その2
銀行員
教会で出迎えてくれたのは、あの神父だった。
「すみませんでしたね。お呼びだてしてしまって」
目を細めた柔和な笑顔がそこにはあった。
四角くふちどられたメガネを着用しており、それが神父の知性あふれる顔立ちをさらに増している。さらには首から下げたロザリオが印象的だった。
敬虔な教会内部、冗談のように天井が高い、前方には十字架と「救い主」、ステンドグラスはきらびやかな宝石のようで、この場所に存在しているだけで自分がマシな人間になったような錯覚を与えてくれた。
「いえ、それでお話というのはなんなんですか?」
雨森が聞く。神父はにっこり笑ってから言った。
「はい。この前の学校での事件のことなんですがね」
「事件というのは、殺人未遂事件のことですか?」
「そうです」
てっとり早くいきましょうか、と神父は続けた。
「あの被害者2人について警察ではまったく情報を得られていないようですね。さもありなんといったところでしょう。なんせ彼らは忍者なんですから」
「は?」
いきなりの言葉に雨森は困惑した。訳が分からない。忍者とか、いったいこの神父はなんの話をしているのだろうか。
そんな雨森の困惑をよそに、神父がさも当然そうな笑顔で続けた。
「いやはや私も、あのあと色々と情報収集をして分かったことなんですがね、幻覚放送の構成員は全員忍者らしいのです。役職者なのかは分かりませんがね。彼らはこの教会のこと・・・・・いえ、私のことを探っていたのですよ。ですから始末したと、そういうわけなんです」
「え?(怪訝)」
「その矢先にあなたがたが現れた。銀色のブレスレットがチラっと見えましてね。つまりはそういうことなんでしょう?」
「え?(混乱)」
「貴方がたは幻覚放送の構成員というわけだ。警察とも親しい関係にあるということはかなり上層部の人間なのでしょう。だから、ですよ」
雨森は神父の言葉が理解できなかった。
神父の姿はまったく同じで、にこにこと人の良さそう笑顔のままである。
神父はそのまま、首から下げたロザリオを取り出した。そのまま刃を抜く。ロザリオ型のナイフ。しかも、それだけではない。
[それでは殺人鬼よ。早々に始末せよ]
ロザリオの十字が交差する部位に目玉が現れたかと思うと、そいつが雨森をギロリとにらんで言った。
ナイフの呼びかけに対して、神父は一歩前へ。ゆっくりとこちらに歩いてくる。にこにことした笑顔が逆に不気味だった。ホワッツ・ハプン!
「なるほどね」
物忌みが雨森の前に出て言った。
「ちょ、ちょっと!」
「銀行員さんは下がっててね。銀行員さんに戦闘力は皆無だからさ。足手まといなんだよね」
「なに言ってんのさ」
「だから足手まといなんだよ。ナメクジのほうが役立つよ。バクテリアだって銀行員さんよりは強い」
ボロクソに言われる雨森。
「いやいや、というか丸腰じゃマズいでしょ」
「大丈夫。武器ならあるよ」
いつの間にか物忌みの手にはステッキが握られていた。
それは古きよき時代の魔女っこステッキである。スターでライトなブレイカーが撃てそうだなと、雨森はぼんやり思った。
「さあってと」
物忌みは、ステッキをばしっと神父に向けると、高らかに宣言した。
「愛宕神社・夜刀の神の物忌みが相手になるよ、殺人鬼さん」
総会屋
服を買い終わってもまだ12時前だった。
女の子の買い物はおそらく10時間くらいかかるだろうと予測していたニートは拍子抜けしていた。ジャンヌは服を買うという概念をもちあわせておらず、けっきょくのところニートがすべての衣類(下着は別)を買いそろえることになった。そのおかげで、買い物はすぐに終わったのだ。
この二人のやりとりは最初から変わっていた。幻覚町でわりと栄えている国道沿いの店を前にして、ニートはこう言ったのだ。
