未来の視点:0日目:疑問
――校門前。加藤さんはゆっくりと車を止めた。
続いて運転席から降りた加藤さんは、私達の座っている後部座席のドアを開いた。
ドアが開かれたのを確認した葉子さんは、私に向き直り、
「行きましょう」
と私の手を引いた。
車から降り立つと、葉子さんは微笑み、ゆっくりと手を収めた。
さり気無いという言葉がしっくり来る、束の間の、ほんの二、三メートルのエスコート。
「ありがとう」
私は精一杯の笑顔を返した。
「あ、そうそう……。秋葉様、お昼のお弁当はお持ちでしょうか?」
不意に投げかけられた、加藤さんの一言。
お弁当……。
私は、いつも朝ご飯の残りをお昼のお弁当にしている。
今朝の朝ご飯は、勿論、食べていない。つまり、昼食のお弁当も無い。
思わぬ形で突きつけられた辛い現実。
気分が沈む。でも、これは自業自得、受け入れなければいけない代償。
『グゥ』
お腹が泣いた。精神面で幾ら取り繕っても、体は正直なようです。
しかし、どうしようもない。耐えるしかないのだ。
「……よろしかったら、こちらをお召し上がり下さい」
気持ちを整理していたその時、加藤さんは白い包みを私に差し出してきた。
(……これは?)
お腹の事に気をとられていたので、状況が飲み込めない。
よく分からないままに手渡された白い包み。私はそれに視線を落とす。
そして、加藤さんの会話を整理してみる。
『あ、そうそう……。秋葉様、お昼のお弁当はお持ちでしょうか?』
『……よろしかったら、こちらをお召し上がり下さい』
そっか……これはたぶん、お弁当。
お礼を言わなくては――。そう思い、私は前に向き直る。……が、そこに加藤さんの姿は無かった。
慌てて辺りを見渡す――。
すると、遠くに黒い車が見えた。間違いなく、加藤さんの車だ。
お礼が言えなかった。呆けていた自分がチョット恨めしい。
去り行く高級車を眺めながらの後悔。……今日何度目の後悔だろう。
「未来さん? 早く教室に入らないと、遅刻してしまいますわ」
振り向くと、葉子さんは校門の中にいた。
腕時計を見る。
八時二十七分。……危うく皆さんのご好意を無駄にしてしまう所でした。
私達は、駆け足で校舎へと向かった――。
……ん?
下駄箱で靴を履き替えていると、一つの疑問が脳裏を掠めた。
『あ、そうそう……。秋葉様、お昼のお弁当はお持ちでしょうか?』
加藤さんは私の事を秋葉様と言った。
私が加藤さんに出会ったのは、今日が初めて。
……自己紹介って、したかなぁ? 記憶を探りながら教室へと歩を進めた。
『ゴンッ!』
「痛ぁ!」
不意に顔面を襲った鈍い痛み。
よろめいた私は、咄嗟に目の前を確認する。
と、そこにあったのは教室の扉。
……私は扉にめり込んだらしい。
「未来さん、大丈夫ですか?」
葉子さんが心配そうな顔をしながら、私の体を支えてくれている。
恥ずかしい。顔が火を噴きそうだとはよく言ったものだ。
「う、うん、大丈夫。ボーっとしてた」
大丈夫じゃない。鼻が痛い。おでこも痛い。
……でも、耐える。慌てふためいて、恥の上塗りをする事だけはしたくない。
私は何事も無かったかのように振る舞い、目の前の扉を開いた。




