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その2


 総会屋


 教会の控え室でニートは逆立ちをしていた。

 すでに時刻は12時をまわっている。株主総会まで10分をきっていた。そんな中で、ニートはさきほどから意味不明の行動をとり続けている。

 雨も降っていないのにレインダンスを踊ってキャキャキャと笑い、次の瞬間には神妙な顔つきになって荒ぶるニートのポーズを鏡の前でチェックしている。表情がめまぐるしく変わり、その行動の予測は不能。今は、大きな古時計をじっと見つめていた。

 その古時計はニートの身長ほどはある大きな置き時計だった。チックタックと、人間でいうなら腸にあたる部分にメタロームの揺れる様子が見て取れる。その外見は古ぼけており、時刻をあらわす数字はもちろんアラビア数字だ。触れれば壊れてしまいそうなのに、年を重ねた英国紳士のような威厳を時計はもっていた。擬人化すれば、豊かな白いヒゲをサンタクロースのようにたずさえていることだろう。

「なるほど!」

 ニートは突然、啓示に襲われた。

 つまり、この古時計は人間と同じく知的生命体で、いまもニートの様子をじっと伺っているということ。年上を敬わなければならないのと同じように、自分より永く生きている物にも敬意をしめさなければならない。まさか無機物が無機物のままでいるなんてことはあるまい。この古時計も100年を越えたあたりで魂と理性を獲得し、迷える子羊たちの悩みを解決してきたに違いない。だって、俺よりも構造が複雑そうだ。ほら、歯車とか気が遠くなるほど細かいし、俺と違って一定のリズムを刻むことだってできる。ならここは一つ、話し相手になってもらうおう。ニートは法王にでも話しかけるな神妙な態度をもって、古時計にむかって口を開いた。

「あの、ちょっといいですか?」

「なにかね」

 古時計は優しげな中に威厳を漂わせながら言った。

「俺の家族ってばちょっと厄介な人間ばかりでして。あ、最近、その厄介の中に金髪巨乳も加わったんですが、とにかくあいつらときたらやることなすこと常識はずれもいいとこで、常識人の俺はほとほと困っちゃうんですよ」

「ほほお」

「いやだって、ふつう人様のことを支配したいとか思わんでしょう。ふつう金が好きでもないのに熱心に投資したりしないでしょう。それになにより剣を振り回して悦んでるなんて狂気の沙汰ですよ。あいつらは俺のことを困らせて嬉しいんですかね」

「なるほど、愛ですな」

「んんッ? ちょっと待ってください。これ重要なんですけど、それはどっちがどっちを……」

「無論、」

「あ、やっぱりいいです。やめてやめて!」

 そこでギイっと控え室の扉が開いて、古時計は無機物に姿を変えた。

 入ってきたのはジャンヌだ。ニートの買ってやった胸の強調された服を着ている。彼女は、手を腰にやって言った。

「なに独り言いってんの?」

「ホワッ。なんのことだい。俺様ちんは英国紳士の方に相談をもちかけてただけだぜ?」

「ねえ、大丈夫?」

「失礼な奴だな。だいたい、」

「違うわよ。あんた一人で大丈夫かってこと」

 ジャンヌは不機嫌そうな表情にみえる。

 しかし、声にはしっかりとニートのことを心配している様子があった。それを聞いたとたん、ニートは「ちっ」と舌打ちを打ち、いつもの演技をやめた。

「大丈夫だよ。俺を誰だと思ってる」

「でも、気が進まないんじゃないの? なんなら、わたしが代わりにやってもいいのよ」

「旗持ちはイヤだってか? ずいぶんな変わりようじゃねえか。もっとも、これから始まるのは命のやりとりじゃないけどね」

 どんどん不機嫌になるジャンヌ。

 彼女が浮かべる意図的な蔑みの目。それは誰もがヘビに睨まれたカエルになるであろう視線だ。しかし、ニートはカエル野郎ではなかったし、ジャンヌの視線の意味も理解していた。彼は言った。

「歩み寄るほうがリスクを負担すべきなんだよ」

「それ、気休めにもなってないって分かってる? 相手の無神経はぜんぶ自分が背負うって意味よ?」

「その相手の中にはお前も入ってるって知ってるかい」

「はっ、笑わせないで」

 ジャンヌがバカにしたように続けた。

「これ以上歩み寄れないほどにくっついてるでしょうが」

「へー、そいつは知らなかったな」

「はっ」

「けっ」

 そこで二人は共犯者の笑みを浮かべた。

 ジャンヌは時計を見ると、ニヤリと笑って言った。

「時間だけど、どうする?」

「分かってるだろ?」

 ジャンヌとうり二つな笑みを浮かべたニートが言った。

「30分、遅れてから行く」



 銀行員


 株主総会が開催される幻覚教会には、すでに株式会社GENKAKUの全株主が勢ぞろいしていた。

 教会内部はすし詰め状態。当然、全員が中に入れるわけがないので、教会の外には人間があふれかえることになった。あたりは喧噪につつまれている。苛立ちが教会を震わせて今にも爆発しそうだった。男は舌打ちをし、女はケラケラ笑い、子供と老人は沈鬱な暗い瞳で壇上をにらみつけるばかり。父親は獣となり、母親は淫乱に戻り、赤ん坊が覚えたての自慰にふけって教会の神聖を冒涜していった。

「なんでこないの!」

 取締役として壇上にのぼっている雨森は泣きそうな声で言った。

 一段高いところから見下ろす教会の様子は地獄のように思えた。それもこれも、すべて兄のせいである。

「こんなときに遅刻なんてありえないよ!」

「銀行員さん、ちょっとは落ち着きなよ」

 隣で平然そうに座っている物忌みが言った。

「そんなに慌ててたらみっともないよ?」

「ふん。なんてったって、ナメクジより役にたたないわたくしですから?」

「戦闘では確かにナメクジ以下。でも、それ以外の銀行員さんはすごいよ。今回に関しては、少し見直しちゃった」

「惚れた?」

「ばーか」

 死ぬの? とでも言わんばかりの物忌みの態度に、童貞の雨森はグサリとやられ、顔をうつむかせて黙ってしまった。

 そのとき、ニートがさっそうと現れた。


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