「100万円までな」
「なにが?」
「服だよ服。100万円までで好きなもん買えよ」
「100万円ってことは100円までってことね」
「八百屋じゃないんだから。ねえ君、商店街の八百屋じゃないんだから。100万円つったら100万円だよ」
「ニートのアンタにそんな大金あるわけないじゃない」
「おいおいフロイラン。あんまり甘くみるんじゃねえよ」
「どうせ親からもらった金でしょ」
「違いますー。ちょー違いますー。金持ちの弟にせびったんですー」
「くず」
「うるせい。いいんだよ。あいつは日経読みながら恍惚とした表情浮かべる変態だからね。金があるなら使ってやらねければならないのDETH。とにかく、服選び、日が暮れるまでには終わらせてちょうだいネ」
でもわたし服とか買ったことないし、と金髪が言ったところでニートは仰天し、自然な流れでニートが見繕ってやることになった。
今、彼の両手には大量の紙袋がマンガのようにおさまっている。そして、彼の後ろをトオトボ従うジャンヌはというと、
「ねえ、やっぱりこの格好、変じゃない?」
恥じらいとともに彼女は言った。
「なになに。俺様ちんのセンスが気に入らないってか」
「そうじゃなくて、この服、胸が強調され過ぎてない?」
「それがどうしたい」
「だって、あんた胸の大きな女の子嫌いなんでしょ? なんでこんな服選んだのよ」
わたしは好きだけどさ、とジャンヌの呟きが漏れる。
ニートは、けっと吐き捨てると、
「舐めるなよ。いくら俺でも、自分の好みで人の個性をなくそうと思うほど落ちぶれちゃいねえよ」
「個性って別にそんなんじゃ、」
「おいおい、しっかりしてくれよ。ホルスタインの君から巨乳をとったら何が残るっていうのかね」
「……バカ」
それだけ言って、ジャンヌはニートを追い越して歩きだした。若干早歩きになっていて追いつくのがやっとだ。
どうしたんだ急に、とニートは怪訝に思った。はやくも効果が出たというわけか。服を変えたおかげで彼女の病的なサディズムがなりをひそめたというわけだな。よしよし。いいぞいいぞ。
「わお、ニートさんじゃねえか」
有頂天だったニートを奈落の底に叩き落とす声がした。
ぎぎぎぎぎ、とグリスの切れた機械みたく首を横にする。とっつぁんの姿を見て、ニートは「げげげげげ」と悲鳴をもらした。
「こんな昼間っから活動してるなんて、そんなに任意同行されたいのか、おまえ」
「YAHHOO! とっつぁん、元気してた? それと、任意同行の意味、yahooで調べたほうがいいと思うぜ」
「がはは。なかなか面白い冗談じゃねえか。ご褒美に、おじさんから一つプレゼントだ」
「なんだいなんだい、逮捕令状のプレゼントとか言わないよね」
「もっと素敵なものだYO」
とっつぁんがグイっと顔を近づけた。
あ、逃げたい。しかし、それは叶えられない望みだ。
「奴が帰ってきた」
マジメなとっつぁんの声だった。
こんなハードボイルドな声、ニートは2年前に一度しか聞いたことがない。
「すぐそこにいる。ついさっき、俺も奴に会ったばかりでな。嬉しすぎて小便もらしちまうところだったぜ」
「なあ、とっつぁん。アンタ、」
「大丈夫だ。耐性はついてるからな。そう簡単に支配されないさ」
「それは重畳だな」
「おうともさ。ほれほれ、感動の兄妹再会シーンといきましょうよ。けけっ、自分のケツは自分でふけよ」
「えー」
「両手に花だねー。それじゃ、教会のほうがヤバいことになってるみたいだからこれにて失敬。アバヨ!」
言うだけ言うと、とっつぁんは去っていった。
無線で指示をだすとっつぁんの姿が消えて、ニートは本気で逃げ出したくなった。




