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翌日目を真っ赤にし鏡の前に立つと後悔の溜息をし白髪交じりの坊主頭を撫でる。定期的に自分が抑えられず壊れてしまう事がある。

いい歳した大人が何をやっているんだと反省した顔を洗い気分を持ち直し仕事に準備にかかった。

ただ誘導用の制服に着替え道具を車に積むだけ、後はエンジンをかけてアクセルを踏む。


ソウジはこの瞬間がたまらなく嫌だった。これから仕事の合図みたいな物で大嫌いでたまらない。

車を持ってない誘導員を拾うためにまずは遠藤の自宅まで走らせるとボロアパート前につく。

他はどーかわからないがソウジが所属する事務所の誘導員は知る限り全て安アパート暮らしだった。



「おはようございます!! 今日はカタコーですよ!! いやぁ気合入ります」



昨日の事を吹っ切った辺りは歳を感じさせる遠藤は朝から笑顔だった。

カタコーとは片側交合通行の略。道路の一斜線を潰し両側に一人づつ立ち合図を送りながら順番に車を通す。

遠藤曰く片側交合通行こそ誘導員の実力が出ると朝から力説するがソウジはうんざりだった。


朝からこれから始まる仕事の事を話されてもいい気分になれない。我ながら心底嫌いな仕事をよく10年も続いたと思う。

今日の現場は遠藤と二人だけでトランシーバーを持たされた。相変わらず真夏の日差しは午前中から激しく嫌になる。

工事が始まるとアスファルトを削るユンボの音が響き作業員が何かを叫んでいく。



「今日も変わらず終わりが見えないいつもの日常か」



遠藤の旗の合図を見て腕上げ車を通すサインを出すとドライバーに頭を下げて通す。これを約8時間という時間繰り返す。

新人はまずこの段階で心が折れる。ソウジも新人時代を思い出すと本当に辛かった。今でも十分辛い所が救いがない。

通行止めと違い集中して見ないと事故が起きるため疲労度が違う。遠藤は何が楽しいのか笑顔で誘導している。



「ソウジさん少しいいですか」



トランシーバーから遠藤の声が聞こえると誘導しながら無言で耳を傾ける。



「俺だって将来の事を考えると不安に押し殺されそうになります。でも誤魔化すように仕事に必死なんです」



声色は冷たく低く希望の欠片もない。遠藤は淡々と語り続けた。



「誘導して作業員の人達に感謝される瞬間その不安が一瞬だけでも消えるんです……昨日はいろいろすいませんでした」



「ハハお前が素直に謝るなんて珍しいな。まぁ皆同じだと思うぞ、不安だよな。若い連中はともかく歳とった連中は不安なんだよな」



運転手から早く通せという目で見られてる最中に中年の遠藤と老人のソウジは愚痴にも似た会話を繰り返す。

ソウジはほとんど諦められる年齢だが遠藤は30代後半。まだ人生は長く続く分不安はソウジとは比べ物にならないだろう。

だったら資格をとるなり就職活動をすればいいと思うが、その全てが失敗して遠藤は今誘導をしていた。



「この前さ社員に呼び出されて何言われたと思う? 最近誘導員の犯罪が多いから犯罪を未然に防ぐには何をしたらいいかっだってよ」



「ハハなんすかソウジさんそれ」



「笑っちまうよなぁ~給料上げれば減るに決まってんのによぉ~社員には家に帰ったら何してるかまで聞かれたわ」



誘導員が犯罪を犯すと事務所が警察に目をつけられるため社員にとっては大問題だがバイト扱いの二人にはどうでもいい話だった。



「んで言ってやったわ。給料少なすぎて何にもできませんって」



「正直に言いすぎですよ!! 社員もそんな事言われたら怒ったでしょ」



「いや唖然としてわ。まぁどうでもいいが、社員の奴らなんて俺らの事を人間として見てないしな。金を稼ぐ機械かなんかでしか見てないだろ」



それはソウジの個人的な意見だが遠藤も同じ気持ちだった。事務所に入れば感じる事だった。

仕事終わりで汚い格好で報告にくると社員の何人かが近寄るなと言いたげな目でみてくる。特に若い連中に見られてしまう。

午前中から午後に変わると交通量が増え忙しくなる。旗を振る手がいい加減疲れてくるが弱音を言ってられない。



「おい遠藤、運転手に文句言われても揉めるなよ」



「わかってますよ。そこら変もベテランなので上手く流しますよ、俺が常に怒ってるみたいじゃないですか」



「常にとは言えないが新人に厳しすぎな。お前みたいな先輩だったら俺嫌だもん」



「そこまで言いますか!!」



不思議と嫌味ではなく素直にソウジは言えた。一度本音を言ってしまえば男同士は何でも語れるもんだなと思い仕事を続けた。



「工事の進み具合からして後1時間くらいで終わるはず。交通量が増えるはずだ」



夕方になると車は増え空がオレンジ色に染まる。反対側の遠藤に夕焼けがかかり一瞬逆行に目を閉じるとトランシーバーから聞きなれない音が漏れてきた。

何かが跳ねる音、何かがぶつかり飛ばされる重音、そしてとてつなく大きなアクセル音……目を見開きソウジは見た。



「遠藤ぉおおおおおお!!」



逆行で黒い影になった遠藤が宙に舞っていた。影の手足はおかしな方向に曲がりオレンジ色の空を泳いでるように舞う。

直線に並べられたカラーコーンを暴力的に踏み潰し弾く存在が近づいてくる。近場にいた作業員も遠藤と同じように弾かれていく。

一瞬で人間を吹き飛ばす正体は10トントラックだった。信じられない速度で突っ込んでくる。途中にあったユンボに軽く接触するが小型のために当たり負けはしない。


金属の塊の化物がソウジに向かい突っ込んでくる。気づいた時には遅すぎる、避けれる距離はもうない。

恐怖よりも先に驚き体が硬直してしまう。目の前の光景が信じられない。昨日まで辛いと嘆く平和な毎日だったじゃないか。

それがどうしてと考えソウジの目の前が金属で埋まる。逆行もなくただ銀色の金属でいっぱいになっていく。



「おい、ふざけ……な――」



荒れ狂ったトラックはソウジという人間がいた場所を通過し更に加速し先にあったガードレールを突き破って消えていった。

残ったのはタイヤが焼けた匂いと作業員の何体もの体が横たわるだけ。長年苦しんだソウジの人生はあっけなく終わる。

夕焼けが道路を照らし近くの学校のチャイムが鳴ると帰宅用の音楽が流れ……誘導員であるソウジの人生は終わりを告げてしまう。


嫁にも逃げられ子供を最後に見たのは10歳の時だった。思い残す事は山ほどあった。やはり子供の成長が見たかった。

嫁にも謝りたかった。そんな思いを踏み潰すように理不尽が襲い掛かりあっさり命を奪われた。



これはそんな老人の物語である。


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