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長い暗闇から光へと辿り着けた安心感で笑顔になりながら村へ入っていくと、それまで活気に溢れてた住人の表情が変わっていく。
得体の知れない物を見るような視線にソウジは気づかず噴水の近場で腰を下ろし大きく息を吐くと安心感からきた震えが一気に湧き出す。肩から始まり指先まで振動し全身が荒れ狂うように震える。
「はぁ……助かった。すいません」
村人から見たらソウジは不気味を通り越し恐怖の対象だった。怪しげな青色の服と見た事のない黄色の帽子。その姿に似合わず剣を握り締め震えながら声をかけてきた瞬間に逃げ出す。
「あ!! ちょっと、あの」
ソウジを中心に人が誰もいなくなる噴水の流れる音だけが空しく響く。人間にあっても避けられ体育座りになり寂しさを噛み閉めていると無機質で無骨な音が近づいてくる。
銀に輝く甲冑が長槍を両手にソウジの前に立つと切っ先を向け高圧的な態度と声を出す。警備の男は軽くソウジを小突く。
「何者だ」
「助かった、あんたなら話わかるよな? ここはどこだ」
「ここら辺では見ない顔だな。まぁいいこい」
力任せに腕を掴み強引にひきずろうと瞬間に逆に腕を逆に曲げられ足を払われ地面に叩きつけられてしまう。警備の男は驚き見上げると片腕は極められ首に足を乗せられ身動きを封じられていた。
「答えろ!! こっちもあまり余裕がないんだ、頼む教えてくれ!!」
「グッ!! ここは魔王軍によって家族や仲間を失った人々が作った小さな村だ、お前みたいな盗賊がきても盗む物なぞないぞ」
極めていた腕が少し緩む言葉が出てくる【魔王】聞きなれない言葉に頭を回転させていくと絵本やファンタジー系の物語に出てくる言葉だと思い出し怒りが込み上げてきた。
「ふざけるな!! 余裕がないって言ってんだろ!! このまま腕を折られたいか!!」
「ふざけてるのはお前だ!! 魔王を知らない奴なんて初めて会ったぞ!!」
男の恐怖を隠すように強がる表情からは本気さが伝わり嘘を言ってるように見えない。村人は遠巻きから不安そうな顔を見ると悪人は自分だと気づき男の拘束を解く。
「悪かった。争う気はなかったんだ」
「どこから流れてきた、魔王も知らないなんてよほどの田舎だろうな」
「日本だよ。ここは……アジアじゃないな」
男は日本という言葉を聞くと眉毛を吊り上げてソウジをよく観察する。見慣れない黒髪と黒い瞳に疑問を覚えジッと見続けていく。
「まぁいい。一応ここの村にもルールがある、先程の無礼は忘れてやる、まずはこちらにこい」
話がようやく通じる可能性を感じこんどこそと思った瞬間に女の悲鳴が響く。苦痛と絶望が混じる声の先を見ると背後から剣で貫かれた若い女が涙を浮かべこちらに手を伸ばし助けを求めていた。
「おい、おい!! なんだありゃ!!」
勢いよく背中から抜かれると無残に地面に倒れ動かなくなった。人が殺された瞬間を見たソウジは恐怖ではなく怒りの炎に包まれていく。剣を自慢気に掲げる薄汚い男が凶器の笑みで向かってくる。
「魔王軍だ!! 逃げろ!!」
甲冑の男が声を上げると村人の混乱が広がり逃げ惑う人々の波が噴水を中心に引いていく。ソウジは剣を持ってニヤニヤしている男に真っ直ぐ向かい視線を離さない。
汚い茶色の布の服と使い込んだ剣の持ち主は無精髭で汚い顔をしていた。剣を男の拘束時に捨て素手のソウジは獣ように白歯を向き出しに襲いかかる。
