら製造職としてこの国の防衛に尽力を...」
「チッ...」
明らかな舌打ちが聞こえた。
「王様!今転移者を侮辱する音が聞こえました!!罰して下さい!今すぐ!!」
「果て?儂には聞こえなかったの。」
クッソ、あの緑服。目を背けているな、絶対忘れないからな。
「と、とりあえず王様?もう少し時間をおいて話しましょう?正式な場でこれからどうするかを...」
「いや、その必要はないな。」
後ろには屈強な騎士が立っていた。
「最低!!力づくで追い出すなんて!!出てきなさいよ!!バカ城主!!この大層な扉は飾りなの!!!」
三人の騎士は私を持ち上げると、そのまま城門の外へ運び、扉を閉じたのだった。
「どうすればいいのよ...どこにいけばいいのかしら。」
追い出されたあとに門内から投げ込まれたアタッシュケースを手に城下町を放浪していた。
なにが入っているのかわからないがアタッシュケースは両手でやっと持ち上がる程重かった。
お腹も空いた。城のなかでは睡眠しかとっていない。
転移してほんの数時間で城から追い出された事に、いまだ信じられなかった。
「他の九人もこんな冷遇されたのかな...」
右も左もわからない場所でこの先一体どう生きていけば良いのだろうか?
空腹と戦いながら彼女は歩を進める。