アナリー・ルチアータからの招待状
はちゃめちゃなのは最初だけです。
あとはひたすら日常が繰り広げられるだけです。
過度な期待はしないでください。
世界的有名メーカーのゲーム機。その黄ばんだ灰色の筐体に怒りをこめ、リセットボタンを連打していた。
「よみがえれっ! 僕のセーブデータ! 約8760時間の愛の結晶……僕だけのアナリー・ルチアータを返してくれえっ!」
眉をつり上げ、あらん限りの願いをこめ、二の腕の筋肉からひとさし指の先まで無駄なく力を伝える。ガガガガガッ。手触りの良いプラスチックのリセットボタンが焦げた臭いを出そうとしているかのように悲鳴をあげていた。
人が作った機械に人の心がわかるわけもなく、テレビのブラウン管には
『あなたのアナリー・ルチアータは消えてしまいました』
の文字が浮かんでいた。
こめかみに血管が浮かんばかりにコントローラーを本体に叩きつける。表面のプラスチックが少し欠け、中の基板が少し見えた。
テレビ周り以外はきちんと整理された自分の部屋。その板チョコレートを安っぽくしたような扉の横にあるカラーボックスの引き出しを殴るように開ける。乱暴に四つ組の単三型電池を手に取ると、包装ビニールも剥がずにゲーム機の亀裂へねじ込んだ!
瞬間、高周波と低周波が人間の可聴範囲を超えた音を響かせ、二重ガラスの窓を軽く粉砕。飛び散るガラス片がまぶたや体を数箇所切り裂き、真っ赤な苺を数個握りつぶした飛沫がへばりつく。ベッドの布団は何かに急かされるように震えだし、一瞬にして赤い炎をたぎらせる。高温に肌を焼かれそうになるのを恐れ、たたらを踏みながら後ろへ助けを求める。だがそこには、冷静に先ほどの呪詛じみたメッセージを映しているテレビがあるだけだった。
「アっ……つ!? どうナってんだコれ!? ……!?」
その時、テレビ画面が暗転し、明滅し、周波数の合っていないラジオのような音を発した。
「脳に刺さる……っ」
上空数千メートルの飛行機からダイブしたように、空気がそこから無くなったのか、ヒィヒィと舌は垂れ下がり、重力に従うよだれが床にぶちまけられた時。
『あなたはアナリー・ルチアータに招待されました。この招待を受ける場合はゲーム機本体の電源をお切りください』
と表示されたような気がしたが、思考が乾燥した脳に理解できるわけもなく、ゲーム機とは真反対に体をのけぞらせ、床に体を打ちつけた。体がビクビクと痙攣し、目の端から赤い何かが鉄の臭いをばらまいている。
消え去る視界の片隅で、赤い部屋の白い壁をぶち破ってきた白馬と黒馬が暴れている。
だがどうだっていい。どうだっていいんだ。そうだろう?
蟻に持って行かれた砂糖菓子を探そうとは思わないし、裏切られた友人と仲直りする気もない。
当然の理屈で言えば、どうせ自分が死んでしまうというのに、部屋が壊れようが、馬同士が血のバレンタインを始めようが馬肉になって焼き肉になろうがお望みのままに。
でも一つだけ知りたい謎が血の泡から湧いてきた。
”ゲーム機が破壊された場合も、電源を切ったことになるのだろうか?”
【次回】
アナリーと挨拶をする。