その3
総会屋
待たせたな、俺だよ。
「ヒイイイハ、」
「かーえれ! かーえれ! かーえれ!」
ニートの決めセリフは全株主による帰れコールによってかき消された。老いも若きも拳を振り上げ、よく訓練された奴隷として帰れコールを絶叫する。あまりの音量に教会のガラスが割れ、10キロ離れたところまで声は届いたらしい。
「おおう、ご機嫌じゃねえか」
ニタリと不敵な笑みを浮かべてみせる。そんな彼にむかって帰れコールが強くなる。ニートは「ありがとう、ありがとう」と両手を軽くあげてうなずく。さらに帰れコールが強くなり、もはや何を言ってるのか聞こえない。ニートはそのコールを「カーエール」に変換し、フランス美人を獲得した自分への賛美と思うことにした。
「ありがとう、諸君!」
ニートは感涙にむせび泣いた。
「この女、でかい胸以外は全部サイコーだった!」
審議の赤いランプが点灯。大統領がいち早く反応。ジャンヌの金蹴りをさらりとかわしたニートが、周囲をキョロキョロ見渡してから言った。
「2人足りねえな」
「ねえ、ちょっとアンタ。ねえ、ねえ」
シスター服に着替えたジャンヌが顔を真っ赤にして食ってかかるのだが、ニートは相手にしない。
ニートは周囲の観察を続けた。
壇上にいるのは、自分とジャンヌ、弟に物忌み、大統領にライオン鳥とパースペクティブ、そして忍者二人だった。
銀行員はキョトンと鈍感さを示し、物忌みは「へー」とばかりにジャンヌをみつめている。大統領は悪鬼の形相になって奴隷たちを喜ばせ、忍者二人は中立をたもって無表情。そしてなにより、大統領の隣に座ったライオン鳥の様子にこそ注意を払うべきだどニートは感じた。
この幼女、さきほどから妹の横にぴったり寄り添って座っている。まるで長年連れ添ったパートナーだ。ニタリとイタズラに成功した子供みたいな笑顔を浮かべて、合図をおくってくる。なるほどなるほど、そういうことか。
「議長にもの申す!」
ライオン鳥が勢いよく立ち上がって言った。
「発言を許可します」
「それでは軽いジャブからいこうかのう。とりあえず、総会屋どのや、30分遅刻したからには、その理由を説明していただきたい。納得いかない理由ならば、その資格なしとして、総会から退場するのが筋じゃろ?」
銀行員
パースペクティブの言葉を前にして、銀行員は困惑したように口を開いた。
「ねえ、物忌みさん。なんで味方のはずのパースペクティブさんが兄さんを困らせるようなこと言ってるの?」
「正気?」
「え、あ、うん。たぶん」
「どう考えても裏切りだよ」
裏切り? と幼稚園児のように問い返す雨森に対して、物忌みが、ため息をついてから言った。
「ライオン鳥の役職は、つねに混沌をもとめてるって、最初に会ったときに言ってたじゃない。きっと、わたしたちに総会を開くように提案したのだって、そのためだよ」
「いつもニコニコ?」
「あなたの隣にはい寄る」
「「混沌」」
あはははは。
総会屋
ニヤニヤ楽しそうに笑うライオン鳥を前にして、ニートもまた嬉しくなる。「よおし、今日もみんな、ウキウキしようぜ!」と誰にも分からないネタを叫ぶ。「焼きピザ多重次元で会おう!」と訳の分からないセリフも忘れない。ニートがニタリと笑った。
「荒ぶるニートのポーズ!!」
右手で額を抑え、左手は水平にのばし、片足でフラミンゴのように立った。全株主は唖然呆然で絶句し、しーんと静まりかえった。
「受けてたつ!」
ライオン鳥。両手をY字にあげると、同じく片足で立って、
「荒ぶる哺乳類のポーズ!!」
ばばばん!!
自分で「ばばばん!!」と効果音を叫び、ドヤ顔のライオン鳥。全株主も歓声をあげるべきか迷っている。
「やるなあ」
ニートはライオン鳥を見直していた。
わけのわからぬ行動で煙にまこうとしたのに、相手のワケワカメな行動によってシリアス・ブレイカーが相殺されてしまった。これではドサクサにまぎれて主導権を握ることができない。さてさて、楽しくなってきやがった。
「あ、30分遅れた理由でしたね」
なにごともなかったかのように、ニートが言う。
全株主を説得し、懐柔し、大統領討伐のための同盟を組むための伏線。精神攻撃は基本だ。彼は卑屈なほど低姿勢で言った。
「実はこのジャンヌ、妊娠しちまったようで。ええ、つわりがひどくて吐いてしまったんスよ。で、その看病するのに忙しくて、遅れてしまったというわけでして」
商店街のオヤジ
総会屋の言葉に大統領が狼狽するのをオヤジは見た。
幻覚商店街の自治会長といえば、シャッター商店街を見事に再建してみせた熱血オヤジとして有名である。この熱血オヤジの本業は八百屋であり、夕方のタイムセールスに店の前を通れば、安いよ安いよ大根一本100万円だよ、と暑苦しいダミ声を聞くことができる。ハゲにハチマキ姿がトレードマークで、いささかウザいことを除けば皆に愛されるステレオタイプの下町キャラクター。それが、このオヤジだった。
熱血オヤジは幻覚教会の最前列で総会に参加していた。大統領のご尊顔を拝めるこの席を確保するためにオヤジは店がかたむくくらいの財産を消費させていた。そのかいあって、大統領の姿はすぐ近くにある。しかし、総会屋の言葉に狼狽する大統領の姿はオヤジの期待する彼女の姿ではなかった。
ガタっと立ち上がり、憤怒の表情を浮かべて、体をふるわせている大統領。目の前の机に両手をついて前傾姿勢となり、まるで手負いの獣のようだ。
オヤジは困惑していた。
唯一絶対神の彼女の醜態に、すうっと心に冷たいものがよぎった。それは他の株主も同じだった。




