木曜日の魔女
高校時代の綾乃は、木曜日、選択科目の書道の時間と手品部の活動時間に魔法のクラスへ通ったのです。
Ⅱ 木曜日の魔女
私、吉岡綾乃は、高校二年の時、大阪から母の実家でおばあちゃんの住む北陸の片田舎に転校した。
表向きの理由は、父の海外への転勤だった。でも、本当のところ、私が魔法使いの子孫で、魔法使いとしての教育を受けるために魔法使い社会に呼ばれたのだ。ゲームなら召喚されたってことになるのだろう。ま、おばあちゃんの家に引っ越したってだけだけど。
確かに、魔法使い社会にとって、魔法の才能のあった私を呼び寄せて、教育を施すのは理にかなっている。
でも、それは、魔法使い社会の側の理屈だ。私にとっては、人権侵害以外のなにものでもなかった。考えてもみてよ。私は、魔法使い(私は女だから魔女だ)になりたかったわけでもないし、大阪には彼氏も親友もいたのに強引に引き離されたのだ。
ハリー・ポッターにとってホグワーツが良かったのは、彼がマグルの世界じゃシンデレラだったからだ。仮にマグルの世界で友人関係が良好で、おじさん一家と楽しく暮らしていたら、わざわざ魔法使い社会へ行かなかっただろう。
私は、おばあちゃんの家に来るまで、自分が魔女だということを知らなかった。ごく普通の女子高生として、親友や彼氏と学校生活を楽しんでいたのだ。
高校生の本分としてほどほどに(?)勉強し、クラブ活動に精を出したり、休みの日に、友人とカラオケやゲームセンターで遊んだり、制服のスカートは短めに、ネクタイは緩めに結んで、今風の女子高生をやっていたのだ。
突然降ってわいた父の転勤に、我が家の家族会議は大相撲の実況中継ばりに座布団が飛び交い、私と母はつかみ合いのバトルを演じた。結局、中年のおばちゃんの体力にものを言わせた押さえ込みの前に、私はあえなく敗退した。
そして、両親は新婚気分で海外へ赴任し、私は一人、おばあちゃん家にお世話になることになった。魔法のクラスへ通うために。
この町に来て驚いたことに、魔法を使う能力の衰退を憂える魔法使いの一族は、魔法の能力のある子供を一堂に集めて魔法教育を行うとともに、魔法使い間での結婚を奨励していた。魔法のクラスそのものが合コン会場だったのだ。
余りにも普通じゃないので唖然とする私を迎え入れてくれたのは、大久保静香、中島 薫、小西 透の魔法使い三人組だった。
三人に助けられながら、魔法のクラスで様々なことを学んだ。
一口に魔法と言っても、童話にあるような、杖を振り、呪文を唱えて、不思議な現象を起こすものだけじゃなく、いわゆる超能力なんかで超常現象を引き起こすのも魔法だとされている。
言うなら、呼び方が違うだけで、どちらも魔法を使わない一般人から見たら、特異な能力を使って非常識なことをするからだ。だから、かぐや姫や天の羽衣の天女なんかも、魔女だということだ。
童話にあるような杖や呪文は、超常現象を起こす際、それを助ける補助具だという。魔法使いの個体の能力の差によって、何の補助具も使わず、個体の能力だけで超常現象を起こすかぐや姫のような者から、何かの補助具を使わないと能力の発現を見ない者、つまり、羽衣がないと空に浮かぶことができない天女のような者まで様々だという。何も使わず天に昇ったかぐや姫は、羽衣を使わないと天に昇れなかった天女より、魔女としては優秀で、霊力――魔法の能力の根源的な力だと言われていて、これがないと、例え遺伝子レベルでの才能があっても魔法を使う能力が顕在化しない――が高いと教わった。
杖や呪文が、超常現象を引き起こすための助けになる存在でしかなく、それ自体が超常現象を引き起こすものでない以上、魔法の能力のない者が杖を振ったり、呪文を唱えても何の効果もない。呪文に至っては、言霊信仰の延長にあるので、口に出した言葉に拘束される。
魔法使いの能力の発動には、いろいろなパターンがある。
大雑把に分けて、初歩的な魔法だけ使う者、初歩的な魔法の他に虹の色のどれか一色の魔法を使う者、初歩的な魔法の他に虹の色の二色以上の魔法を使う者の三つに分けることができ、虹の七色全部の魔法を使う者をパーフェクトと呼んで、最優秀な魔法使いあるいは魔女だとして一目置かれている。私は何故かこれだと言われた。
虹の色の魔法とは、その色によって、使える魔法が異なる。つまり、赤は火の魔法の使い手、橙は太陽と風の魔法の使い手、黄は雷や電気の魔法の使い手、緑は木や草の魔法――魔法薬や治癒もここに入る――の使い手、青は水の魔法――龍も操る――の使い手、藍は読心術の使い手、紫はタイムトラベルとテレポテーションの使い手だ。
魔法のクラスでは、男子の制服は学生服、女子に制服がセーラー服だったが、男子の制服のボタンと女子の制服のスカーフにその人の色が現れるようになっていて、一目で使える魔法が分かるようになっていた。
虹の色の魔法は、使える色の数で、その能力が倍増する。つまり、色数二の者は、それぞれのパワーを併せて一つの魔法に集中できるので二倍のパワーで魔法を使えるし、色数三の者は三倍、色数七のパーフェクトは七倍のパワーを使えることになる。
静香は、私がこっちに来るまで、私達の世代で唯一のパーフェクトだと言われていた、と後で聞いた。でも、私が来てからは、パーフェクトが二人になったと、長老達が大喜びしたという。
ちなみに、中島は、赤の火、橙のお天気と風、黄の雷それに青の水の魔法を、小西は、青の水、藍の読心術、紫の時空旅行と赤の火の魔法を使う。中島の青と小西の赤は、以前、私がどさくさに紛れて授けた力だ。
不思議なことに、私には、他の魔法使いのできない魔法――他人に魔力を授ける魔法――が使える。と言っても、どうやってできたか、全く覚えていない。切羽詰まって必死に祈ったら、どさくさでできたのだ。
ありがとうございました。このあたりのことは、『吉岡綾乃は魔女をやめたい』に書きましたので、機会があればお読みください。