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その4

 殺人鬼


 いやいや困ったことになったよ。うん、見て分かるだろ。二人足りない。トイレに行ったんだよ。一人がさ、取り調べ室から出ていったんだね。いつまで経ってもさ、帰ってこないもんだから、あれおかしいなと思ったわけだ。もう一人がさ、確認のために同じく取り調べ室から出ていったのネ。これまた帰ってこなくてさ、ビックリ仰天というわけだ。はは、笑え笑え。わかってる。もう、どうしようもないんだろうな。ライオン鳥は大統領の仕業っていってたっけ? つまり■■■■の仕業なんだな。二年前よりさ、パワーアップしてるのが分かるよ。組織だってるんだよな。僕様ちんの予想だとさ、どこかにブレーンがいるよ。彼女の性格からしてさ、組織を統制するということはしないんだね。つまりさ、力をもって征服することにしか意味を見いださないのがあのアバズレなんだな。大統領のそばには誰がいるんだろうな。まさかニートのバカが支配されちまったんじゃないヨネ。そうなったら傑作だよ。あいつがさ、一九六〇年代に生まれてなかったことを何より喜んでいるのが僕様ちんなのネン。それがよりにもよって学生闘争より最悪の大統領闘争に加担したなんてことになればさ、目もあてられないYO。もうさ、現代の治安維持法である道路交通法にのっとってさ、大統領の組織だった五人組の行動すべてをデモ活動と認定してさ、力づくでも解決したほうがいいんじゃないかな。きみはどう思うね。ん、なに電話? 誰から・・・・・弁護士? 接見? 神父さんに接見の申し込みなの? テキトーに取調べ中DETH手がはなせませんとか言っとけよ。はあ? 嘘だろおい。なに考えてんだ。これだからガキが金もつとろくなことがないんだよ。雨森のガキともデートかよ。あそこの一家はつくづく傑物揃いのクソどもばっかだな。まあ、一番の母親がでばってこないだけども御の字か。しょうがないやな。ほれ、神父さん、接見だよ接見。僕様ちんは恐いんでここから出ません。たぶんこれでお別れだろうな。はい、SAYONARA!



 銀行員


 ゾンビだらけの幻覚町をえっちらおっちら移動して、雨森と物忌みは教会に到着していた。

 空気がシンと静まった清廉な空間。救い主をバックにして、幼女と初老の男性が説教壇に立っている。彼女・彼にむかって、雨森は「ええと」と困惑気味に言った。

「君たち、さっき僕の家にいなかった?」

 さきほど自分たちを逃がしてくれたのは目の前の幼女と老人ではなかったか。先回りして教会に着いていたということなのだろうか。

 雨森は疑問に思うのだが、ライオン鳥は答えてくれなかった。ぶすーと不機嫌な顔をして、さきほどから舌打ちのビートがゴッドファーザーのテーマを奏でている。

「ほっほ。すみませんね」

 不機嫌な幼女の代わりにパースペクティブが口を開いた。

「あなたのライオン鳥殿はとても無口なのです。スポークスマンはわたしが引き受けましょう」

「はあ」

「いきなりですが、殺人鬼さんが大変なことになっているらしいですよ」

 パースペクティブが神父の取り調べ状況を説明してくれた。

 警察の取り調べが拷問と変わりないことは雨森としても理解しているつもりだった。しかし、語られた内容は現実感がないほど恐ろしいものだった。法治国家(笑)である。雨森は自分が情けなくなった。やはり、警察か検察を買収しておくべきだったのだ。

