その6
銀行員
あとは任せたぜ。
そう言われた雨森(弟)は途方に暮れていた。いったい、どのようにすれば後を任せられるというのか。だって状況を見れば明らかだ。兄の同盟作戦は失敗し、僕らは負けた。姉さんの陣営は無傷のまま残っている。この状況を兄さん抜きでどうしろというのだ。ナメクジより役に立たない僕なのに?
そんなことを考えているうちに、ニートは刑事に連行されて教会から出ていった。ジャンヌは黙って、その後ろ姿を見送るだけだった。
「さてと」
物忌みが言った。
「逃げようか」
「ちょっと待ちなよ。物忌みさん、正気?」
雨森が驚いて聞くと、物忌みが平然として言った。
「まさか、雨森くんに正気を疑われるとはね」
「あはは、つまりナメクジ以下の僕より下……」
「うん?」
「ウソです。はい」
物忌みは、ふうとため息をついてから言った。
「逃げる他に、何か方法があるなら聞くよ?」
「どうやって逃げるのさ。こんなに囲まれてるんだよ?」
「そうよ」
大統領がドヤ顔で割って入った。
「簡単に逃がすとでも?」
「そうだね。殺人鬼さんもいることだしね」
物忌みは、大統領の背後に目をやる。そこには、いつの間にか神父がニコニコと満ち足りた表情で立っていた。どこか憔悴している様子だが、それを補ってあまりある神聖さが体中からあふれかえっている。
「これは大変だね」
それでも、物忌みは余裕の表情だった。
「殺人鬼さんの能力をかわしながら、奴隷さんたちの壁を抜けるのは難しいだろうね。うん、一人じゃ無理だよ」
物忌みはジャンヌのほうへと顔を向けた。
「というわけで、総会屋の媒介者さん」
「なによ」
「ここは一つ、協力しあうってことでいいでしょ?」
「……仕方ないわね」
同盟が成った瞬間、殺人鬼の能力が襲いかかった。
さらに、大統領の号令がかかった。教会をうめ尽くしていた奴隷たちが、目を血走らせながら襲いかかってきた。まるで津波のような人波。壇上はアメーバに浸食されるように人の山で覆い尽くされた。大きなヘビが召還され、剣がふるわれる。人垣がくずれ、すかさず殺人鬼のナイフがおどった。雨森はひいひいと情けない声をあげて逃げまどうばかり。途中で思いだしたように、へっぴり腰のパンチを繰りだすのだが、狙いがそれて体勢をくずし、地面にウギャッと転げ落ちてしまう。さすがナメクジ以下な僕、と自嘲するのもつかの間、転がった雨森を拘束しに奴隷たちが襲いかかってきた。逃げ足だけは速い。ヘタレ全開の雨森はひいひい言いながら札束をとり出して宙にバラまいていく。よく訓練されていない奴隷たちが諭吉に飛びついて人垣がくずれ、その隙をついて雨森はなんとか逃げまわった。大統領は騒動の外に避難して喧噪を見守っている。ライオン鳥はその隣にあって、ほっほっほと嬉しそうに笑っていた。議長の忍者二人は「これにて第一回株主総会を終了します」と宣言してからビデオカメラをまわしはじめた。喧噪は次のステージに移り、悲鳴がそこら中に満ちた。小さなヘビが天井から落ちてくる。剣とナイフの金属音が連続する。教会の窓ガラスが割られ、「救い主」に黒いヘビが激突する。ひときわ大きな白いヘビが宙に飛び、天井のガラスを叩き割って天高く飛翔した。細かく破砕されたガラスの粒がライスシャワーのように降り注いでいく。キラキラと光を反射させて輝くガラスの粒は幻想的だった。ライスシャワーを浴びたゾンビたちは少しするとおとなしくなった。気づいたのだ。いつの間にか雨森たちは壇上にはいなかった。白いヘビにつかまった彼らは教会の天井を突き破って、空をマッハで移動していた。へたれの雨森は高所恐怖症で、物忌みの断崖絶壁にガッチリつかまっている。なんとかなったね、という物忌みの言葉に雨森は反応できない。雨森は気絶していた。へたれ、誰かがつぶやいた。




