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「ふふ。このまま死ぬことが出来たら楽なのにね。」
「お嬢様なんて事を」
「私は殿下の婚約者として生きる事に人生のすべてを費やしてきたわ。楽しいと思える事など何も無かったのよ、本当に一つも無かったの。辛い辛いお妃教育の為、家の為、その為だけに私は居たの」
恨み言です。
辛くても、この国の貴族に生まれ殿下の婚約者となってしまった
私に逃げ道なんてありません。
「そうでしたね」
「私を愛するどころか、側にいることすら厭う方の為に努力するのは悲しかったわ」
ポトリと涙が落ちました。
辛い辛い日々でした。
婚約破棄される未来を知りながら、無駄な努力をし続ける虚しい日々でしかありませんでした。
「私は天才じゃないわ。人の何倍も何十倍も、努力して、努力して。なのに、それなのに大好きな弟にさえ厭われる様になってしまったわ。私の努力はすべて無駄だったのよ」
こんな話を、大切な乳兄弟に話すつもりはありませんでした。
でも誰かに聞いて欲しくて、辛かったのだと知って欲しくて。
「だから、もう休みたいの。許してねマーガレット」
薬の封を開け、一息に。その刹那。
「駄目だっ」
バタバタと数人の足音と共に、私の動きは封じられてしまいました。
ああ、駄目だった。
ああ、救われた。
両方の思いが私の中に生まれました。
「ど、どうして」
私の手を拘束したのは、弟でした。
薬を取り上げたのは、殿下でした。
心配そうに周囲を囲むのは、私を断罪する筈の人達でした。
「姉さんごめん。ごめんなさい」
「コーデリアすまない。優秀なお前なら私とでは無くても自力で幸せになれる。マリアと違いお前は強い、そう勝手に思っていた」
「王族と婚約していた令嬢が、婚約破棄をされた後どうなるかなんて考えてもいませんでした」
「あなたなら、すぐに代わりの相手が出来るとそう思ってた」
「政略のための婚約だから、破棄しても傷つかないって思ってたんだ」
口々に告げるのは、酷く勝手な言葉ばかりです。
もっと早くこの言葉を聞けたなら、私は悪にならずに殿下とマリアさんを祝福し表舞台から姿を消したというのに。
「何故ここに?」
「この向こうで話をしていたんだ。その、婚約破棄について」
「そうでしたか。なら止めなければ良かったのに。そちらで私が屍になるのを待っているだけで、皆様の希望は叶えられた筈でしょう」
馬鹿な方々だと、笑いたくなるのを堪えてそっけなく言い放ちました。
彼らが植え込みの向こうに居ることを、私は知っていたのです。
ゲームの設定ではここで密談する殿下達をヒロインが見つけ、心を傷める場面です。
だからこの場所でマーガレットを待ちました。
私の独白を彼等に聞かせる為に。
「コーデリア」
「そうしなければ、殿下がマリアさんと婚約出来る日は来ませんわ。それが殿下が一番ご存知の筈。殿下がマリアさんを望むのなら、邪魔な私を虫けらの様に排除すればいいだけ」
「姉さん」
「私は強いわ。強くならなければ、私を厭う殿下の隣りで笑顔で居続ける事など出来なかったもの」
淡々とした口調で、私は殿下に恨みの言葉を告げました。
私が強いから、だからなんだというのでしょう。
「コーデリア、私は」
「私の様な女でも自尊心がある事をご存知ですか。殿下にとっては取るに足らない女。お前は強いからとたった一言で片付けられてしまう女にも、感情があることをご存知ですか」
何かを言おうとした殿下の唇は、私の恨みの言葉に動きが止まりました。
「婚約している貴族女性が一人で夜会に出る事がどれだけ屈辱的な事か、皆様には想像する事も出来ないのでしょうね。噂好きな方々に同情と好奇の目を向けられても、何も感じていない振りをして笑顔で居続ける。そんな事弱い女性には出来ない、だから強くなるしかなかった……のよ」
私の恨みの言葉に殿下も弟達も自分の罪に気がついたのかもしれません。でも、もう遅いのです。
父はもう殿下を見捨てると決断してしまったのですから、王位継承するのはイシュト殿下になり、殿下はどこか遠い領地を与えられるか、急な病に倒れるか。
今ここにいる彼等も、似たような道を辿る事になるでしょう。
「今は驚いて私を哀れと感じているだけ、すぐに後悔することになります。私がこれを飲む飲まないに関わらず、父はもう殿下の側から離れると決断したでしょうし、私は病気を理由に領地に戻ります」
そして楽になる。
領地に引きこもるか、修道院に送られるかは父の考え次第だけれど、どちらでも構わないと思っています。
楽になれるのなら。
「殿下、私はもうあなたの側にいる未来を想像できません」
「コーデリア」
「どうか、私を解放してくださいませ」
断罪され、領地に戻っても。
自分で選んで、領地に戻ったとしても。
結果は同じなのかもしれないけれど、それでも自分で選びたかった。そして、罪を知らしめたかった。
「あなたを支える事だけが、私の未来でした。でもそれは、私が望んだものではありません。私はただ、貴族に生まれあなたの婚約者となった責任を果たしていただけ」
「悔いても、もう遅いのだな」
「はい」
「分かった、もしコーデリアが領地に戻ると決まったならそれで終いにする」
「ありがとうございます」
頭を下げて、そして微笑んで顔を上げました。
「すまなかった。だが、私は愚かでもマリアを愛した事を後悔したくない」
「そうですか。私が領地に戻ってからお二人がどうなろうと、それは私には関係のない事です」
「そうだな」
自分の未来を予想できたのか、もう悔やみ始めているのは、殿下の声だけでも分かります。