その3
瞬間、
物忌みが縄から脱出し終わると、すぐさまステッキをふるって夜刀の神を召還し、大統領へと疾走を開始した。
その動きに対して、殺人鬼が立ちはだかった。無限にわき出る夜刀の神を神父はナイフを振るうことによって防いでいった。物忌みの顔に焦りがでてくる。不意をついた一瞬はあっという間に経過して、奇襲は失敗に終わった。大統領の合図によって1万もの奴隷たちが壇上に殺到した。ほぼすべての奴隷が物忌みに襲いかかり、残りが雨森を拘束しにかかった。この前の株主総会と同じ展開になるが、ジャンヌは縛られたままだ。物量と殺人鬼のナイフに物忌みは押されはじめる。くっ、と口元をゆがませ、それでも彼女は前に出た。銀行員さんはがんばった。ならば次はわたしの番だと、物忌みは力を振り絞って大統領へと進撃する。奴隷たちが迫っても物忌みは防御しなかった。奴隷たちの物量が物忌みに直撃する。殴打され、肉がきしむ音がした。それでも物忌みは前に出た。じわじわと前進する。大統領の驚いた表情が見えた。その顔は満面の笑みに変わった。疑問に思った物忌みは気づかない。背後に立った男が物忌みにむかってバットを降りおろした。
*
雨森は逃げていた。
もう札束はなかった。諭吉は燃えて灰になった。それでも彼は逃げていた。逃げながらチャンスをうかがっていた。どうにか姉のもとにたどり着けないかと経路を探すのだが、彼女の周りには奴隷の壁ができていてまったく近づけそうにない。ナメクジよりも役に立たない僕、そう自嘲しそうになり、意思の力でつぶやくのをやめた。彼は逃げた。飛びかかってきた奴隷をでんぐり返しでかわした。逃げきれば勝ちだ。自分がすべきなのは時間かせぎだった。とにかく1秒でも長く銀行員の能力を継続させる必要があった。もう姉に勝つ手段は残されていないのだ。あとは無駄でもいいからひたすら逃げて、逃げて、逃げまくるしかない。雨森は物忌みのほうに視線をやった。彼女の背後にバットを持った男が立っていた。
「物忌みちゃん!」
*
決断した。
その数瞬間のことを雨森は覚えていない。
降りおろされたバットが雨森の頭を砕いた。
バチンと火花が散ったような気がした。電気信号が誤作動してめちゃくちゃに回路をつながれたみたいだった。あっけにとられている物忌みの姿がやけに鮮明に見えた。どさっと地面に倒れる。額からは血が出ているのがわかる。耳と鼻からも何か出ている気がした。物忌みが雨森のことを抱き起こした。おお、感動的な場面だ、そう思った雨森は罵倒された。
「バカッ!」
「あれ?」
「あれ、じゃないわよバカッ!」
バチンッ!
頬をうたれたと気づくのに雨森は数瞬かかった。
「ねえ、物忌みちゃん」
「なによ」
「なんで僕、怒られてるの?」
バチンッ!
「だ、だって僕は命がけで、」
バチンッ!
バチンッ!
「やめてえええ!!」
「そのへんにしておきなさい」
大統領が言った。




