1章
痛みはなく体感した事のないような衝撃が最後の記憶で、最後に見た光景は高速で回転している夕焼けの空と太陽だった。意識は一瞬で消え祈る事も痛みで悲鳴を上げる暇もなく暗闇に消えた。
「……ん」
まず蝋燭の灯が視界を照らし風で揺れる木製の壁が見えた。隙間風も酷く、床も踏むと抜けそうな音を鳴らすような小さな小屋でソウジを意識を取り戻す。
最後の記憶を思い出し体を触り傷がない事に安心すると服装は変わらず制服。理由はわからないがあの絶命の瞬間から生き残った事に安堵すると蝋燭の近くに一つの剣を発見する。
「これは」
乱暴に放り投げられたように転がっている剣を見て拾い柄を握ると模造品ではない事に気づく。本物は見た事がないが刀身の輝きや重さが本物であるという事を教えてくれた。
外からの風が酷く木製の壁が今にも飛ばされそうに揺れ始める。現状がまったく理解できないまま混乱しているが剣を握り締め小屋を出ると。
「おいおい、本当に地獄に来たのかよ」
現れたのは暗闇の森。風が強く木が揺れ叫ぶような音を出して不気味で仕方ない。誘導員の制服を着たソウジは剣を片手に地面に膝をついて震えてしまう。
「暴走した馬鹿野郎の運転で跳ねられた後はこんな所か。俺の頭がどーにかなって幻影でも見てるのか本当に地獄落ちたのか」
いくら時間が過ぎようと荒れ狂う風で叫ぶ木に笑われてるだけ。寒さで震えてる体に気づくと小屋を思い出し振り返った瞬間、強風で小屋は飛ばされていく。
上空に巻き上げられるようにバラバラに解体される光景を見たソウジは言葉を失い見上げるだけ、立ち尽くし一瞬思考を停止したが風で体が流されそうになり踏ん張る。
「ちくしょうが!! ひでぇにもほどがあるじゃねぇか」
体を丸めヘルメットについている顎紐をしっかり固定し歩き出す。森の中を一歩を踏み出す。地面は歩きずらく暗闇でほとんど見えない。
唯一の救いだったのはブーツ型の安全靴を履いていた。爪先に鉄板が仕込まれ普通の靴より強度は高く足元の防御面だけは確保出来ていた。
「寒さと空腹が問題だ」
仕事終わり寸前だったために腹が空き体力にも影響しそうな冷たい風の中をひたすら歩き続けても暗闇だけの景色に恐怖を覚え寒さ以外で震えだす。ただ暗い森を歩くのがこんなにも怖いと実感していく。
「糞ったれが、神様より悪魔にでも微笑まれたのかよ」
愚痴を吐きながら進んでいくと微かにだが光が見える。それだけで嬉しくなり暗闇の中を駆け抜けていく。光があるという事は人間がいると確信し走り光もどんどん大きくなる。
ついに焚き火と人影を視界に捕らえ嬉しさの余り声を上げようとした瞬間に声が喉から出なくなってしまう。
「どうだそっちは」
「まぁそこそこあるな」
二人の男が転倒した馬車の周辺を歩き倒れている男数人の体をまさぐっている。手つきからして救助ではなく盗みだと気づきソウジは声を出す寸前の口を塞ぐ。
二人の男の服装に違和感を覚える。皮製の甲冑のような物を着込み腰には剣を収めてある鞘をぶら下げていた。日本の服装どころか現代の物ではないと感じ声を殺す。
「おいもういいだろ、そろそろ行くぞ」
好きなだけ物色した後二人は暗闇に姿を溶かすように消えていき。確認したソウジは静かに姿を現し転がっていた死体を見て驚く。
胸には大きな斬り傷があり容易に殺された事を想像できる。驚きは一瞬で自分でも驚くほどに合理的に動き出す。
まずは焚き火に近づき両手を合わせて吐息を漏らし体温を上げていく。ある程度回復すると馬車の中に手を伸ばし目当ての物を探した。
「あった!!」
小さな野菜と保存用の肉だった。見慣れない肉だったが空腹には勝てず焚き火の前に胡坐をかきしゃぶりつく。近くに死体があるという状況にビクビクしていたが数分も立てば慣れ食事に集中していく。
「どーなってやがんだ……しかし美味いなこの肉」
しばらく焚き火を囲って頭を落ち着くかせ冷静に考えても情報が少なすぎて考えが纏まらない。ふと死体に目がいき民族衣装のような服の隙間からアクセサリーが落ちていた。
ソウジには価値がまったくわからないが高価な物のような気がしアクセサリーを奪いポケットに突っ込むと罪悪感が湧き上がってくる。
「こんな事言う資格はねぇがすまねぇ。こんな狂った状況で頭がどーにかなっちまったんだ」
死体に両手を合わせて数秒目蓋を閉じると歩き出す。馬車が通ろうとしていた道は広く森の中に比べれば歩きやすい。焚き火から火を貰いたいまつを作り再び暗闇を行く。
「はぁはぁどーなってんだよ。怖いぞ……怖い」
先程いた男達と同じ事をしても罪の意識よりも現状の何もわからない状況の恐怖が上回りひたすら歩いていくと光ではなく音が聞こえてきた。
咄嗟に森の闇の中に飛び込みたいまつを捨て音の先へ音を立てないよう近づいていくと。
「おぉ!!」
小さな村から聞こえてきた音は人々の会話音だった。村の中央に噴水があり囲むようにレンガの家、露店があり人々の活気に賑わっていた。ソウジに初めて希望が見えてきた。
盗賊のような男達の殺人現場ではなく人の温かさを感じ自然と森の中から出て村に近づいていく。人の体温や会話が恋しかったソウジはフラフラと左右に揺れながら村に足を踏み入れた。