「なんだぁ爺さん何か用かぁ」
声も酒焼けしていて聞いてて不快な音に拳を握り締めていく。薄汚い魔王軍の傭兵は剣を大きく振り下ろしたが地面に勢いよく突き刺さる。抜こうとした瞬間に剣の上に足が乗せられる。
傭兵が見上げた瞬間に顔の中心が潰される。ソウジの拳は正確に鼻を貫き悶絶した傭兵を起こし再び鼻に頭突き。痛みに悲鳴を上げる傭兵の頭を掴み地面に叩きつけた後に踵で踏み抜く。
「下衆が」
傭兵に向かい唾を吐くが反応はない。凶悪な連携で傭兵は死んだであろう。怒りで冷静さを失ったソウジには問題ではないが、ソウジがきた道から次々に傭兵達が現れる。
どいつも武装しソウジの戦いぶりを確認し一気に突っ込んでくる。目の前に5人、到底ソウジだけで捌ける人数ではない。
「魔王軍ってのはあんたらか」
「やるな爺さん!! だがこの人数じゃどうしようもねぇな!!」
密かに拾い上げ握り締めた砂を一人目の顔にぶつけると隙が出来て拳を標的に向かい振り抜く。狙うは脳を揺らす顎。視界を奪われた相手には容易く倒すと残りの傭兵達に不安が広がる。
素手で武器を制してるソウジに僅かに恐怖が生まれ、その隙をつくように攻勢に出たソウジに攻撃は2人目の意識を奪う。
それは不思議な光景だった。老人で戦闘能力もないに等しいと思っていた男が己の拳足のみで圧倒していく光景は凄まじい。
「凄いな。爺さんあんたすげぇな」
3人目を倒した後に振り返ると怒りを忘れてしまうほどの存在はいた。顔は美人といっていいほど整っているが顔から下が別物。女とは思えない太い首に腕、胸は筋肉で押しつぶされて膨らみはなく……女の背丈は推定だが2メートルを越えていた。
「あたいはオルガ。こいつらのボスだよ」
「答えろ。なんでこんな事をした」
「そりゃ楽しいから決まってるじゃないか」
オルガは満面の笑みで答える。心の底から楽しんでると語るような表情にソウジは怒り限界を越え殴りかかるが、外見に似合わずオルガは鋭いジャブを打つ。
リーチの差でソウジは顔面へ直撃を受け一撃で景色が歪む。手打ちとはいえ巨漢から繰り出されたジャブのダメージは大きい。それでも意地で倒れない。
「爺さんの癖にタフだね!!」
女とは思えない巨漢と拳の速さに驚くが頭はジャブのおかげでスッキリし目が覚めるように冴えていく。
「村を救う英雄様にでもなりたかったかい!!」
オルガのジャブは速く重い。しかし一定のリズムで狙ってくる箇所も同じと気づきタイミングを覚えるために腕でガードするが体ごと飛ばされてしまう。
ソウジの背丈は170体重は75キロ。二人の体格差は致命的なほどにある。拳をもらった腕が内出血を起こし紫に腫れ上がり感覚が遠のく。
オルガは再びジャブを放つ、体重を前に乗せ手打ちではなく倒しにきているとソウジにわかり英断を迫られる、避けても駄目、受けても駄目。ならば動くしかないと踏み出す。
「おおぉおおりゃああああ」
体重を乗せた分僅かに大きな振りになった太く長い腕に被せるように拳を走らせ振り抜くと……軍配はソウジに上がる。オルガの顔を捉えこれ以上ない手ごたえを伝えてきた。倒したと確信した瞬間に気が抜けると。
「本当に何者だい爺さん」
完璧なカウンターだったが巨大なオルガを倒す事は出来ない。殴り合いでの体重差は勝負へそのまま影響すると気づいたソウジへお返しの一撃が叩き込まれていく。
「――…っ」
空中へ投げ出され地面を転がり倒れていく。それは大きな者と小さな者が戦いあまりにも当たり前な結果だった。