不幸なる瀬尾正人
私の名は瀬尾正人。
年は40で仕事はジャーナリスト。
若い頃は現場を駆けずりまわって情報を集めた。それを辛いと思うことは山ほどあった。
だが今は椅子とパソコンと判子が友達だ。
若き頃履いていた靴は恨めしそうに靴箱の隙間から私を覗いている。
女房もいるにはいるが子供をもたず、二人三脚でやってきた。しかし最近は足の引っ張りあいだ。
倦怠期と言うには、余りに深刻な年齢だった。
「ちょっと、そこの方」
声に反応して振り向いてみると、いかにも好青年の顔つきをした男が私に声をかけていた。
「どうです?少し切ない夜の店などは…。」
なるほど、風俗のキャッチか…。
興味がないではないが、危ない橋だ。こんなものは遠慮するにかぎ
「TKG88のマキコ似が最近入ったんですよ。
」
「いくらだね。」
大好きなアイドルだ。私が密かに大好きなアイドルだ!
なんという偶然!こんなことが!
まるで私を落としめようとしている人物が私を調べあげた上で蜘蛛の糸を仕掛けてるくらいに偶然とは思えない偶然だ!
…その晩は、実に久しぶりに楽しんだ。
どうも店のボーイとキャッチの男の連携がとれてないみたいだったし、マキコに似てるかといえば微妙は微妙だったが、一旦ふっきれると後戻りはできんものだ。
真面目一辺倒でやってきたが、たまにはいいだろう…。
翌日、私はいつものように仕事を終え、いつものように帰路についた。
「あなた、瀬尾正人さんですね?」
最近よく知らん男に声をかけられる。
だが昨日の好青年とはうってかわって、今度の男はつり目の細目で、柔らかそうな髪質がかえって胡散臭く感じられた。




