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そんなこんなで、現在十八歳まで大きくなりました、私コーデリアです。
前世の知識から色々足掻いてみようかと、試行錯誤の日々を送ってはみたものの、ゲーム補整というものなのでしょうか、婚約を回避出来る訳でもなく、殿下と親しくもなれずどちらかと言えば嫌われている状態で、気が付けば十八歳になっていました。
殿下との関係は最悪で、常に冷ややかな眼差しで見られています。婚約破棄が無くても無事婚姻までたどり着くのは難しい気がします。
取り合えず両親が優しく夫婦円満、私との関係も悪くないというのが救いでしょうか。
攻略対象の一人でもある一つ下の弟は、学園に入学するまでは普通に仲の良い姉と弟でしたが、弟が入学した年に私のクラスにヒロインが転校してからというもの疎遠が一気に進み、今では口も聞いてくれなくなりました。まあ、弟が陥落する頃には殿下も他の方々も夢中になっていたので、ある程度予想はつきました。抵抗しても無駄なのだと。
殿下のことは最初から諦めていたものの、可愛い弟は大好きだったので仲好しのままでいたかったのですが、ヒロインが最強すぎました。とほほ。
弟を奪われた私は、ゲームへの抵抗を諦め婚約破棄まで大人しくしているべきか否か迷いましたが、弟まで簡単に攻略してしまったヒロインに思うところがあり、ゲームの設定にはない行動を取ることに決めました。
そして、ヒロインが認められる聖女イベントを奪い私自身を聖女とした後、密かにヒロインの噂話を広めました。
ヒロインは悪意を持って、殿下やその他の攻略対象の男性に近寄っている。特に私には敵意を持っていて、殿下の好意が自分にあるのを良いことに私への嫌がらせをしているらしい。という噂です。
ヒロインは強気な性格で、実際私に嫌味を言ってくる事が何度かありましたから、こっそりと(でも噂好きなクラスメイトに見えるように)ヒロインの嫌味を受けるだけで面白い位に広まっていきました。
お陰で弟との仲は最悪になりましたが、それも仕方ありません。
「コーデリア様、遅くなりまして申し訳ありません」
弟の冷たい態度を思いだししょんぼりとしていたら、侍女のマーガレットがやってきました。
「マーガレット、声が大きいわ」
慌てた振りをして、私はマーガレットを嗜めました。
今は昔の事に浸っている場合ではありませんでした。
これは最後の私の抵抗。
一世一代、大勝負の時なのです。
「申し訳ありません。気が急いていたものですから」
声を落とし、足早にマーガレットが近付いてきました。
裏庭の奥まった場所。古ぼけたベンチが一つあるだけのここに理由も無くやって来る人はいませんが、それでも注意は必要でしょう。
マーガレットの歩みに合わせ、私はベンチから立ち上がりそれとなく辺りを見渡しました。
「大丈夫よ、誰も今はいないみたいだし。でも、気を付けてね」
植え込みの陰に人影が見えます。
今の私達の会話で存在に気付いたでしょう。
私から彼らの姿が見えるということは、彼らからも私が見えるということです。
彼らが観客、演じるのは私です。ああ、ドキドキします。上手くいくでしょうか。
「旦那様からこれを預かって参りました」
服のポケットに忍ばせた小さな紙包みを取り出すと、マーガレットはそっと私の手に握らせました。
「これが届いたということは、お父様は納得されたのね」
「はい。渋々ですが」
「そう、良かった。これで最悪な結果は避けられたわね。私だけ、それだけですむのね。良かった」
にっこりと、優しげにそして何かの痛みに堪える様に意識して笑うと、マーガレットはしゃがみこんで泣き出してしまいました。
「泣かないで、あなたが泣く必要なんて何も無いわ」
優しくマーガレットの髪を撫でながら慰めると、泣き声は更に激しさを増しました。
侍女で私の乳兄弟でもあるマーガレットは、お人好しで優しい私のお姉さんの様な存在です。
この涙はその親しさ故でしょう。
「コーデリア様が泣かないから、私が泣くんです。お労しいコーデリア様。あなたが犠牲になる必要があるのですか?」
「あるのよ。だから堪えて頂戴」
「でも、それを飲んだら死んでしまう可能性だってあるのですよ、あんな殿下の為に身命を擲つ必要がどこにあるというのですか」
カサリと葉が揺れる気配がしました。