「あの、なんとかして、」

「わかっています。こちらとしても、殺人鬼さんに途中で退場されるのは痛い。我らが混沌のためにです」

「なにか方法があるんですか?」

「はい。というか、この段階に入ってしまったら彼女に頼むしかないでしょう。というわけで、殺人鬼さんを救うことのできる人物に来ていただきました」

 ぞぞっと背筋にイヤな汗が流れた。

「まさか」

「そのまさかよ」

 ぎぎいいッと教会のドアが開いた。

 彼女が入ってきた。



 大統領


 教会に入ったとき、大統領は至福の笑顔を浮かべて弟のことを見つめた。

 この笑顔一つで、ふつうならば都道府県一つくらい塵芥にしてしまうほどの威力がある。なのに弟はビクともせず、ポカンと間抜け面をさらすばかり。大統領は支配前の恍惚とした表情を隠すのに必死だった。

「ひさしぶりね、元気だったかしら?」

「うん、姉さんは相変わらず絶好調だね」

「ふふっ。あなたもね」

 大統領はそこでライオン鳥のほうを見た。

 いろいろと作戦をたててくれる彼女は、優雅な笑みと共にコクンと頷いてみせた。

 大統領は、自分の思い通りにならないものは何もないと確信している笑顔で言った。

「それで早速なのだけれど」

 大統領は、長い髪を自然にかきあげた。

「兄さんのこと裏切ってくれない?」



 銀行員


 自分のペースで、自分の喋りたいことだけを喋る。

 姉の相変わらずな様子を見て、雨森は誇らしいような気分を感じていた。やっぱり姉さんはこうでなくっちゃなと、苦笑しながら思う。

「兄さんだけなら、どうとでもなるのよね。だってあの人、自分の力だけじゃ何もできないニートだもの」

「えーと」

「あなたの資金力が恐いのよ。2年前もそれで負けたようなものだものね」

 大統領は両手をあわせてから言った。

「ね、お願い」

 雨森は一秒間だけ考えた。

 姉さんに対抗できるのは兄さんだけだ。ということは、この申し出を受ければ僕らは負けることになる。こんな同盟を受けるバカなんていないだろう。物忌みも、確信をこめてコクンと頷いてくれた。雨森が言った。

「うん、僕、兄さんを裏切るよ☆」

 さわやかな笑顔だった。

「そう言ってくれると思ってたわ」

「それで、交換条件なんだけど」

「ええ、神父さんを助けて、わたしのもとでもう一度働いてもらいます。それでいいんでしょ?」

 あはは、と雨森は屈託なく笑った。

 物忌みもまた笑顔で、雨森の頭をはたいた。

「銀行員さん、なに言ってるの?」

「いたいなー。裏切っただけじゃん」

「それが銀行員さんのすること?」

「だって考えてみなよ。姉さんについていけばガッポガッポだよ? ビルゲイツだって追い越せるよ」

 唖然呆然の物忌み。

 雨森は幼稚園生に世界の理を教えるように言ってやった。

「それにさ、姉さんは胸がでかい」

「それが(ジト目)」

「おっぱいの大きな人間に悪い人はいないよ!(ニコッ)」

 おっぱい教に入信している雨森らしい言葉だった。

 物忌みは自分の胸を見つめ、愕然と肩を落とした。こんな人がなぜ銀行員なんだろうと、その表情が言っている。

「ふふっ、決まりね」

 大統領が満足そうに言った。

 そのまま、あいさつもそこそこに教会から出ていった。教会には、銀行員サイドとライオン鳥サイドが残された。



 大統領


 教会のドアを閉め、外の空気を吸った。

 空は晴れわたっている。白い雲が3つあって、大きな順に自分・兄・弟と名付けた。ぐるりと教会の木々を見渡したあと、大統領は後ろに振り返って言った。

「あれでよかったのでしょ?」

「はい。すばらしい交渉でしたよ」

 ライオン鳥が優雅に言った。

 大統領は満面の笑みをもって返答した。

 その笑顔の裏には、ライオン鳥のことを疑う気持ちが隠されている。いや、疑うというのは正確ではない。彼女は最初から誰も信頼していないのだ。大統領は、利用できるものは利用しているだけだった。

「これから楽しくなりそうね」

 ライオン鳥とパースペクティブが頷いた。

 大統領は頷かなかった。そのまま、幻覚署にむかって歩きだした。


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