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「そんな事言ってはいけないわ。これが一番良い方法なのよ。それに必ず命を落とすと決まった訳じゃないわ」
手の中の紙包みを弄びながら、気休めのような事しか言えないのはマーガレットに申し訳なく思います。
けれどお父様に話してしまった今、もう後には引けません。
殿下は寵愛するヒロインのマリアさんを片時も側から離そうとせず、上位貴族専用のフロアにも、寮にある殿下の私室にも人目も気にせず入室させてしまう程です。
王族である殿下に注意できる教師もなく、私の声などうるさい羽虫程度にあしらわれていまいます。
まあ、沢山の人がいるところで、わざわざ殿下が不機嫌になるような言葉を選んで話し、殿下の冷ややかな対応に耐えきれず涙ぐむ私という茶番劇を延々と周囲に見せつけ続けたせいもあり、マリアさん同様、殿下の評判も地に落ちていきました。
それに対して、どれだけ冷たくされても健気に殿下の立場を守ろうとする私の評判はうなぎ登りで、同情されることはあっても非難する声は一つもありません。
「でも」
「一ヶ月かけて私の体調が悪いことを、周囲に少しずつ印象付けたの。これが最後よ。これを飲んで私が倒れるの、そうしたら殿下の婚約者として適していないと周囲は言い始めるわ。殿下の婚約者に自分の娘をと考える貴族は多いから、その時殿下ご自身がマリアさんと婚約したいと声を上げればもしかしたら」
可能性は低いけれど、ゼロではありません。
この包みをお父様が下さったと言うことは、私が婚約者を辞めて良いと許して下さったと言うことです。
殿下の頑張り次第では、次の婚約者をマリアさんに出来るかもしれません。
もっとも、殿下にそれだけの気力が残っていればの話ですが。
「叶うわけありませんよ。申し訳ありませんが、マリア様はこの学園に通う女性からの評判が最悪です。誰も二人を祝福しないのに、コーデリア様はこの国に笑い者の王妃をお作りになりたいのですか」
「言い過ぎよ」
マーガレットの言葉は辛辣ですが、この学園に通う女性の大半はそう考えているのかもしれないと、私も思っていました。
私が噂を広めたのが無意味に思える程、マリアさんは好き勝手にやり過ぎていたのです。
今やマリアさんは学園に通う女子生徒の敵となり、彼女の周囲には攻略対象では無かった人までいます。
私が弟を奪われた様に、婚約者を奪われた女性とその家族からの恨みを受け、マリアさんは影で毒婦と呼ばれるまでになりました。
毒婦、どこの昼メロかと笑ってしまったのは内緒です。
「でも、コーデリア様は分かっていらっしゃる筈です。貴族の婚約は結婚と同じ、王族と婚約してそれを王族側から破棄されたとしたら誰も、コーデリア様と縁を結ぼうなどと考えなくなる。コーデリア様に何の非が無くとも、社交界に顔を出すことすら出来なくなって、最終的には修道院へと送られるか病気を理由に領地に引きこもるかしかなくなる。それをご存知だからこんな毒を手に入れたのですよね」
「マーガレット、あなた少し怖いわ。それに声を落として」
泣きながらマーガレットは、私に思い止まるよう訴えました。
彼女の気持ちは嬉しいですが、ここで止めてしまうわけにはいきません。止めてしまえば全て無駄になってしまいます。
「殿下はご自分の想いを優先して、コーデリア様の人生を踏みにじろうとされているんですよ。それが許されると言うのですか。お嬢様はこの国の聖女なのですよ」
「仕方ないのよ、弟ですら私の味方ではないのよ。私は自分で私の存在を消すしかないの。家に迷惑を掛けずに婚約を破棄するにはこれしかないの。私が死ぬことで家を、家族を守れるなら本望よ」
私は誰も恨んでいない。
優しい聖女のまま、姿を消そうとしている。
演技ですが、それでもこれは本心の一部でもありました。
私自身を守れなくても、せめて家族は守りたいのです。
「でもそれは殿下の自業自得ではないですか、婚約しているのに他の女性と親しくされるだなんて、あってはならないことです。陛下でさえ側室を持たれていないのですよ。神様の御前で誓ったというのに」
マーガレットが怒ってくれるのは嬉しいです。
いつだって、マーガレットは私の味方でした。
「あなたの気持ちは嬉しいわ。でも元々殿下のお気持ちは私に無かったし、私も政略だけの関係と割りきっていたのよ、私達だけの口約束なら簡単に解消出来たのでしょうけどね」
一番良いのは婚約を回避することでしたがそれは叶わず、ならば弟だけでも救いたかったというのに、今は他人よりも遠い関係になってしまいました。
マリアさんの手腕は恐ろし過ぎます。
「私達の婚約は、国としての決定で王家と公爵家の契約の様な物だから、片方に好きな人が出来たから解消しようなんて気軽に出来るものではないわ。でもこのままだと間違いなく殿下は婚約破棄をしようとするでしょう。卒業次第に結婚という話も出始めた今、悠長な事は言っていられない。
でも実際に婚約破棄なんてしたら殿下はお父様達に継承権を剥奪されてしまうでしょうね」
実際の決定権は陛下にあっても、公爵としての父の力は強いし、評判が悪いマリアさんとの婚姻なんて認められる筈がありません。何より私の価値を下げてしまう原因となった二人をお父様が許す筈がありません。
「旦那様が殿下側で無く、イシュト殿下に付かれると」
「これを下さったというなら、もうお父様は決断された。お父様の決断は正しいわ。仮に、後先考えず私を排除しようと殿下が動くというなら、それは父の手助けが不要だと言っているのと同じ。そんな侮辱をお父様は甘んじて受ける方ではないわ。それに第二継承権を持つイシュト殿下は非情な方よ、敵になったら弟なんてすぐに足を掬われる」
これでいっそ死ぬことが出来たら、大切な弟が苦しむ姿を見なくてすむのですが。
これは仕方ありません。弟の自業自得と諦めます。




